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【読書感想文】《昏き聖母》〜『修道女フィデルマ』シリーズ

図書館で出会ったこのシリーズ。
やっと予約の順番がまわってきて、読めました。

☆☆☆☆☆

既刊は、日本オリジナル短編集シリーズ5巻と長編シリーズ9作目のこの作品。

主人公は、7世紀半ば古代アイルランド五王国時代のうちの一つモアン国の王妹であり、修道女であり、法廷弁護士【ドーリィー】の資格を持つ美貌の持ち主『キャシェルのフィデルマ』。

昏き聖母 上 (創元推理文庫) https://amzn.asia/d/2mG8SrN

馴染みの薄い時代の、馴染みの薄い国での物語なので、巻頭に丁寧に歴史的背景の説明がある。

歴史的背景

(修道女フィデルマ・シリーズ)の時代設定は西暦七世紀半ばのアイルランドが主である。
シスター・フィデルマは、"キルデアの聖ブリジッド"が設立した修道院にかつて所属していた尼僧、というだけではない。古代アイルランドの法廷において弁護士を務めるドーリイーの資格を持った女性だ。これらの背景にはなじみの薄い読者のかたがたも多かろうと思い、本シリーズをより楽しんでいただくため、作中にて言及されることがらに関しての最重要ポイントをここでご紹介しておく。

(中略)

西暦七世紀のアイルランドは(フェナハスの法)、つまり、地を耕す者の法”と呼ばれる洗練された法律によって統治されていた。のちに<ブレホン法>として一般的に知られることとなる法律である。”"裁判官”を意味するブレハヴからその名がつけられた。いい伝えによれば、この法律が最初に編纂されたのは紀元前七一四年、大王オラヴ・フォーラの命令によるものだった。やがて千年以上の時を経て、西暦四三八年、大王リアリィーによって九人の識者が招集され、この法に検討・改訂が加えられて、当時新たに用いられはじめたラテン文字によって書き留められた。

創元推理文庫《昏き聖母》上巻

ヨーロッパにおいて七世紀は暗黒時代>の一部と考えられているが、このときのアイルランドは(黄金の啓蒙時代)であった。ヨーロッパ各地から学生たちが教育を受けるためにアイルランドの大学へ群れをなしてやってきた。その中には、多くのアングロ・サクソン諸王国の王子たちの姿もあった。ダロウのキリスト教系の大学問所では、当時、少なくとも十八か国以上の国々から学生が訪れていたという記録が残っている。同時に、アイルランド人修道士やアイルランド人修道女は異教の地であるヨーロッパにキリスト教を布教するため国外へ出かけていき、教会や修道院を設立し、東はウクライナのキーウ、北はフェロー諸島、南はイタリア南部のターラントに至るまで、ヨーロッパじゅうに学問の拠点を築いていった。
アイルランド、といえば教養と学問の代名詞であった。

だがアイルランドのケルト・カトリック教会派とローマ・カトリック教会派との間では、典礼の方式や式次第についての論争が常に絶えなかった。ローマ・カトリック教会は四世紀に改革に着手し、復活祭の日取りやそのための儀式の解釈を変えていった。ケルト・カトリック教会と東方正教会はローマに従うことを拒んだが、九世紀から十一世紀にかけてケルト・カトリック教会はしだいにローマ・カトリック教会に吸収され、いっぽう東方正教会は今日もローマからの独立を保ちつづけている。フィデルマの時代のアイルランドのケルト・カトリック教会はまさにこの対立の渦中にあったため、教会問題を論ずるにあたって、これらふたつの教会の間の哲学的闘争について触れぬわけにはいかないのだ。

創元推理文庫《昏き聖母》上巻

本作では、従来の〈ブレホン法〉と、『懺悔規定書』すなわち親ローマ派の改革者となった聖職者たちにより当時アイルランドにひろまりだした、それに代わる法体系とのせめぎ合いも描いている。この『懺悔規定書』は、そもそもは宗教的共同体のために立案された宗規であり、古代ギリシア・ローマ式のキリスト教文化の概念に色濃く影響を受けたもので、共同体に属する者たちは、これらの概念に従って生活を律するよう求められた。しかしながら、大規模な修道院の陰でひっそりと息づいていた数々の共同体においてそれが実践されたかどうかは、上に立つ男性の、あるいは女性の修道院長しだいであった。
『懺悔規定書』が定める規則および罰則には、違反者に体罰を与えるといった苛酷なものが多く、〈ブレホン法〉のように<賠償>と(名誉回復)に基づく制度というよりは、むしろ〈報復〉に基づく制度であった。アイルランドの多くの地域において、ローマ・カトリック教会派のキリスト教が宗教上および地理上の中枢を掌握すると、ブレホンの指針は『懺悔規定書」に取って代わられはじめた。中世後期のアイルランドでは、ヨーロッパのその他の地城と同様に、処刑、手足の切断、鞭打ちといった刑罰がおこなわれていた。だがフィデルマの時代にはまだそこまでには至っておらず、こうした思想は〈ブレホン法〉に従う弁護士たちの猛烈な怒りを買った。それについては、このあと読者のかたがたも目の当たりにすることとなろう。

創元推理文庫《昏き聖母》上巻

長々と《歴史的背景》を引用してしまったが、この部分に興味を持つかどうかがこのシリーズの肝なので、お許しください。

また翻訳者の方のご苦労として『古代アイルランド』を身近に感じられるように少し古めかしい文体を使用されていらっしゃる。

またラテン語やゲール語の引用などとともに、聖書の引用は「舊新約聖書・文 語譯』(日本聖書協会)に拠り、旧約聖書続篇の引用は、原則として「旧約聖 続篇(アポクリファ)』(旧約聖書続篇翻訳 委員訳、聖公会出版社、一九三四年)に拠り、舞台である修道院の薄暗い石造りの建物が目の前に浮かんでくるような全体の雰囲気を作り上げてくださっている。

シリーズを担当された翻訳家お二人に感謝しかない。

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フィデルマにとっての『ワトソン』的存在【サクソンのエイダルフ】が外交的使者としての旅行中、思いもよらない罪状がかけられたとの知らせに、現スペインへの巡礼から急遽アイルランドに戻ってきたフィデルマ。

彼女はエイダルフを救えるのか?
なぜエイダルフが罪に問われる羽目になったのか?

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推理小説なので、ここまで。

著者は古代アイルランド学の研究者なので、フィデルマという人物は架空だとしても、時代の様相は学術的に正しいそうだ。

となれば、7世紀のアイルランドへの時空旅行ともいえるこの作品。

ぜひ!

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ではまた。

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