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【ショートショート】ロマンティックな恋をしたいの

「あたくし、ロマンティックな恋をしたいの」

 はぁ、と側仕えの騎士が気のない返事をする。姫君はといえば頬杖をついて空を見上げてばかりで、騎士の空返事を気にする素振りもなくこう続ける。

「お父様が決めた顔も知らない人と結婚するなんて、イヤよ。あたくしは運命の人と運命的な出逢いをして、運命的に結ばれたいの」
「お子様の夢ですねぇ」
「なんて言われたって構わないわ。だってあたくしの知ってる男の人ってつまらない方ばかりなんだもの。ああいう誰かと一緒になるなんて、つまらない人生だわ」

 今年15歳になる姫君には、珍しいことに未だ婚約者こそいないけれど、とはいえそろそろ縁談が舞い込んできてもおかしくない年頃だ。彼女の姉君は昨年、17歳で隣国に嫁いだ。彼女の父親は一地方の領主であると同時に商才に恵まれた男で、娘の結婚にも当然政治的な意図があった。むしろ政治の絡まない結婚の方が珍しい。そんな立場に置かれた姫君が、運命的な……要はドラマティックな恋を望むのは、ある意味当然なのかもしれない。或いはもしかしたら、遂に彼女にもどこぞの貴族から縁談が舞い込んできたとでもいうのか。

 姫君は相変わらずつまらなさそうな顔をして空を見上げている。豪奢な部屋、たくさんの服に装飾品、食うものに困らない恵まれた生活。しかし彼女にとって、恐らくここは自由のない檻に過ぎないのだろう。暇さえあればいろんな物語を読み漁り、空想に耽るのが彼女の日常だ。ここではない何処か。彼女の望む「運命」とは、一体どんな姿をしているのだろう。

「どなたか、ここから連れ出して下さらないかしら……」

 はぁ、と溜息を吐きながら窓際に突っ伏す。美しく整えられた髪がばさりと拡がる。当人はまるで気にする素振りもない。

「なら、俺と逃げちまいますか?」

 騎士は姫君を見下ろしたまま、言った。

「え?」
「姫君と騎士の逃避行なんて、ある意味ロマンティックじゃあないですか。あんた、そういうのお好きでしょう」

 騎士は軽く小首を傾げながらつらつらと続ける。姫君はぽかんとして彼を見上げた。そんなこと考えてもみなかった、と言わんばかりの顔だ。考えてること全部顔に出ちまって、社交界なぞには向いてないだろう。馬鹿正直なロマンティストの小娘。妻に迎える方もきっと大変だ。まぁ俺はそういうところも割と好きだが。でなけりゃこんな提案はしない。

 とはいえ、別に本気で言った訳じゃない。騎士はぱっと両手を挙げて、ひらりと軽く振ってみせた。

「冗談ですよ。相手が俺じゃあロマンティックになんかなりゃしませんて」
「そ、……そうよ、あたくしは決して、誰でもいいとは言ってませんわ」
「はい、はい」
「あたくしは運命の人と、ロマンティックな恋をしたいの!」

 分かってますよ、と軽口を返す。このやり取りで少しでも彼女の気分が上向いたなら、それでいい。せっかく可愛い顔をしてるんだから、俯いて溜息ばっかなんて勿体ない。そんな有様じゃ運命の人にだって気付いてもらえないかもしれねえだろう。まぁ彼は、運命なんて信じちゃいないのだが。

 そろそろ家庭教師が来る時間ですよー、とやる気のない声で言うと、分かっているわ、という怒った声と共にクッションが飛んできた。なんともなしに受け止める。姫君の善意で拾われた孤児にとっては、彼女の軽いヒステリーの相手くらい朝飯前だ。

 運命なんてありゃしないのさ。あるのは誰かの悪意と、ほんの少しの善意。悪意には悪意が、善意には善意が返ってくる。世の中なんてたったそれだけ。だから根が善いお姫様には、きっと善い奴が見つかることだろう。多分彼女が思ってるほどロマンティックにな恋にはならない。善い奴ってのは大概、この世の中じゃ損をしがちなんだから。

 そんなことを考えていたものだから、騎士はその瞬間、姫君の様子をあまり気に掛けていなかった。けれどそれはきっと、双方にとって良いことだったのだろう。思わぬ相手から不意打ちを受けたお陰で、姫君は顔が熱くなり、かっかと火照る頬を両手で抑える羽目になっていたのだから。


12月17日/キルタンサス
「ロマンティック」

【誕生花の花言葉で綴る即興SS】

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