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【ショートショート】蝶と花

 ねぇ、どうしたの? 寂しいの? と君が言う。君は今日も私に寄り添って、ふわふわと羽根を揺らしている。

「だったらなんだと言うのよ。仕方がないでしょう、ここには私の仲間はいないんだもの。私、ずっとひとりぼっちよ」
「そうかぁ。それはさみしいね。とてもとても、寂しいね」

 また羽根を、ふわふわ。君の声はいつだって優しい。でも優しいばかりで何をするでもない君は、私にはむしろ残酷に思える。君だって私の仲間ではない。自由な蝶々と、地に根を生やした花。私は仲間を探しにも行けずひとりぼっち。どこか遠くから風に乗ってやってきた種が、仲間と離れた場所で芽生えてしまった。それが私だ。私は子孫を残せもしない。ひとり寂しく枯れていく。なんて悲しい生涯だろう。

「ねぇ、君。僕はどこにでも飛んでいけるから、君の仲間を探してあげるよ」
「いいのよ、別に。誰か見つかったからって会える訳ではないのだもの」
「花粉だけでも運んであげる。ね、そうしたら君、ひとりぼっちじゃなくなるだろう?」
「いいの! もういいの。非現実的な慰めの言葉なんか、まっぴらよ」

 私はヒステリックに声を上げた。本当に、もう充分だった。適当な言葉で慰められるのも、その言葉に希望を見出して失望するのも。以前、他の子にも似たようなことを言われたのだ。この近くには私の仲間は咲いていない。分かったことはそれだけだった。

 ねえ、ねえ、と懲りずに蝶が言う。小さな足先の感触がくすぐったい。早く飛んでってくれないかしらと思う私に構わずに、君はまた言葉を続ける。

「大丈夫。僕、本当に叶いっこないことなんて、ひとつもないって信じてるから」
「あなた、能天気なお馬鹿さんなのね」
「そうさ。願いを叶えたいなら能天気でいるのがいっちばんいい」

 言って、君がふわりと飛び立った。どこに行くの、と思わず尋ねる。君の仲間を探しに、と君が答えた。あなた、本気で言っているの?

「やめなさいよ。私、知っているのよ。この近くに私の仲間はいないって」
「そうなの? 手間が省けた、ありがとう! じゃあ僕、ちょっと遠くまで行ってくるね!」

 そう言い残して君は本当に飛んでいった。ふわふわ、ふわふわ。軽い君は風に翻弄されながら、遠く遠くまで飛んでいく。やがて私からは君の姿が見えなくなった。どこか遠くまで行ってしまった。

 それからしばらく経ったけれど、君は一向に戻る気配がない。

 一度、君の仲間に尋ねてみた。最近あの子を見ないけどどうしたの、と。遠くに行くって言ってたよ。そういえばしばらく見てないなぁ。君の仲間達は口々に言った。私は心がぎゅっとなるのを感じていた。違う、私のせいじゃない……。私は断ったもの、あの子が消えたのは私のせいなんかじゃないんだから……。そうして何日を過ごしただろう。私は他の蝶が近寄ってくるのを断って、ただただ君を待ち続けた。

 ある日、またふわふわと蝶がやってきた。その蝶は随分とくたびれていて、今にも力無く風に飛ばされてしまいそうだった。だから私はすぐには気付かなかった。その蝶が君だということに。

「あなた! ねぇ、あなたどうしたの!」
「ああ〜、やっと戻ってこれた。君の声を聞けた。ねぇ、久しぶり。元気だった?」
「馬鹿言わないで、そんなに弱って戻ってきて!」

 私はまたヒステリックな声を上げた。ああ、どうして私はこうなのだろう。なんて可愛げのない。こんなだから君が遠くに行ってしまったんじゃないのかと、何度思ったか分からない。けれど君はまるで気にした様子もなく、よろよろと私に止まって言った。

「ごめんねえ。君の仲間を見つけたんだけど、本当に随分遠くって。花粉持ってこれなかったかも」
「いいのよ、そんなの! 私、頼んでないじゃない!」
「うん、でも、君の家族がこの辺に増えたら、君は寂しくないかなって思ったんだ」
「もう……!」

 本当に本当に、そんなのはどうでも良かったの。私は分かっていなかった。悲劇のヒロインぶって、可愛くなく癇癪を起こして。君に何度、八つ当たりをしただろう。

「いいの。いいの。私、あなたが行ってしまって痛感したわ。私、本当は構って欲しかっただけだったのよ」
「あれ、そうなの?」
「そうよ。そうだったの。あなたが行ってしまってから……、私、今度こそ本当に寂しくて……」

 枯れてしまいそうだったわ、とか細い声でどうにか続ける。寂しくて本気で枯れてしまうと思っていた。君が何かと構いに来てくれている間、そんなこと思った試しはなかったというのに。

「顔も知らない仲間のことなんて、私もうどうでもいいわ。あなたに傍にいて欲しい。でなければ私、早々に枯れてしまうんだから」
「それは困るよ。君の蜜、甘くてとても美味しいのに」

 もう、君はまたそんなことを言う。蜜さえ飲めれば私でなくても構わないのね。どうせ私は可愛くないもの。そうやって私は拗ねてしまう。こればっかりは君がいけない。せっかく久しぶりに会えたのに、何よ。

「君の仲間を探してね、いろんなところへ飛んでいったよ」

 君がそう言うのを私は聞いてはいたけれど、返事はしてあげなかった。君は気にせず言葉を続ける。

「いろんな花に出会って、君の仲間のことを聞いて、蜜を分けてもらった。可愛い花も、綺麗な花も、面白い花もいたよ。楽しい花もいたし、ちょっとおっかない花もいた。僕、君の蜜ばっかりもらっていたから、知らなかったなぁ」
「あら、そう。良かったわね、じゃあ運命の一輪にも出会えたんじゃない?」
「うん。たくさんの花に出会って、僕、改めて思ったんだ」

 小さい足の感触がまたこそばゆい。ふわふわ、と羽根を揺らしているのが俯いていても分かる。

「僕、君がいっちばん好き。だから君のために、遠くまでお出かけできたんだ」
「………」

 突然の言葉に私は思わず固まってしまう。なんだか、すごく呆気なく、なんの感慨もなく、大事なことを言われた気がするのだけれど。

「また君に会えて嬉しいな。戻ってこれて本当に良かった。君の仲間もね、君によろしくってみんな言ってたんだよ」
「そ……そんなの、私にはどうでもいいわ……!」
「そうなの? 毎日あんなに寂しがってたのに」
「私、あなたに会えない毎日の方が、ずっとずっと寂しかったわ!」

 またヒステリックな声を出してしまう。本当になんて可愛げのない。でも君は、そんな私に、またふわふわと羽根を揺らしながらこう言ったのだ。

「そうだったんだ。じゃ、僕ら両想いだね。これからはずっとずっと、ふたりで一緒にいようね」

 相も変わらず、能天気で馬鹿っぽい。でも、そうやって寄り添ってくれる君だから、私は君がこんなにも好きになってしまったのだ。

 花の命は長くない。本当に枯れてしまうまでの僅かな時間、君がずっと傍にいてくれたらいいな、と……、私の意地っ張りで無駄にしてしまった時間を少しでも取り戻したいな、と。君の羽根の感触を感じながら、私は切に願うのだった。

1月11日/コチョウラン(白)
「愛をあなたへ」

【誕生花の花言葉で即興SS】

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