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66年前の指揮権発動と森法相、河井前法相、どちらが民主主義の汚点か

「法務大臣は、……検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる」「但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみすることができる」

 「法相の指揮権発動」に関する検察庁法14条の本文と但書きだ。個々の事件について法相は検察官を指揮することは許されないが、検事総長は指揮することができる。

 公職選挙法違反で逮捕された河井克行前法相は、わずか2か月とはいえ、指揮権を発動できる立場にいた。検察にとっては「元上司」の前代未聞の逮捕を受けて、昭和29年(1954)の「造船疑獄」で法相の犬養健(1896〜1960)が発動した指揮権について考えてみた。

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政治史の汚点「抜かずの宝刀」に

 指揮権によって当時与党・自由党の幹事長だった佐藤栄作(1901〜75)の逮捕が見送られたこの事件は、戦後政治史の一大汚点といわれた。指揮権発動はこれ以降も何度か検討されたが、「抜かずの宝刀」として封印されたままだ。

 だが、渡邉文幸さんの『指揮権発動』(信山社)によると、実はこの時の指揮権発動は、東京地検特捜部の暴走を抑えきれなかった検察首脳も望んだことだったらしい。コラム本文(読者会員登録が必要)では後の当事者の証言などからその経緯や理由を記したのでお読みいただきたい。

 驚いたのは、佐藤幹事長の逮捕を暫時見送るよう指揮した指揮書の原案を書いたのが、指揮される側の検事総長、佐藤藤佐(1894〜1985)だったという証言があることだ。

 松本清張(1909〜92)が記した「指揮書は犬養の直筆だった」という話は「完全な誤り」だったことになる。指揮書はタイプで清書され、政府だけでなく検察首脳が一字一句をチェックしたものだったという。

3人の「佐藤」が入り乱れ... 

 首相の吉田茂(1878〜1967)の意を受けて犬養に指揮権発動を迫ったのは副総理の元朝日新聞記者、緒方竹虎(1888~1956)とされる。

 その緒方に検察庁法14条を使った指揮権発動を入れ知恵したのは、当時の内閣法制局長官、佐藤達夫(1904〜74)だったというのが渡邉さんの見立てだ。

 これには異説もあるようだが、事実とすれば指揮権発動は佐藤法制局長官が発案して佐藤検事総長に発動され、佐藤幹事長の逮捕が見送られたことになる。

検察庁法14条但書きの意味

 最高検察庁は検察庁法の制定時に14条について「行政権の一部である検察を政治から独立させる、という本来は矛盾する要請を、理論的というより実務的に解決するための手段」と解説していた。

 検察は時の首相でも逮捕できる強大な権限を独占しているが、同時に行政の一部だ。選挙で選ばれた内閣の一員である法相が検察を指揮するのは当然ということになる。

 しかし、個別の事件については政治が検察の捜査や起訴手続きを妨害することは許されない。個別事案を指揮できるのを検事総長のみとしたのはこのためだ。

 検事総長が気骨ある人物で、検察が組織を一枚岩にまとめていれば、法相もうかつに捜査に介入できない。検事総長が法相の指揮内容を現場に伝えず、現場が指揮内容に反した動きを続けたとしても、法相は検事総長しか指揮できないから政治介入は失敗に終わる。検察が政治の介入を防ぐには、組織を強固にすることが重要ということになる。

法相と前法相は歴史を学ぶべき 

 一方、検事総長が政治介入を阻止できるまでに組織を一枚岩に保てたとしても、それを永続させることはできない。検察庁法で定年が決められ、定年延長ができないためだ。

 つまり、検察庁法に国家公務員法のような定年延長の規定がないのは、強大な権限を持つ検事総長がその座に居座らないためだ。法相の捜査指揮権と同じく、検察の独立性を認めたうえで、“検察ファッショ”といわれる状況を防ぐための知恵なわけだ。

森雅子法相は指揮権発動という目に見える手段を取らず、法令解釈の変更という脱法行為で検察人事に介入した。検察庁法は廃案となったが、黒川弘務・前高検検事長の定年を延長した事実はいまだに消えてはいない。検察官の定年が特別扱いされてきた経緯や理由をどこまで理解しているのだろうか。

 逮捕された河井容疑者は容疑を否認しているが、趣旨にかかわらず選挙区に派手に現金をばらまくことが公正な選挙をねじまげることが分からなかったとは思えない。

 後々まで批判され続ける指揮権発動だが、発動自体は違法な行為ではない。66年前に国民の批判を顧みずに堂々とそれを発動した犬養法相と、法の抜け穴探しに走った今の法相、前の法相のどちらが正直で民主主義を理解しているか、は自ずから明らかではないか。



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