コラム「原田さんと樋口さん」

*2011年07月31日のコラムです。

 これまでにも書いたことがありますが、僕のサイトを検索で訪れる方は「脱サラ」や「ラーメン店開業」などをキーワードにする方が圧倒的です。それに対して僕のコラムを検索で訪れる方はトップページと比べてキーワードに偏りがありません。その違いの理由は、サイト全体が「脱サラ」「らーめん」などのキーワードで統一されているのに対して、コラムはそのときどきのテーマで書かれているからです。つまりコラム全般を貫くテーマがないからです。これはコラムという特性から考えて当然のことだと考えています。
 そのコラムですが、訪れる方はやはり検索結果に導かれての訪問です。そしてそのときのキーワードは本当に様々です。ですが、やはりよく使われる検索キーワードというものはあります。そのひとつに「板倉さん」と「夏野さん」があります。
 この「板倉さんと夏野さん」のコラムはIT関連の起業で一度は成功しながら倒産した板倉氏とそのときの部下でのちにドコモのimodeで有名になりビジネスマンとして大成功を収めた夏野氏を書いたものです。確か、このときは多大なリスクを犯して起業に挑戦せずとも、仕事に一生懸命取り組み、起業ほどのリスクも取らなくとも、ビジネスマンとして大成功した夏野氏の人生を紹介するのが主眼だったように記憶しています。
 一見、「起業」は派手で世間の注目を集めますが、それほど華々しくなくとも「地道に自分の能力を高めていく努力を怠らなければ」ビジネスマンとして成功する人生を送れることを伝えるのが目的でした。
 しかし、僕がこのような対照的なふたりを紹介するのは、結果の「成功」「失敗」を対比したいからではありません。「成功」「失敗」は本人が受け止めればよいことで他人がとやかく言うべきものではありません。そもそも、人により「成功」「失敗」の基準は違っていて当然です。ですから、他人から見たら「失敗」と見えても、当人にしてみますと「成功」とまでは思えなくとも、少なくとも「失敗」とは考えていないこともあります。結果はどうでもよいことです。
 このように考える僕が「ふたり」を紹介するのは若い読者の方々に世の中にはいろいろな仕事への取り組み方や考え方があることを知ってほしいからです。そんな僕が最近、対比するのに面白いと感じる「ふたり」を見つけました。「面白い」と表現するのはあまり適切ではないかもしれませんが、それはともかく、「ふたり」とは樋口泰行氏と原田泳幸氏です。
 ふたりをご存知ない方のためにプロフィールを紹介しますと、樋口氏は現在マイクロソフトのCOOを務めており、その前はダイエーの社長でした。僕は本コーナーで樋口氏の著作『「愚直」論』を紹介したことがあります。もちろん、僕が樋口を知ったのはダイエーの社長に就任したときです。
 流通業に関心のない方は記憶にないかもしれませんが、流通業に従事していた僕としてはこの当時のダイエーの動向に注意を払っていました。業績が悪化し、再建の行く末は産業再生機構の手に委ねられていました。そのときに産業再生機構から社長に抜擢されたのが樋口氏だったわけです。因みに、このときに一緒に会長に就任したのが現在横浜市長を務めている林文子氏です。樋口氏はそれまでパソコンメーカーの社長でしたから、ダイエー社長就任は世間の注目を集めました。
 ダイエーの社長に就任後の樋口氏の行動は林氏と二人三脚で好印象を与えていました。従業員とコミュニケーションをとることに注力し、従業員のやる気を引き出していたように思います。僕もマスコミ報道を見ながら「この人、いい人かも」などと勝手に考えていたものです。
 ですが、わずか1年ちょっとで社長の座を追われてしまいます。理由は、樋口氏にあるのではなく資本の論理に振り回された結果です。結局、樋口氏はダイエーではなにもしないまま、できないまま去って行きました。マスコミ報道で見る限り、現在のマイクロソフト社で水を得た魚のように活躍していますから、やはりIT業界で働くのが宿命だったのではないでしょうか。
 次に、原田氏についてですが、僕がこのふたりを対比して紹介することを考えたきっかけは原田氏でした。現在、日経ビジネスでは原田氏の連載記事が掲載されています。実は、僕はこの記事を読むまで原田氏について「よい印象」を持っていませんでした。理由は、元アップルというパソコンメーカーから飲食業への転進だったからです。しかし、この記事を読んでいて、「へぇ、僕が持っていたイメージと違う」と思いました。
 産業界を見渡しますと、全く畑違いの業界から経営者として転進する例が幾つも見られます。僕にはよくわかりませんが、「経営の真髄はどの業界にも当てはまる」というのが経営者の世界では常識のようです。ですから、業界に未経験であろうと全く関係がありません。原田氏の記事を読みますと、まさにそのことを痛感しました。興味のある方は、原田氏が開陳している経営手法を読んでいただくとして、実に細かく「意味のある」、言葉を変えるなら「意図のある」、さらに言うなら「基本に忠実な」経営方策を採っていることが綴られています。この連載記事からは飲食業に携わった経験の有無など全く関係ないことがわかります。僕はそのことに一番驚かされ、感動しました。
 しかし、原田氏の好業績をそのまま鵜呑みにするわけにもいきません。理由は、以前このコラムでも書きましたが、マクドナルドの出店形態が直営店主体からFC店主体へと変わっているからです。直営店をFC店に変換することは、FCシステム批判派の僕としては「安易に利益を出す方法」にしか映りません。また、数年前には「名ばかり店長」も社会の注目を集めました。肩書きだけ役職をつけることで人件費を削減するやり方は褒められた経営手法ではありません。そうしたことを改めることなく、業績が上がっていても本当の業績回復とは呼べないはずです。
 このような問題点もありますが、それを差し引いても日経の記事を踏まえたうえで現在の好業績は賞賛されてもよいように思います。僕がそのように考える大きな理由は「既存店の売上げが増えている」ことです。「既存店の売上げ増加」は経営方針が正しいことの証明になりえます。ジャーナリストの中には、それでも原田氏の業績を非難ばかりする論調もありますが、それでは不公平なような気がします。
 さて、このふたりを比べますと、対照的な面が見られます。樋口氏の経歴を見ますと、一流大学を卒業後、一流企業に就職し、そして米国に留学しMBAを取得し、経営コンサルタントに従事し…と典型的なエリートビジネスマン人生を歩んでいます。樋口氏の著書を読みますと、決して「順風満帆なビジネス人生ではない」と語っていますが、平凡な社会人からしますとやはり人並み外れたビジネスマン人生です。これも生まれながらの能力があったこその結果です。
 対して原田氏の経歴を眺めていますと、「たたき上げ」という言葉が浮かんできます。樋口氏ほどの一流大学出身でもなければ海外留学経験もなく、MBAなどの資格も持っていないようです。それでも、NCRという一部上場企業を皮切りに情報機器、そしてパソコン業界で出世の階段を上って行った経歴が原田氏の実力を示しています。米国を親会社とする企業に勤めている期間が長いようですので、海外留学やMBAの資格などといったかしこまったものではなく、自然と英語や経営学を学んでいったように想像します。
 原田氏はマクドナルドの好業績で経済界の賞も得ており、現在波に乗っている経営者のひとりです。そんな原田氏の経歴を見ていますと、資格を取ることばかりに熱中するのではなく、今現在向き合っている仕事に必死に取り組むことが最も重要であることを示しているように思います。
 飲食店で独立を考えている皆さん。または飲食業を営んでいる皆さん。日経ビジネスで連載している原田氏の記事は絶対に参考になります。是非、一読を!

 ところで…。
 以前、このコラムで全日空のストライキについて書きました。今の社会情勢時にストライキをやる労働組合に疑問を投げかけたあと、その根底にある労働者間の格差に同情を感じたと書きました。ところが、僕が感じた同情をないがしろにするような記事を最近目にしました。
 全日空には幾つかの子会社ありますが、ストライキを通告した労働組合はそのうちの一つのパイロットの組合でした。理由は、先ほども書きましたが、親会社のパイロットとの待遇格差です。やはり、同じ会社の従業員でありながら子会社というだけで待遇に格差があるのは不公平です。
 しかし、その格差にはきちんとした理由がありました。それは、運行する飛行機が異なっていたからでした。例えるなら、普通二種免許保持者と大型二種免許保持者の違いです。ストライキの目的は普通二種免許保持者が大型二種免許保持者と同じ待遇を求めるものでした。もし、この報道が真実なら、やはり同情の気持ちなど起きません。
 このように、メディアが伝える情報も、その事象を捉える視点によって印象が180度違ってくることがあります。読者の皆さんも僕の情報を疑ってかかりましょう
 じゃ、また。

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