読書備忘録第10回 千一夜の館の殺人 芦辺拓著
2023年8月26日、読了。2023年9月1日にkindle版を購入。
「鶴屋南北の殺人」を読みながら、並行に確認作業に入った。
普通、ミステリに確認作業は要らないのだが、冒頭に出て来るコンピュータシステム、久珠馬俊隆博士が開発した「アストロラーベ」というコンピュータソフトは、架空の存在である。では、あるのだが、初版が2006年、Windowsでいうと、XPからVistaへの移行時期である。ただ、再刊は2009年。「アストロラーベ」の記述もそう変わっていなかった。
魔改造を繰り返しているデスクトップを使い続けている一読者としては、再刊された際に、何処か細部でも改稿されていないかと気になった。
ミステリや映画でいけば、所謂、マクガフィンだろうと、流し読みしても良いのだろうが、気になるものは、気になるのである。
「アスロトラーベ」の記述を見ている内に、モデルはドクター中松のフロッピーディスクドライブの基本原理と金子勇のWInnyだろうと思った。OS的にはLinuxが近いか。そんな森江春策のウンチクの元ネタを探しながら、再読。
それから、森江春策と秘書新島ともかが夕食を取っているグリルから見える廃ビルで怪しげな影の乱舞が見えるというのが事件の発端。
その廃ビルへ向かうくだりが、乱歩的というか、少年探偵団風で、嬉しくなってしまった。そこには是藤沙世子という、新島ともかの従弟の女性がいて、体調不良になった沙世子の代わりに、久珠馬家の遺産相続に巻き込まれる。
この辺りは古典的探偵小説で新島ともかの乗り込んでいく辺りはヒッチコックの「レベッカ」を思い出してしまった。
「鶴屋南北の殺人」を読みながら、確認していたので、著者が小説、映画、演劇の古典的なものの再現と継承しようとしているんだと感じた。
新島ともかが行く先々で殺人が起こり、遺産相続人が消えていき、何もものかに殴られて昏睡、目覚めると、神門真行という警部に尋問される。
まるで、オズの魔法使いのドロシーが嵐に巻き込まれ、最果ての土地に流されたような。だが、彼女にはかかし男もライオンもブリキマンもいない。
「お姉ちゃん」と付いてくる堂坂涼少年はマスコットキャラで、トトの役割か。
こんな事を書くのも、描写は現実的だが、新島ともかを主人公にしたおとぎ話の様相を示してくるからである。
そして、中盤、久珠馬博士のAIと会話するに至ってはランプの精と語るヒロインのまんまである。それは本文でもそう語られているが、新島ともかの活躍を見ていると今年のSF大会で行われたという芦辺拓先生が講演された「続・少女冒険活劇の系譜――あらしの白ばとからリコリス・リコイルまで」の出発点を感じる。
デバイスの発展や映像ソフトの変容があっても、大衆文化としての活劇の物語は、その実、その核を保持しているのではないか?
残念ながら、SF大会は苦手で、暑い最中の旅行も身体に堪える、先ず、何よりは先立つものがないので、ご遠慮申し上げたが、次に読んだ「鶴屋南北の殺人」を通して読むと、大衆文化の核はどう変容していくのか?といつも問い続けておられるのだなと感じる。
遺産相続人が消えていく中、これはヴァン・ダインの「グリーン家殺人事件」なのか、「Yの悲劇」なのか、と思いを巡らせて、読み進めると…
と、最後まで粗筋を書き出すと、未読の読者にも原作者の先生にも雑音でしかない。
とても、楽しい時間でした。^^
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?