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読書備忘録第9回 名探偵Z 芦辺拓著

 二日で読み切った。本当は一日、一日、一本づつ読んで、クスクス笑い、この小説に出て来るQ市や、名探偵Zこと、乙名探偵(おとなたるただ)、仙波警部、南田刑事、甫寝川博士、井柳舞音、実は少女怪盗Ψ等の登場人物の言動や、事件の元ネタを探して遊ぶのが一番だと思う。

 大元のネタは作者の芦辺拓先生が言うように、 ピエール・アンリ・カミの「ルーフォック・オルメス」らしいのだが、自分が高校時代、出帆社の「ルーフォック・オルメスの冒険」を買い損ねて以来、縁がない。だが、何故か、同じ作者の「エッフェル塔の潜水夫」があったので、読み始めたが、結構、時間がかかると判ったので、「名探偵Z」の感想を書き始める事にする。

 カミの「エッフェル塔の潜水夫」と「ルーフォック・オルメス」に関しては、読み上げてから、「名探偵ℤ」の比較検討しようと思う。

 二日で読み切ったと書いたが、芦辺拓先生の著作は読者に事前に「素養」と「教養」を求めるような所があって、読み切った後で、あれはどういう事なんだ?と立ち止まってしまう。それは本を読んでいる人間として「当たり前」の事であり、知識していなければ、恥ずかしくはないが、著作に書いてある「お土産」をもらい損ねてしまう。

 ダンジョン的に言うと、アイテムを手中にしているのに、使い方が判らなければ、宝の持ち腐れである。ダンジョン奥の魔王に「この手程度が判らんのか」と笑われるか、呆れられてしまう。

 と、以下は読んだ自分への備忘録、メモ的にどんな話だったのかと書き留めておく行為である。

 第一話 一番風呂殺人事件
 どうやら、作者をモデルにしたような探偵作家が一番風呂に入って急死する。そこに警察関係者がやって来て、捜査を始めるが、そこへ乙名探偵が呼ばれもしないのに、しゃしゃり出て来る。そこで展開されるのは、「吾輩は猫である」の有名な首括りの力学を一番風呂に移したような珍問答が展開して、真犯人がその騒ぎの中、自供してしまう。
 元ネタはピーター・セラーズ主演のクルーゾー警部ものの「暗闇にドッキリ」の再現である。あれでも、真犯人がドタバタ騒ぎの中、自供するが、無視されて物語が続くという。

 第二話 呪いの北枕
 地口オチによるミステリ。「ブラウン神父の知恵」の中の「グラス氏の失踪」を思い出した。

 第三話 26人消失す
 ルーフォック・オルメスは読んだ事はないが、ブラウン神父は最初の三冊は読んだ事がある。どちらかと言えば、チェスタトンに近いような。「奇妙な足音」を人間消失に変換したような逆悦的展開が愉快。

 第四話 ご当地の殺人
 カミを読んでみなければ、判らないが、どちらと言えば、これもチェスタトンに近いかな。状況設定が主で事件が従属するという逆説的展開がそう思ってしまうが、本人にTwitterでリプすると、100倍の言葉で反論されて叩き潰されるな。黙っておこう。小説家の先生と一読者の良き関係は保っておきたい。

 第五話 おしゃべりな指
 これも勘違いから、真相から遠い方へ行ってしまう。理屈に理屈を重ねて真相が出たかと思うと、それをまたひっくり返して。それを10ページ少しでやってしまう離れ業。凄い。

 第六話 左右田氏の悲劇
 多分、これが作者の言うカミのルーフォック・オルメス的な所だろう。ナンセンスの極致。一歩間違えれば、SFだと思う。

 第七話 怪物質オバハニウム
 H・G・ウェルズのドクターモローの島を無理やり、名探偵ℤの世界に放り込んだら、怪獣映画になりました。この展開がひたすら可笑しい。

 第八話 殺意は鉄路を駆ける
 逆説を繰り返して、繰り返して、推理小説における鉄道におけるアリバイを推理が追い抜くという発想が凄い。そんな事をしたらアリバイが崩せないじゃないか。(笑)

 第九話 天邪鬼な墜落
 都築道夫の「小梅富士」もE・Ⅾ・ホック「長い墜落」もビックリの異常な状況での不可能犯罪。実現率はJ・Ⅾ・カーの犯人みたいな跳躍力を必要とするが、過去から延々、探偵小説はこういう不可能な状況を設定して来たのである。

 第十話 カムバック女優失踪
 クトルゥフ神話に出て来る魔導書を使い若返りを試みた女優が行方不明になった。彼女は何処へ。探偵小説、SF小説より、ファンタジー小説、おとぎ話に近い。

 第十一話 鰓井教授の情熱
 私が4歳の頃、円谷プロで「怪奇大作戦」というテレビシリーズを作ったが、全26話あるうち、今の目で見ればかなりトンチキなエピソードがあって、その微妙なラインを名探偵ℤの世界で再現したら、こんな感じだろう。
 「怪奇大作戦」のファンは一度、眼を通して見た方が良い。
 喫茶店でのバカ話のネタになる。

 第十二話 史上最凶の暗号
 ヘンリー・ライダー・ハガードmeets名探偵ℤの世界、と言った所か。
 冒頭、H・P・ラブクラフトの小説に出て来るような手紙が出て来て、蘇呂門渓谷調査団の団長、阿蘭桑為氏の死骸が発見される。
 そんな手紙に書いてあるような怪物いる訳ありませんよと言っている内に、クトゥルー神話に出て来るような怪物に食われた乙名探偵を見て、仙波警部は喜んでしまう。
 オチまで書いてしまったが、ライヘンバッハの滝に落ちたホームズの展開である。

 第十三話 少女怪盗Ψ登場
 この回から、乙名探偵のライバル、昼間は井柳舞音、夜は少女怪盗Ψの登場である。で、呼ばれもしないのに、乙名探偵も登場する。
 事件はシュレーディンガーの猫事件と呼ばれる事件で、猫の恨みは恐ろしい

 第十四話 メタx2な白昼夢
 昔、私が中学生の頃だから大昔になるが、早川書房のミステリマガジンとは別に、光文社からE・Qという雑誌が出ていた。説明すると長くなるから、避けるが、結構マニアックな記事が凄かった。ヴァン・ダインの「グリーン家殺人事件」と「Yの悲劇」の比較検討とかやっているミステリ雑誌と言うより、研究誌の側面が多かったように思う。
 そのE・Qに二回ほど、作者名は忘れたがタイプライターを打っているパルプ作家の前に、作中の探偵が現れて、「よう、旦那、景気はどうだい?」と現れる短編小説を読んだ。オチは想像にお任せするが、作家先生が自分の自画像と登場人物を共演させたい欲望は何処かにあるんだろうな。それを思い出した。
 書いていて、思ったが吾妻ひでおの漫画には彼の前に阿素湖素子が何回、現れた事か。(笑)

 第十五話 ごく個人的な動機
 ラストの「屋台崩し」という幼い頃、テレビで見た白黒の「てなもんや三度笠」から続く「てなもんや」シリーズを思い出した。屋台を崩すまでのプロセスが大事で、今回は裏返った死体というSF的設定。あの感覚を思い出した。

 第十六話 人にして獣なるものの殺戮
 ゴミ回収車から、人の生首が発見される。人の胴体や脚も発見されるが、組み合わせても、足りない部分がある。捜査本部は鶍ノ嘴印食品に目を付けた仙波警部たちが見たものは?
 執筆当時は2000年初頭でBSE問題が華やかし頃で、食とは何かと問われた頃である。
 ファンタジーの題材を元新聞記者の目で書いてしまった。
 と、思う。
 ラストの少女怪盗Ψがファンタジー世界の住人と逃亡する姿は、「これで良いのか?」と問いかける。

 第十七話 黄金迷宮の大密室
 名探偵ℤ版マイダス王篇と言うべきか。自分の財産を手をつけようとするものを者を次々と溶かす。それを手中に入れた少女怪盗Ψもやがて、手中に出来なくて、と言う展開。

 第十八話 とても社会派な犯罪 
 執筆されたのが、小泉純一郎の政権の華やかし頃で、彼の本質を抜いた作者が勢いで執筆したものだろう。
 だが、ここで予言された東日本大震災は9年後の民主党政権で起こり、更に、その後、安倍晋三によるアベノミクスが始まり、それを提唱した安倍晋三は凶弾に倒れて、この世を去り、うやむやのうちに国葬が行われた。
 乙名探偵の告発によると「この国は世界的に稀にみる企業第一主義の国家でありました。あらゆる政策が企業の発展と各業界の繁栄のために行われ、その為に国見が損をする事があっても、そうした訴えは無視さされてきました。何となれば、ほとんどの国民はそれぞれの企業の一員であり、そうでない人々も結果的にその恩恵を受けるのだから、全くかまわないとうのが大方のかんがえなのです。それどころか、会社がどんな反社会的な事をしようと決してっ罰せられる事ない。罪になることはいくらでも実行できるにもかかわらず、です。裁きにかけられるのは組織の一員で、ならばそんな割に合わないことをやらないはずが、決してそうはならない。それどころか『会社のため」だというので罪の意識が薄れ、偉いさんまで裁判費用まで出してもらったりする……」
 長い引用になったが、元新聞記者がカミの小説を日本に移植するとこうなってくる。確かに、東日本大震災の時の原発事故の責任者である電力会社の社長は罪を免責されている。

 名探偵Zが上梓された2002年より、廃墟に佇む仙波警部の状況に近くなってきている。
 そう思うのは私だけだろうか。

 追記。
 後書きに触れられている「笑い」についても書いておこうと思う。
 著者が記しているように、大阪の漫才をダメにしたのは横山やすし、西川きよしの漫才だと思います。という言葉に補選を引いておこうと思う。
 横山やすしの訃報を聞いたのは、当時、バイトで働いていた工場のラジオでお昼の休憩中だった。1996年1月21日。冬の日だった。
 その時、横山やすしの「神格化」が始まるなと感じた。
 二年後の1998年、小林信彦は「天才伝説・横山やすし」を上梓する。横山やすしの評伝だが、小林信彦の評伝の特徴は「いつ、どこで、なにを、だれが」という情報がかなり細かいものなのだが、読み進むうちに、評伝の主人公が何故か小林信彦自身の「私小説」の登場人物になっている構造になっている。「私は私小説などと言うものは書いた事がない」繰り返し述べているが、それは小林信彦の一流のレトリック、いや、レッドへリングだろう。
 この本が起爆剤になったかどうか知らないが、西川きよしは太平サブローを相方に「安全な横山やすし」と漫才をし始める。

 そう言うものは著者としては、もっと許せない行為だったのだろうと推測する。そこには、ナンセンスの欠片もなく、生きている腹話術人形と漫才をする西川きよし。今から思えば、グロテスクそのものである。

 第五話 「おしゃべりな指」の冒頭に仙波警部がヒナダン芸人の番組を批判する場面が出て来る「…カツアゲでもしそうなお笑い芸人ばっかりだ。そのくせ、上昇志向と親分子分の関係はハッキリしていて、現にやっている事は素人いじりと後輩イジメじゃないか」
 ここに描かれているのは、当時人気絶頂だった島田紳助とダウンタウンの二人だろう。 

 と、大阪の漫才と言うのは、かつての自分の領域であり、それが崩壊したので、テックス・エイブリーのアニメやカミの「名探偵オルメス」に、中田ダイマル・ラケットの漫才の幻影を求め始めただろう。

 こんなことを言うと、絶対、怒られるとは思うが、自身の領域の崩壊が始まったので、その残滓としてこの作品が書き継がれて行ったのだと思う。幻滅が出発点だったというと、もっと、怒られると思うが、そう思ってしまった。

 と、芦辺拓先生の「名探偵Z」を読んだ感想を終わります。<(_ _)>
 

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