読書をすると何がいいのか?

こんにちは、まるです。

今日は、読書をする意味について考えたいと思います。読書が好きな僕は、小説やビジネス書はもちろん、"読書"そのものについて語られている本を読むのが大好きです。

特に、数年前、高校生だった僕は齋藤孝先生の「読書力」(岩波新書)を読んで、本の読み方を学びました。それから、齋藤先生が書かれた読書論に関する本は手当たり次第読んでいます。

最近、「読書をする人だけがたどり着ける場所」(SB新書)を読み直しました。

同じ本を読み直すのはとても面白いですね。読んだことあるはずなのに、新たな発見がたくさんあります。それだけ自分の興味関心が変化しているということでしょうね。

今回、読んでみて学んだことは、主に2つです。

1.本を読むと人生が面白くなる

2.細部まで言語化をさせて認識力を身につける

なぜ、人は本を読むのか?
この問いに対しての1つの答えとしては、「教養」を深めるためです。「教養」っていうのは、「物事の本質を理解すること」と考えます。読書をすれば知識が増えるので、「知識を増やすため」と考えがちですが、それでは少し物足りません。読書を通じて、世の中の本質的な部分を理解して、今まで見えていなかった世界を見ることができるのです。

見えていなかったものが見えることが、教養が深まるという意味です。

例えば、僕は今、田舎に住んでいますが、都会にいた時は「"シイタケ"なんてスーパーで売ってる」としか考えていませんでしたが、今は、「シイタケには山の木に生えている自然のものと、ビニールハウスで栽培する人工的なものがある」と考えて、どちらを食べたいかを考えるまでになりました。

これが、教養があるということになります。もちろん、僕が教養のある人だと自慢しているわけではありませんよ。あくまでも例です。

本には、自分では到底なし得ない偉業を遂げた人物が惜しげもなく知識を残してくれています。それを読んで、「世の中ってこうなっていたのか」と理解することで、自分の教養度が高まっていきます。

すると、身の回りにあふれているものに関心を持つようになるので、毎日が楽しくなるんですよね。
たった、数百円、数千円の本を読むか読まないかだけで、何年何十年先の人生が面白くなっていくのです。

と言っても、僕は強制的に「読みなさい」と言うのは嫌いなので、「読んだら楽しくなりますよ」というオススメをしているだけなので、お間違いなく。

先ほど、偉業を成し遂げた人物が知識を残してくれていると書きましたが、偉人と、僕のような特に偉業も何もしていな人との違いは何でしょうか?

本書で書かれているのは、「認識力」です。
偉人に限らず、自分よりも秀でている人は、同じものを見ていても、自分には見えていないものが見えています。

それは、教養の話でも書きましたね。ただ、認識力はまた別です。

例として、僕が最近とある方と話をした際に「自立」という言葉を考えました。

議論をしていて、「自立」という言葉が出てきた際に、「自立」って誰のこと?
と言われたんですね。

僕はそこで、何となく言葉を使っていたことに気づきました。

ですが、僕に聞いてこられた方の中では「自立」という言葉は、さらに細分化され、「じゃあ、寝たきりの人は自立していないってことなの?」と、考えておられました。

これが、認識力の差です。

例が分かりにくかったと思いますが、人が歩くときに、なんとなく歩くのではなく、
「足を前に出すのは何センチで、腕はどれくらいの角度で振って、時速何キロのスピードで歩く」といった、常人では考えないことを考えられるかどうかが、超人(一流、偉人)になるための要素なのです。

日々の生活で自ら気づく人は、いわゆる天才と呼ばれる人たちでしょう。ですが、大半の人はそうではありません。そうでなくても、天才に近づくための方法として、読書があります。

本を読むと、自分の中の世界が広がっていくことが実感でき、人生がより豊かになる感覚を味わうことができます。

本書を手にとって、読書の素晴らしさを感じてみてください^ ^

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