評論家とプレイヤーどっちがかっこいいだろう
評論家より、プレイヤーになれ!
20代前半に、この言葉を本か何かで読んで、
とても感銘を受けた。
同時に、評論家はかっこ悪い!と思ったのですが、
39歳の今、評論家はとっても大切な存在だと思います。
なぜなら、今は、どこもかしこもマーケティングだらけだから。
改めてそう思ったのは、今日。YouTubeで「キンバーライトパイプ」について調べようとした時、
動画がほとんどない。
じゃあキンバーライトパイプはとりあえず置いといて、
「単結晶と多結晶の違い」についての動画を観ようと検索したら、
そんな動画はますますない。かろうじて、1つ2つあるくらい。
これはなかなかの衝撃でした★
どんなジャンルでも、50本くらいずつ動画があるのかと思っていた。
例えば、「ルームツアー」「朝のルーティン」「ミニマリスト」とかだと、観きれないほどの動画が出てくる。
だから人間というものの性質は、自分の好きな事を発信せずにはいられないのだと思っていた。
でも、そうではないようだ。
「単結晶と多結晶」の熱烈なマニアは一定数いるのではないか。なのにその人達は動画をあげない。
なぜか。
たぶん、結晶についての動画は
お金にならないからだと思う。うん。
10年間あげてて再生数、数百とかだもん🤤
逆に言えば、多くの動画が出ているテーマというのは、儲かるのだ。例えば、「副業」「FIRE」「株投資」これらの動画はたくさんある。
そうやって単純に再生数で稼ぐ場合もあれば、
商品のプロモーションをする事で稼ぐ場合もある。
いずれにせよ、どこもかしこも、
欲しくさせようとする罠がたーくさん。
本当に欲しいなら良いんだけど、
余計な不安を植え付けられたり、
日本人には効果絶大の
「みんな持ってます。みんなやってます」
という魔法の言葉によって、本当はいらないものを買わされるのは、
なかなか嫌なものです🥺
だからものすごい熱量で、まくしられた時に、
「うーん。でも、それってポジショントークやん」って言える評論家を自分の心に住まわせる。
どんなに常識外れでも、
どんなにトレンドから外れても、
どんなに機会損失でも、
どんなにみんなと違っても、
「私はいらない」
販売の仕事をしてた時、「欲しくさせるのが仕事だ」と言われた。「洗脳された本人が幸せなら、洗脳は悪い事ではない」とも教えられた😅
私は、そんな時代はもう終わりだと思う。
まだ、理路整然と説明できないんだけど、
ほら、AIが仕事するようになるでしょ?
イーロンマスクが、飛行機だと15時間程度かかるニューヨークと上海間(約1万2千キロメートル)を39分で結ぶ計画を実行するんでしょ?
もう、そういう未来だから、
人を洗脳する必要は無くなると思う。
つまり、未来はシガラミとかがなく、
不安はもっと簡単になって、
単純に好きな事を追求しながら生活するような
それでいて、自然と思いやりが溢れてる世界になると思いまーす。
だから、どっちがかっこいいとか、
そんな事はもう必要ないのです😌
伝わるかなぁ?🌞🌞🌞
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