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国に命を捧げること 2

 鹿屋に行きたい。行って自分の足でその地を感じたい、自分の目でその地の空を見たい。初めにそう思い始めてから随分時間が経った。鹿児島まではやはり遠く、仕事を持つ身にはなかなか簡単には踏み切ることができなかったのだが、結局私自身の計画性の無さであり杜撰な生き方の結果でしかない。しかし還暦を機に、行きたいところには出来る限り行っておこうと思った今年、『えい!』と少々の無理を承知で長年の願いを実現することにしたのだ。

 梅雨入り間近の2022年6月、曇り空の中、私たち家族を乗せた飛行機は鹿児島空港に到着、その後レンタカーで空港から鹿屋に向かう道中までは何もなかったのだが、道路標識や案内板に『鹿屋』の表示が出始める頃から私は胸が苦しくなっていった。なんとも言いようのない感覚だった。市内のホテルでチェックインを済ませた後、息子と海上自衛隊のある鹿屋航空基地(旧鹿屋海軍航空隊 鹿屋基地)に向かう。一応見学は妻を含めた3人で予約していたのだが、妻をホテルに残したのは精神疾患を持つ彼女には、目に映ったものを消化できるだけのキャパシティを今日は持っていないように思えたからだ。

 胸の高鳴りを抑えきれないまま、鹿屋基地の敷地内に入る。大叔父やその後の特攻隊員の『何か』を感じたくて、また触れられる気がして私はここに来た。大叔父がこの基地が本拠地である航空隊の隊員であったことを全身に感じながら、一歩一歩踏みしめて今回の主目的である資料館に向かう。敷地内には新旧の戦闘機、爆撃機、飛行艇などが所狭しと屋外展示されている。建物に入る前、息子が私に聞きたいことがあって何度か話しかけたらしいが、私は上の空だったと後から息子に聞いた。

 息子と二人、順路に沿って資料館館内を進む。するとほどなく大叔父が参加した第二次上海事変を取り上げたコーナーが眼前に現れた。当日9機で出撃した『渡洋爆撃』についての展示の前にとうとう私は立っている。(叔父様はじめまして。来ましたよ。私は貴方のお兄様の孫です)と心で挨拶をすると、次から次と涙が溢れ出てくる。怪訝そうに見る他の入館者の手前だったので、嗚咽を抑えることに苦労した。一息ついて息子に大叔父の最後について知っていることを私なりに説明をする。顔写真や名前こそなかったものの、私と血の繋がった大日本帝国の海軍航空兵のことを身体に感じることができた気がして、またようやくここに来ることができた思いで嬉しかった。離れ際に(叔父様、次は五島の墓に参ります。今日はお会いできて嬉しかったです)と別れの挨拶をしてそのコーナーを後にした。

 さて私が今回ここに訪れたもう一つの目的は、本資料館のメインでもある、特攻隊隊員一人ひとりの顔写真や遺書や手紙の展示を見ることである。この基地からは908人の若者が、再び帰ってくることのない大空に飛び立っていった。覚悟はしていたが万感胸に迫るとはこのことなのか、こみあげてくるものを抑えられない。二十歳そこそこだった彼らは、なぜ片道の燃料で爆弾を抱いた飛行機に乗る直前まで悠然と笑っていられたのか、なぜ我が身が消えてなくなる数時間前に誰かを思いやる文章が書けるのか。ずっとハンドタオルを握りしめて、目頭を押さえながらの見学となったが、振り返ると私の3メートル程後を付いてくる息子も涙を拭いているのが見えた。あえて声をかけずに特攻隊員の写真と遺書の展示の列を自分のペースで巡る。

 閉館時間に追い立てられるように資料館を出た。私は『しんどかったな』と息子に言った。息子は頷いた後黙っていたが、やおら空を見上げ『この空から飛んで行ったんやなぁ』と呟いた。

 昨日の余韻覚めやらぬまま、翌日は同じ鹿屋市にある串良海軍航空基地跡にも寄った。鹿屋基地と同じくこの基地からも沖縄方面の米軍の艦船めがけて、あたら若い363名もの命が飛び立っている。この旧海軍基地は現在平和公園となっているが、当時V字に配置されていた2本の滑走路は現在道路となっていて(見出し画像参照)、その元滑走路の交点に、白鳩を頂く慰霊塔があった。

 私たち2人は慰霊塔までの階段を登り、献花台の前で頭を垂れた。目を閉じて下を向いていると、頭の中を一つの思いが駆けめぐる。20歳やそこらで国に殉じた多くの若者たちがいたからこそ、命の心配がなく偉そうに国の政策に文句を言ったりできる今の私たちがいるのだなぁと。そう考えるとあまりに有難くて、あまりに悲しくてまた涙が出てきた。記帳用のノートが献花台の横に設置されていたので親子で名前を書かせていただいた。

 皆様の犠牲のお陰で
 私たちは平和を享受できます。
 安らかに。ただ安らかに。  
と書き添えて。

 グッタリ疲れはしたが、私の人生におけるいくつかのチェックボックスの内、重要度の高い項目の一つにようやく終了のチェックが入った。

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