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仏談 -美しい仏像-

 昔から一つのことに夢中になる方だった。大人になってからも基本的にその方向性は変わらず、たとえば大東亜戦争関連や明治期以降の貨幣については一角の知識を持っているものと自負している。しかしそんな1円の得にもならない知識の中でも、今私が最も心惹かれることは、仏さまの世界に関する様々のことである。正にそんなことに触れている時間は掛け値なしに『楽しい』と思える時間だ。しかし例えばあるお寺で、月に一度また年に一度の縁日(仏様の降臨の日)に、秘仏の御開帳があるという情報に心躍らせる私の気持ちに共感してくれる人が近くにいないのが淋しい。
 昔は仏像など年寄が見るものだと思っていたが、なんのなんの若い方々、特に女性が予想に反して多いこと多いこと。その世界を知らない人にとっては、仏ガールと呼ばれる若い女性たちの存在(少なくはない)やその人数にはきっと驚くだろう。今回は標題にもある、私が心から『美しい』と思う仏像を三体に絞って紹介したい。

《東寺 帝釈天》ー凛々しさとしての完成ー

東寺(京都市) 帝釈天

 女性人気の一番は画像にあげた帝釈天らしい。俗にいう『シュッとした』感じの仏像の代表だろうか。彼は象に乗っている。仏教がインドからやって来たことがわかる事実である。正確にいうと仏教側がインドの神様たちを後付けで仲間に引き入れたんだけどね。神様としては仏教サイドが自分たちのことを勝手に仲間にして、しかもなんだか格下みたいな位置付けの用心棒として配置したことにも怒ったりはしない。神様だからね。
 この帝釈天は梵天と並び、仏教の世界ではかなりの重鎮であるものの、女グセが悪かった。阿修羅天の娘に一目惚れしてレイプに及んだのであった(神様なのに・・・)。『英雄色を好む』の言葉通りであるが、これが元で阿修羅天と帝釈天は果てしない戦いの運命に突入することになるのである。

《観心寺 如意輪観音》ー芸術としての完成ー

観心寺(河内長野市) 如意輪観音

 我が家から車で1時間圏内の山あいにひっそりと建つ観心寺。空海ゆかりの寺として往年は隆盛を極めたことは、その伽藍(がらん)の規模や国宝である本堂の佇まいや遺された仏像群を見てもわかる。中でも画像の如意輪観音は、私の中では最も芸術性が高いと思っている像である。1年に2日しか開帳しないその国宝の観音像は6本の手を持ち、その中の1本を頬に当て、いかに人々を救えば良いのかを思案し続けている。
 密教芸術の最高傑作ともいわれるこの像は、なんともネットリと、見る人を引き付けて離さない。

《秋篠寺 技芸天》ー色気としての完成ー

秋篠寺(奈良市) 技芸天

 『帝釈天』や『大黒天』など、名前に『◯◯天』が付いた神様(でも仏像と呼ばれる)は、仏教的には『天部』というカテゴリーに属する。天部の仏像には男女の性別がはっきりしているものが多い。この秋篠寺の技芸天も女性であることがすぐわかる。しかもこの像にはミロのビーナスとはまた違う、リアルに生きた女性のような なんともいえない艶かしさを感じるのだ。それはこの女神がどことなく恥ずかしげにしているように見えるからなのか。秋篠寺の陳列では技芸天像は向かって一番左端に位置しているから 右斜め後ろから見上げることができるのだが、なんだか女性の後姿を下から覗くような感覚になるから ちょっと罪悪感を持ってしまうほどだ。

 もちろん他にも美しい像はたくさんあるが、考えに考えてこの三体で なんとか手を打ちました! もちろん私個人の感想でしかないので悪しからず。


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