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髪型の注文

 美容師にとっては雑誌やスタイルブック、はたまた携帯の画像を示して髪型をオーダーする人は基本的には有り難い。言った言わないや双方の思い込みを避けられるという側面があるからだ。しかし『基本的』と断ったのは、それらの写真や画像のほとんどは美しいタレントや女優が微笑んでいるものであり、持ってくる方々は自分にそのイメージを重ね合わせ、自分もそうなれると信じている場合も少なくないからだ。当たり前だがほとんどの場合、見本とそのお客とはあらゆる素材が全く違う。故に美容師サイドとしては、その通りにはならないことが容易に想定できる場合、可能ならそのオーダーは回避したい場合もある。
 しかし悲しいかなそんな場合であっても『同じようにはならないですよ』とは言えないものだ。もちろんお客には希望されている髪型の何が気に入ったのかは訊かないといけないが、(これはやらない方がいいぞ)と美容師が判断した時には、ズルいようだが別のスタイルに誘導したりすることもある。これはある意味高度な営業トークである。最もポピュラーなものは『髪質が違う』という理由だ。見本として持ってこられたものが欧米人のブロンドだった時など、『白人とはどうしても髪質が違うので、同じスタイルにしても同じように見えないんですねー・・・』とかなんとか。だからあなたはこの写真と同じようにはならないのだと。この論理は失礼には聞こえにくいから、お客にもハッキリ言えたものだ。
 しかし希望通りにならない理由を髪質のせいにできない場合がある。例えば持ってこられた写真がイラスト、あるいはアニメのキャラの切り抜きだった場合。そんな2次元のものにリアルな出来上りを合わせられるわけはないのだが、大体アニメ系の方々は押し並べてイメージ先行であり、自分の頭の中に独自のワールドを持っておられることが多かったから、美容師がリアルな世界でチャレンジしても、持っておられるイメージとは永久に合致しない。
 だから仕上がりに不満を持つことが想像できるそんな時、私が繰り出した次の段階の『できない=したくない』言い訳は、『骨格が違う』というものだった。もちろんお客には希望されている髪型の中の、何が気に入ったのかは聞かないといけないが、その答えが『雰囲気』だった場合には、色々と出来ない理由を並べるより『骨格』が違うと言った方がなんとなくプロっぽいし、お客を否定した感じが和らげられるものだ。
 このように、様々に『実現は難しい』ということを並べた上で、それでもあえてやって欲しいと言われる時だってある。『ゴチャゴチャ言わんでええからとにかくやれ!』だね。まぁそうなると最善を尽くすしかない。あくまでもダメだ!などとお客に言えるわけもない。しかしその場合の多くはやはり期待通りにはならず、当然再来店率は低いということを覚悟しなければならない。

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