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トイレットペーパーとじゃがいも湿布

寒い雨が降る朝、開店直後のドラッグストアからお年寄りたちがトイレットペーパーとティッシュを抱えて傘をさしているのを見ると、なんとも言えない気分になる。
3年前、一人目の子供を産んだばかりでほぼノイローゼになっていたとき、授乳トラブルが辛すぎてネットの嘘に溺れていた自分を思い出してしまう。

授乳トラブルは、本当に痛い。

私は母乳が詰まって乳管閉塞と白斑というものになってしまって、授乳するたびに激痛と戦わないといけなかった。

白斑がどれくらいの痛みかというと、赤ちゃんに乳房を咥えさせるときに、タオルを噛んで叫び声を押し殺さないとだめなくらい。イメージは、時代劇でお侍さんが拷問されている状態。授乳が痛いとかそんなこと聞いてないよぉぉぉというかんじ。

それでも授乳し続けないといけないので、それを昼夜問わず2時間おきに繰り返す必要がある。それが数日間続く。夜泣きがひどい子だったので、連続で睡眠をとることもできていなくて、今思うと完全に頭がおかしくなっていた。

追い詰められた人間は、目の前の情報にすがる

一刻も早く助かりたくて、検索した末にたどり着いたのは、桶谷式の母乳マッサージだった。

本当は乳腺外科にかかりたかったのだけど、まず乳腺外科をやっている病院は極端に少ない。そこへ授乳トラブルを抱えた人たちが殺到するので、今すぐに治療してほしいのに全く予約がとれず行くことができない。産院も遠方だったので行けず、何も知らなかった私はネットの情報を頼りに母乳マッサージを受けに行った。

そこへ行って、ガチガチになった乳房を物理的にゴリゴリを押して(これも激痛)力技で詰まっていた母乳が抜けた。(ちなみに何度も再発して何度も通った)そこで言われたのは、「あなたの食べるものが悪いせいで、こんな状態になるし、赤ちゃんも苦しんでいる」ということ。

曰く、油ものや甘いもののせいで母乳は詰まる。母乳の味が変わって赤ちゃんは飲みたがらない。白い食品は食べないほうがいい。それでも授乳トラブルが起きた場合には、じゃがいも湿布をして冷やすこと…など。(じゃがいも湿布というのは、じゃがいもをすりつぶしてキッチンペーパーでくるみ、腫れた箇所に塗り、患部を冷やすというもの)

先に言っておくと、食べるもののせいで母乳はつまらないし(by WHO、厚生労働省)、じゃがいも湿布は、なんならリステリア菌に赤ちゃんが感染する可能性もありやらないほうがいい。

当時お侍さん拷問状態だった私は、この痛みから逃れられるなら考えうる全ての策にすがるしかなかった。食べ物は出家僧みたいな質素なものになり、土みたいな味の牛蒡子を煎じて飲み、体力も落ちた。そして、さすがにトンデモでは?と思って後回しにしていた、じゃがいも湿布の準備をはじめた。じゃがいもをすりおろし終えて、黒く変色してきているのをみたとき、あれ?とやっと気づいた。これやっぱりおかしくないか?と。

自分は大学まで出て、少なくとも最低限の判断力はあると思っていたのに、じゃがいもをすりおろすところまでいってしまった。とんでもなく追い詰められた状態だと、何が正しくて、何が間違っているのは、どれが正しい情報なのかまったくわからなかった。

朝ドラッグストアに並んで必死にトイレットペーパーを買っていたあのおばあさんは、あの日じゃがいもをすりおろしていた自分と同じなんではないか?高齢で、ウイルスに怯えて、極限状態で目の前にある危機を必死に乗り越えようとしている?

目の前の人に、情報を伝えることができない

桶谷式母乳育児まで極端でないにしても、食べ物のせいで母乳がつまる、というのは、本当に色んな所で言われる。産院で子供をうんだ翌日に、プロであるはずの助産師さんに油NGと言われたりする。子供を産んだ友達の家を尋ねるときの手土産は、本人が気にしている可能性を考慮して、クリームの乗ったケーキは避けたりする。

その一方で、二人目を育てている人なんかは経験則で分かっていて、普通に食べている。「食べても母乳詰まらない体質なの〜」とか「たまには食べちゃおう〜」とか言いながら。甘いおやつを我慢できるわけがないので、そのうちに食べちゃって、案外大丈夫じゃーんとなっている。

大丈夫じゃーんと思っているなら、早く言ってよ、もっと早く追い詰められる前に知りたかった、と思う。
だけど、いざ目の前に「母乳が詰まるからやめておこう…」と言っている人がいたとき、私はそれを否定したり違うよとアドバイスすることができなかった。

ママ友って不思議で、よっぽど仲良くならないと、その人の背景が全くわからない。職業も年収も金銭感覚も宗教も信条も何もわからない状態で、子供たちはこの土地で今後何年も仲良くしないといけない。今ここで下手に反感をかうと、なにもいいことはない。

今この情報を提供して反感をかう可能性と、このまま時がすぎることを待つことを天秤にかけると、後者が勝ってしまう。

何がほんとで何がうそか

何が本当のことかというのは、本当にわからない。ニュースひとつにしても、なるべくいろんな角度から、視点から、考えてみるようにしているけれど、なかなかに難しい。

いよいよわからなくなってくると、今一番正しいと考えられることを正しく知りたいと思うのは、潔癖なんだろうか、とか考えてしまう。結局のところ、人に迷惑をかけずに本人がそれを信じて幸せなら、それでいいんでないか、という気もしてくる。

明日、何が正しいのかわからない。赤ちゃんが泣いても放っておいたほうがいい昔の説とか、マシュマロ・テストの再現性、ティラノサウルスの鳥っぽさとか、ハルキゲニアの頭の向きとか…今まではこうだと言われていたけど実は違った、なんてことたくさんあるし。

たぶん、私は目の前の人にこれが正しいのだと断言することはきっとこれからもなかなかに難しい。
けど、ひとり赤ちゃんと部屋で向き合ってじゃがいも湿布まで追い詰められちゃってる人には、なるべく情報が届いてほしい。探したら今1番正しいとされている情報にたどり着けるように、インターネットの片隅にエビデンスつけて書くくらいはしよう。

情報の正しさ、情報伝達のチャネル、母親間のコミュニケーション、それらを扱うサービスをぐるぐると考えているけど全く答えが出ない。

3年ぶりに「授乳 痛い」と検索したら、昔みたいなトンデモ記事はだいぶでなくなっていた。
ドラッグストアのトイレットペーパーは、今日もない。

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