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窓際のトットちゃんで想起されたこと

とても長いです9000字以上あります この文章は6回にわたって書いては付け足しできあがったのでくりかえしているところもありますそして未完成です 最後の部分は思春期を乗り越えることでトットちゃんその後になるのかもしれません 3回観て私の視点は最初はヤスアキくんに没入しました 次はトットちゃん最後に観たときは小林先生に入り込んでみていたみたいです 

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【1】

多動、多感、落ち着きがない、このような性質をもつ子供たちに病気の名前がついているそうだ。つけられて安心したりしているそうだ。

昨日「窓際のトットちゃん」黒柳徹子の自伝が原作だそうだが、映画を見て、身の回りの出来事に素直に反応し、愛情を表現し、抑圧を知らないトットちゃんが、学校の授業の枠にはまることができず、退学となってしまった。そのエピソードから物語が始まった。しかしその多感すぎるトットちゃんがトモエ学園に入学し「小児まひ」で片腕と片足に麻痺がある子どもと友達になり、むしろそのあとは彼女の関心は友達との遊びに集中していくのだった。そして遊びのなかみは手伝ったり、彼が勇気をもって挑戦するよう励ましたりということだった。

幼児から、小学生、だんだん思春期に近づいていく。その時期にどのような成長を遂げるかは「三つ子の魂…」という言葉があるように大切なのだろう。その時期に「遊ぶ」その中身だが大部分は身体にかかわるものだ。身体を動かすこと、その官能、身体の動きを感じ取ること、自分の周囲のものとの付き合い方を覚えること、友人との付き合い方を覚えること。それにしても身体を動かせないとき、魂はどうやって成長していくかという課題につきあたる。

トットちゃんが全力で手足が動かない男の子を助けたのは、自他の区別が弱い子供の時に、その成長の危機は自分の成長の危機と感じたからではないだろうか。

だから多動、多感で、興味がとどまることも知らない彼女がずっと彼に「魅かれ続けた」のではないか。

多動、多感、多すぎるほどの好奇心、集中力がないこと、などの性質は逆にこれが大事だと感じたら、魂の呼び声を聞いたら、誰が何をいおうと何かに献身し続けるような性質でもあるのかもしれない。

トットちゃんがよこした第一の謎

「なぜ尽きることのない好奇心をもつトットちゃんは飽きることなくある友達と遊びそして助けたか」へと私の答えはなんとなくこんな感じとなった。

そうであるならば授業など、身体の活動を制限し、教師の提示することに注意を集中し続けることを求め続ける場所にとどまることができないのは障害ではなくて、彼女が求めるものが見つからない空虚な場しか、学校が提供できないことを示している。

子供たちではなく学校がこの広大な世界に広がりつながっていこうとする子供たちの障壁となっており、その中に適応するために多くの子供が犠牲をはらわなければならない。自分の自由を押さえつけるためにどれほどの犠牲が必要なことか。

 

 

【2】

二日前に映画を観たが、思考と記憶と感情とが画面を追いかけていくように観た。映画はそういうものかもしれないが、受動的な感動というものではなく「そこを生きた」感があった。一方、生き足りなかったという感覚も残った。

泰明くんという少年が細いスネをトットちゃんに見せて自分の歩き方がおかしい理由を教えようとした。彼女にとってそれは驚きではあっても気持ち悪いなどのネガティブな思いは全くなかったのだろう。幸いな出会いだったと思う。

子供たち同士が困っている友人を受け入れていくときには思いやりではなくてありのままの様子を知りそれを納得し遊びをつづけるために助けたりルールを変えたりする意思が出てくる。これは私たちに備わっているもののようにさえ思える。

自分が助けられているのであるが、それは遊びそのものを維持するための当たり前の行動である。そして助ける者の遊びの喜びを深めることとして返っていく。子供たちは知恵者であり全体性をさまざまな活動のなかで体験しながら感じ取っているのである。その体験が人間性の成長の、稀有な機会なのだろう。

子供のころ知ったその一体感は人生の後の段階においてさらに大きく社会や存在の全一性の探求につながるものだ。逆に遊ぶ機会を失い、友人とのけんかや和解も経験せず「どうしてそんなふうに歩くの?」と聞くこともなく、人と交わることなく過ごしたならどうだろうか。老齢になってもこの世界は理解できないばらばらの存在としか感じられないかもしれない。

とても大きな生きる力、消耗しても朝になると満タンに充填されるあのエネルギーによって、身体を動かし、言葉をきき、受取り、与え、意外さに驚きまた笑い転げる。時々大きなハードルもある。失望したりまた挑戦したり、そんなときに友人との交流があれば信頼という大きな宝をもらえる。

しかし評論家として端から見るのとは全然違うことが進んでいく。相手が苦手とすることにあえて引っ張っていこうとする。相手を困らせる。そういうことも珍しくない。

たとえば私も小児まひで、走っても2倍遅くて競争すれば負けるのである。私の友達はそういう私に平気でかけっこをしようと誘う。休み時間に鬼ごっこをしようといわれたこともある。

小学校5年くらいのことだった。特別ルールはなく鬼ごっこであって走っても追いつけないのだがそういう状況をあえて作りだすのである。

よーしそんならつかまえたらキスをするぞ、と私は言う。いいよーと女子たち。彼らは捕まえられないことを知っているのだ。広い体育館でおにごっこをはじめても歓声をあげて逃げられるだけだ。だから私は意欲を失ったふりをしてしばらく不活発に体育館の中を歩いていて、私を見失った頃に後ろから襲う、という戦術を考え出した。そして手の甲にキスをするととても嫌そうにする。そして遊びは続くがそんな手段が何度も通じるわけもなかった。

しかし本当にどうしようもない時には、自分の能力をちょっと隠したり、相手を目くらまししたり、そういったいろいろな反社会性も必要だと私は遊びから学んでいった。きれいなものばかりではないのである。みな、全力なのだ。

      

【3】

昭和10年代の東京でトットちゃん、黒柳徹子は少女時代を過ごした。戦争が始まる時代だった。

そして注意散漫と思われたトットちゃんはトモエ学園という人間性教育の学校に行く。トモエ学園は身体の問題を持つ子なども多かったようだ。

戦争は何か。人間の物質的な側面への集中、といったんしてみよう。食物、資源、領土、身体、そういったものを確保するための動き、そういうようにざらっと考えてみる。

人間の物質的な側面とはまずは身体のことであり、身体能力が優れていること、出産ができること、働けること、それに戦えることが人間の価値となる。

人間を物質と考えるなら、身体と考えるなら、身体が弱いほど価値がなくなる。障害があるなら価値はなくなる。

そして身体ではないものを追求していく活動すべてを否定し、抹殺するように走る。

トモエ学園で子供たちが成長していこうとしている方向は、踊ったり、木に登ったり、走ったり、散歩したりする。身体的であるように見えるが、どうもトモエ学園は人間を物質と考えていない。身体と考えていない。身体での経験を自由に積み重ねていこうとしているその先があるように思われる。

戦争では身体能力の一部だけを強めようとする。他の身体を傷つけるための能力さえ強める。

トモエでは身体を、世界を感じ取るため、人間同士が喜び合うために使う。

身体を大切にするにしても方向が全く違う。

戦争では身体の画一性を求める。

トモエでは身体の成長は種から伸びていく可能性に任せ、多様性を尊ぶ。

戦争では外部の支配者に価値がある。個人の価値はない。

トモエでは支配者に価値はない。個人に価値があるがそれは個人が世界に拡張して、成長していくためである。

戦争は勝ち負け。

トモエはお互いの能力を発揮できるかどうか。

このように私には対照的にはっきりと見えた。

 

【4】

戦争は人間を物質と考えることだと3で考えた。

ところで流行病の騒ぎに頭を巡らしてみる。

恐ろしい病気が流行るのが怖い。病気で死ぬ。すなわち身体である人間は否定される。病気という強大な力に人間は無力である。いつくるかいつくるかと怯えて待つだけが私たちに許される唯一のことである。いや病気という恐怖を破壊するワクチンがある。庶民派はマスクを口につけてお互いに努力できる。

大きく言えば、この流行病というのは物質であり身体である自分を攻撃する敵との戦争である。だから私たちは支配者に協力しなければならない。身体を管理している医療に疑いを持たず言いなりにならなければならない。

人間という物質は、病気という敵に対して無力なのである。人間には物質として長生きするくらいしかできない。他に何をすることもできない。これがWHO、政府、メディアの伝える人間像である。この世界のなかで人間の活動の意味は日々小さくなり、敵と戦うことのできる医療や支配者ばかりが巨大化していっている。流行病は支配者に人々が生きる権利を譲り渡していくという結果をもたらしている。

人間は身体だけではない。身体というのは私たちが体験するためのすばらしい恵みであるがいずれ朽ちていく身体が目的でない。そのように考えたら流行病の考え方はどうなるのであろう。

怖い病気が流行っているから、国民一丸となって、いや世界一丸となってそれを撲滅(殴りまくって、滅ぼす=戦争)しなければならない。これが戦争の思考である。

そうなのか?私たちは身体を恵みとしてもらっている。身体をつかって経験をつづけるとき、私たち自身が身体を傷つけることもある。私たち自身が危険なことに挑戦することも許されている。自分の身体の扱い方には自由が与えられている。

身体をとおして感覚が来る、身体を動かしなんていう経験をする。痛みもある。音楽の律動、音をきく喜び、経験することは多い。これら身体を通して他人とかかわり、別の種類の喜びを経験できる。それがこの世界ではないか。

身体を滅ぼそうとする強大な敵があらわれて、戦わなければならない。支配者のいうことを聞かなければならない。今までのような身体の自由は消えてしまい、日々人と交流することも許されなくなっていく。それは大きな敵との闘いのためだ。身体を守る戦いのために、身体を持つ意味を否定しなければならない。それが今起きていることの含んでいる矛盾であろう。この考えそのものが、矛盾であり、空虚ではないだろうか。

自分のところにあるこの身体、日々経験を重ねているこの身体の方を向いてみたらどうだろうか。生きたがり、さらに生を広げたがり、他者とつながりたがり、成長したがり、人生を広げたがっているこの身体に応じたらどうだろうか。

誰かがもたらす恐怖に反応して、「科学的」と張り紙がついたよくわからない情報と考えの方を向かないで、もともと自分がいるこっちのほうをむいたらよいのではないか。

戦争ではなく、無意識の集団の暴力に加担し、自由を放棄していく道を選ぶのだろうか。いかに独りであっても、自由を放棄することはできない。身体で自由を経験し羽ばたいていくことが私たちがここにある意味だ。これは証明する必要がないではないか。

 


 

【5】

2回目の映画を見て、自分で心境の変化に驚いた。知人が二人隣に座っていたことで没入は浅くなり、観る立場も変化した。障害ある少年に自分が同一化しそのまわりの出来事の輝きを感じていった1回目に対して、2回目はトットちゃん本人のなかにいた気がする。

そしてここにも同一化できるものが十分にあったが細かくは書かない。

子供たちが成長していくスタートラインは、自己肯定である。そして一つ一つの体験で自己肯定を積み上げていく。言葉を変えるならこれが成長である。

自己肯定は「あなたはよい子だよ」という他人の言葉かけで与えられるようなものだろうか。そうだともいえるし自分で経験して初めて生まれるものだともいえる。

そしてここで考えるべきことは自己の肯定って何だろうかということである。

自分から出てくるものがすべて良いものだということなのか。評判にかかわらず本性はよいものだということなのか。宗教画言うように罪を追っていて神の下で許されて初めて良くなるということなのか、これまた宗教が言うように、さまざまな低いレベルを反省してだんだんによくなるということなのか。

あるいは、少国民になって我慢して自分を殺して暮らし、兵隊さんを助けることが良いことなのか。

よいというのは、在ることがよい、無条件でよい、その事実を感じとるという幸運が幼児のころからあるならば、成長はあるだろうと思う。

望むことを我慢したり、怒鳴られても我慢したり、空腹を我慢したり、その時その人が望むことを否定するならば、本性は隠れていき、成長は止まる。

権力のもとめるよいことは、能力がある人間になれということだ。努力、つまり我慢し、何かと戦うことがよいことなのだ。

一方トモエのいうよいことは、成長をしていくことだ。成長とは「自分が在ることはすばらしい恵」という事実から始まる。その在ることから、一瞬一瞬生まれる人生を喜ぶ。たとえば運動でも自分の身体がよりしなやかに力もつけて、木に登れるようになった。次には岩に登れるようになる。その途中で乗り越えていく心地よさ、自然を深く感じて喜ぶ。それが成長だ。

同じように身体を使っても権力の求めるのは相手より優れた能力である。その先には相手を痛めつけるという目標が掲げられている。勝つことが、スポーツのすべてとなる。トモエは内側から伸びたがっている存在を無条件に認める。権力は内側はないほうがよい。ただ外部に打ち勝つために内側をこき使おうとする。

能力のない障碍者が戦時中に何らかの形でお国に奉仕したいと手段をさがしたということを聞いている。トモエは戦争の全面否定になっていた。

ここにこだわるのは私の中に苦い経験があって長い間そのけりをつけたいと思っているからである。

小学校のとき、あるとき一念発起して「一人で毎日走ろう。体を鍛えよう」と決意したが泣いてしまった。その決意は「劣った身体の私が努力して少しでも近づきたい」という考えに基づいていたからだ。

私は自分が与えられた恵みであって、日々生まれてくるエネルギーに応じて自由に生きたらよかったのに「自分には欠陥がある」という間違った決意をしてしまったのだ。

何故間違いとわかったか。走って、走っている。向こうから大人が歩いてくる。恥ずかしい。(何故だ?)声をかけられる「がんばれよ」とか「がんばっているな」とか。その言葉はますます恥ずかしいが、不思議なことに優越感を刺激された。

「自分は他人より頑張っている」という優越感だ。これは劣っているという決意から始まったのに「がんばり」において優れているということだ。

この間違いが何十年も続いて今に至る。

私は決意を書き換える。

私は居る。私は在る。その私は安らかさそのものだ。私は自由だ。私は愛を感じる。私が愛なのかもしれないという予感がある。体験を続けたい。つらいことがあっても自由に体験を続けたい。縛るものはなにもないことを知った。

努力をするとしたらそれは劣った自分を変えるためではない。すで在る私を体験したい(身体をつかって)がために努力を惜しまない。そこで努力できたら他の誰でもなく自分で評価しよう。よくやったと。そう言える日が来るならさいわいだ。


 

【6】

魂という単語を聞いてきたし文字でも読んできたし、物語や漫画などでも使われてきた。銀河鉄道999でも出てきた。それなのに魂って何か、知らない。まったく知らない!霊、霊魂という言葉もあるが、なにかガス状の存在…を思い浮かべるだけでしらない。ああ、知らないのにこのまえその言葉を使った。それは他にうまくつながる言葉がなかったからだ。

 人は身体で体験をする。それが人生。しかし身体は人そのものではない。それは何?ということで私は何なのか知らないがそれを使わないと説明ができないので、魂ということばを引っ張ってきた。知らない。知らないが懐かしく、燃えている、美しい、勇気を与えてくれる何か私の奥深くのもの。いろいろ説明はできるが、独り私の中から共有して、うん、うん、それ、、、と言えるものになることはない気がする。

 

 共有することはできないが、すでに共有そのものであるものなのだ。

 

 そしてトモエ學園の子供たちの日々に見えたのは魂の望みである、みんなでいっしょにやってみること、困難に立ち向かうこと、責任を取って自立すること、その喜びに輝いている姿であった。

戦争は「みんないっしょ」を罵倒する。みんなで戦場に行くが、内側からの望みと喜びに従って戦場で、自由に、楽しく、そして責任と自立をもって成長することは困難だろう。

戦争のみんなで協力の意味は、みんなで考えることをやめる。みんなでお互いを差別する。そのみんなというのは架空の目的に従う無意識の集団ということだ。魂を失ったものとなれということだ。

そして魂を失わせることはできないが、自分の魂を忘れるためによい方法とは、自分が劣っている、汚らわしい、他者に嫌われている、役立たない、愛されない、そのように思い込むことだ。劣っていると思いこむとは、言葉を変えていうならば、みんないっしょであろうという偉大な挑戦をあきらめる決意だ。そう決意してしまうと、みんな一緒ではなく、自分だけが成長しようとしたり、あるいは自分だけが隠れて生きることになる。

私の場合、その決意は11歳くらいでなされた。それから全力で体験していこうという私と、劣ったものを隠しひそかに人を出し抜こうとする私ができた。そのどちらかが現れ出てくる。決して魂が消えることはない。その一方で人間の思考で作った決意は意思となって現実を作り出そうとする。その考えに基づいてだんだんに人生が揺らいでいく。

 12年間学校に通いながら、そこはトモエではなく、教室で本を読んでいても誘いに来るものはなく、体育のたびに私は一人となった。週に5日体育があったから、ほぼ毎日その時間私はみんなの笑顔から離れてしまう。がんばってもどうしようもないのだった。意思もくじかれそうになった。毎日夕方や早朝にランニングをして私は「頑張っていた」がその先はまったくわからなかった。頑張って「戦争」が私を強制させていた。その頑張りをみんなでやろうとか、誰かに話そうとか、思いもよらなかった。一度も思い浮かばなかった。

 たまに先生が私に参加できそうなときに呼びに来た。フォークダンス。女子と手をつないでどんどん相手が変わっていく。本当は楽しいはずだったが、私は足取りがおぼつかず、歩みに追いつくのに必死だった。そして恥ずかしさが消えることはなかった。誰もが自分を見ているか、あるいは見ないようにうつむいているような気さえした。

 たぶん家庭の中で、何かがあった。よく覚えていない。しかし父が私と思いっきり楽しんで遊んでいない気がしていた。父は他の兄弟と大笑いしてキャッチボールをしているように見えた。その時の父は解放されている感じがあったが、私と接するときは違った気がした。

 思春期は11歳くらいでやってきた。声変りがあり、陰毛がはっきりと生えた。大きくない私がクラスの1、2番の身長に育っていた。音楽に惹かれて、いち早くレコードを買って楽しんだ。世界の名作文学に本当に感動した。ジャンバルジャンやネロ少年に深く思い入れをした。

 頭の中だけで起きた初恋のときは世界が本当に桃色に見えた。風はよい匂いがした。葉を落とした枝が灰色の空にくっきりと風に揺れていた。美しかった。

 早熟な私は、自分の身体を美しいと思っていたし、肌がなめらかで自分で触れても快かった。それを誰かに触れてほしい、あるいは誰かに触れたい。そう切望していたはずだ。

 思い切り、好きな服装で、かっこうをつけて、ドラムのリズムを人前で表現したかったはずだ。友達と愚連隊をつくって肩を組んでおしゃべりをして歩き回り、なんでもはめをはずしたかったはずだ。

 表現の仕方がわからない、演劇で役になりきって朗読をするのが気持ちよかった。それで生徒会長に立候補した。人前で朗々とお話ができると思ったのかもしれない。

 ラブレターを書き、失恋をしたが「尊敬しています」「私はあなたに値しない」というような返事であった。私は頑張ったと思う。それはトモエのように自分に機会を与えて伸びようとして自分の思いつくことをやって、頑張った。誰もが頑張るように。それと同じように。

 しかし私は思春期の壁を乗り越えられなかった。カッコつけてノリノリで、好きな女の子に傲慢なくらいうれしそうに、自分をPRして、遊びたかった。思い切りジャンプしたかったが乗り越えられなかった。その後何歳になっても高校の校舎のなかの夢を見た。その中で孤立感をもって何かをしている夢ばかりだった。

 自分を肯定すること、体験によって肯定し、愛する人々に認められる、そして少年時代から大人へのジャンプができるようになる。あふれる肯定感から人間の幅が広がっていく。自分とは異なる性質の人と苦労しても喜びを見出せるようになる。

 私は「自分は劣っている」という決意が、いかに強力で、自己肯定を捨てると、成長が止まることに長いあいだ気づかなかった。戦争に自分が突き動かされることを選んできたことに気づかなかった。

私は私のトモエとなって「私はこんなに毎日楽しもうというエネルギーをもらっている。劣っているとか優れているとか誰が気にするものか。私はこのエネルギーで輝こう。興味をもったことをあきらめずにじっくりとやってみたらいいじゃないか。自分の欲求も醜いものではない。まっすぐに欲求を肯定して、大事にしたらよいじゃないか!自分の好奇心、身体的な欲求、みな手に負えないものかもしれないが、精一杯表現していこうぜ!

時代も激しく変わっているようだ。人のありさまがかつてなく見える。戦争からトモエへ変わることはあるだろうか。強制や恐怖で暮らすところから、新しい冒険とみんないっしょの世界に変わっていくことなんてあるだろうか。

 

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