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詩 I 夏の終わりの悲しいファスナー

16才の夏の終わり、悲しい失恋をした。
もう何十年も前の出来事だけど、ときおりふと思い出す。

別れたい、と彼女の言葉。
そう言われた後、自分がどんな言葉を発したかはおぼえていない。
ただ悲しかったことだけは強烈におぼえている。

僕はその瞬間から
悲しい失恋の瞬間と
彼女との楽しかったときの記憶を
大きな麻袋に入れて
ずっとずっと引きずって歩いてきている。

離したいけど離れてくれない。
辛い気持ちが続いている。
ずっとずっと引きずっているけど
その麻袋は破れない。
破れて中身が落ちればと
ずっと思ってきたけど。

僕はふと気づいた。
引きずってきた麻袋の跡が
ファスナーになっていることを。
ファスナーはしっかり閉まっていて
僕の後ろの方、はるか向こうから
まっすぐずっと続いている。

ファスナーを開けたらどうなっているんだろう
そう思ったとき
麻袋がスライダーの代わりになっている、
そのことに気づいた。

僕は麻袋を1メートルくらい後ろに移動させて
ファスナーを開け緊張しながら中をのぞいてみた。

するとそこには
今まで僕が他人に悲しい思いをさせてきた
自分を嫌悪したくなるような
そんな記憶が入っていた。

僕はすぐファスナーを閉めた。
嫌なものが中から飛び出してこないように。

僕はようやく気づいた。
悲しい思いが詰まった麻袋が
自分の嫌な部分を隠してくれていたことに。

これからも麻袋を引きずって歩いて行こうと
そう思ってまた歩き始めた。





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