モノが壊れ果てる現場を目撃して

今日は地域のクリーンセンターに初めて訪れた。
ずいぶん前から、やろうやろう、捨てよう捨てようと思っていたゴミを持ち込みして処分してもらうためだ。本当はまだまだ先延ばしにしそうな感じだったが、自分でも驚くほどに突然、今日行動に移した。

コロコロが滑りにくくなったスーツケース、使わなくなった扇風機、ベッドガード、家庭菜園の土を土のう袋に詰めたものを6個、持っていくことにした。

家の玄関から、車を止めている場所まで少しだけ距離がある。雨の日に傘をささないとかなり濡れるくらいの距離だ。
特に土のう袋は重く、運搬しづらい形なのもあり、玄関から車まで一度に運ぶことが出来ず何回か休憩しながら運んだ。何kgなのかはわからないが、本当に重かった。災害時のボランティアの方はこんな重いものを何回も何回も持ち運ぶのか、と尊敬の念が湧いた。

車に詰め込むだけで汗だくだくになって、少し休憩してから出発した。クリーンセンターは車で30分程度離れたところにある。夕方だったので幹線道路はかなり混み始めていた。この車列の中でクリーンセンターに向かう人はきっと居ないだろうな、とか勝手なことを思っていた。

センターに到着したら、自分の前に別の車が2台ほど受付をしていた。
まずは車ごとの重量を計測し、ゴミを捨てた後にもう一度重量を計測し、重量の差からゴミの量を出す仕組みになっていた。訪れたことがなかったから知らなかった。

ゴミを捨てる場所に案内された。
ゴミの集積所は一度落ちたら這い上がれないような深い穴になっていて、色んなゴミが、色んな色で、いろんな形で、めちゃくちゃな形で、原型をとどめているものもあって、元の形がわかるようなものもあって、無造作に、なんの規則性もなく、ぐちゃぐちゃに捨てられていた。
燃えるゴミの焼却場とは違って、嫌な匂いは全くしていなかった。
匂いはなかったが、身のすくむような不快な大きな音がしていた。別の人の粗大ごみ(まじまじとは見なかったが、ガラスの棚のようなものだった)が投げ入れられ、壊れる音だった。

係の人が来場者のゴミを集積所に投入(文字通り、投入)するのだが、高いところから低いところにゴミを落とすので、盛大なやかましい音がする。別の人のガラスの棚のようなものも、一度では処分できなかったようで、パーツに分けられたのだろうか、何回も盛大なやかましい音で処分されていた。

自分のゴミを係の人が集積所に投入してくれるのだが、なんの感慨もなく、集積所に投げ入れてくれる。仕事なので当然なのだが。
私の使わなくなったオレンジ色のよく目立つスーツケースが、虚空に飛ばされて落ちる様子を見てしまった。背景の雑多なゴミの山に、オレンジ色のスーツケースはよく目立った。
なんだかとっても、寂しい気分になった。

黒色のベッドガードも、なんの感慨もなく投げ入れられた。
私がベッドを買ってもらった小学生のころから使っていて、結婚してしばらくまで使っていたが、部屋のレイアウトの変えた時に使えなくなってしまって、今日まで放置されていた。使わないのなら捨てようと思って、捨てることにした。確かにゴミなのだけど、モノが役目を果たせなくなって、最後にはこんなふうに処分されるということは考えたこともなかった。

手に入れることは簡単、捨てることも勿論簡単なのだけど、ゴミの集積所でめちゃめちゃに壊されて、原型を止めないような処分されたモノたちを見て、少し寂しいような、言いようもなく怖いような、愚かさを突きつけられたような気持ちになった。何でもかんでもすぐ買っちゃえー、そして要らないなら捨てちゃえ―、という自分のアホさも反省しなければと思った。これからは手に入れるものはもっと考えないといけないな、ということを本当に突きつけられた光景だった。

ちなみに土のうはどこか別のところがあるらしく、ゴミの集積所で薄ら寒さを感じている間に係の人が何処か別のところに持っていってしまっていた。

クリーンセンターに行って、ゴミの集積所を見て、少しだけ考え方がマシになった気がしている。引っ越しに際して、ごみはこれからも出すけれど、
なにか購入する時は本当に必要なものかどうかをよく考えるべきだなということをすごくひしひしと感じた時間だった。

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