習志野ブルース(8)

来た。この質問が。幸子は思った。
自分自身に何度も問いかけた。
その度に、目を背けてきた。
しかし、ここまでの純粋な想いを前にしてどうして嘘がつけるだろう。

「私、幸せ恐怖症なんだよね。」

幸子という名前に呪われているのだろうか。

「そうかあ~辛いねえ。思い当たる原因はあるの?」

「クリスマスの夜に両親が大喧嘩して、父親が出て行って、母親が発狂してたことかなははは」

「そうかあ~。」

「だから今でも、クリスマスが大嫌い。」

「そうかあ~。逃げ出したくなるくらい、久といるのが幸せだったんだね、さっちゃんは。」

「久には申し訳ないことをしたと思ってる。訳が分からなかったと思うよ。」

「辛いって文字に一本書き足したら、幸せになるよ。久がさっちゃんにフラれてくれたから、私と出会って誠一郎も生まれたわけだし…。何がどうなるかなんて人生分からないね。」

「最後まで分からないよ。いずみさんの気持ちは一旦受け取ったから。でも、やっぱり諦めないでがんばろう。」

「分かった。ありがとう。」

それから私といずみさんは、長年の親友のように話をするようになった。
と言っても、メールの文面だけだけれど。
いずみさん呼びがいつしかいずみちゃんになった。

「こんなこと聞くのも野暮だけどさ…、いずみちゃんは嫉妬とかしないの?」
「そんな気持ちはとっくになくなったよ。だってもうすぐ何もかも手放して死ぬんだもん。心残りは誠一郎のことだけ。くれぐれもよろしくお願いしますw」
「また、そんなこと言って。こうしてる間にも医療は進歩してるんだからね。」
「は~い。妻と元カノが繋がってるなんて久が知ったら、どんな顔するかな。面白いから黙っておこう。」
「あいつ鈍感だから気付かないよw」
「これは二人だけの秘密ね。」

私は何度も夢見た。
元気になったいずみちゃんと、久をびっくりさせるのを。
あわよくば、みんなでピクニックなんて行ったりして…。

神様、どうして私じゃなかったの?

あれ以来、いずみちゃんからメールが来なくなった。

3月の桜が満開の朝に、いずみちゃんは亡くなった。

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