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売り上げを見ないCMでは?/経営と自分

最近テレビCMを見ることが趣味なんですよ。「このCMはこんな売り方で本当にいいのか?」とか「これなら買う人結構いそうだな」とか色々考えながら見る。支出に厳しいケチな自分は大体、こんなCMじゃ人は動かないだろうって勝手に結論づけてしまう。そんなある日、面白いテレビCMを見つけた。AmazonのCMで置き配を推奨するもの。おおっ!今までと違う!ってすぐに思ってちょいと考えていた。

CMって根本的に利益を出すために各社が短い時間に情報やインパクトを集約させてテレビとかネットに出すもの。その大部分が売り上げを伸ばす(売る個数を増やす)ために流している。そして最近はB2Bの印象アップのためのものも多いと去年経営の授業で学んだ。

Amazonはこのどちらでもない自分が初めて見るタイプのCMだったからこれ面白い。何が違うかったかというと「置き配をしてください」というメッセージによってAmazonが顧客に求めるものはいっぱい買って売り上げUPに貢献してくださいということではなく、少しの工夫で再配達を防いでいつもかかっていた無駄なコストを下げてくださいということ。これが面白い。

今までのCMと同様に最終的には利益を追求するためのものであることには関わらない。でもCMで普段着目しやすい売り上げを見るのではなくて無駄なコストを削ろうとした発想が革新的かなと。少し考えれば、置き配にすることで困る人はいないはず。物流問題が懸念されている中で無駄な再配達をする配達員の作業が減り、受け取る側も再配達の指示をしなくていい。みんなが得をしてハッピーになるタイプのCMである。これがどれくらいのコストカットに関わるかは未知数だしこちらが数字を把握することはできない。それでもCMを今までと違う手段で使ったAmazonを少し好きになった。

こんな訳で、CMを見て購買意欲が高まったことがほとんどない自分だが、今回はCMによって行動を変えられたわけである。


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ここからは少し離れて経営と自分という話を。自分は昔からお金が好きでそれに関する勉強をしたいと思って大学は経済と経営を学べる大学へ。お金持ちになりたいとは思っていないけど。そこでは運良く1番大学でタメになるであろう、しかしとても厳しい経営を学べる大人気のゼミに入ることができた。最初に言っておくが、そのゼミを選んだことは後悔してないしとても経験になった。そのゼミではとある大企業の偉い人に向けてチームでビジネスモデルを提案するという大きなグループワークがあった。

自分はそのグループワークがキツすぎて、価値だったりビジネスモデル、経営のことを考えることだけでなく見ることも触れることも嫌になり、心が折れて心身ともに体調を崩してグループワークを離脱した。本当にしんどいグループワークをやらなくても単位がもらえると言われたから妥協したとも言える。同じチームの人には申し訳なかったし、ゼミのみんなは本気で頑張っている中で1人輪に入れてず、一体感を壊してしまった感覚もあった。

結局みんながその企業に向けてどんな発表をしたのかはわからない。人気のゼミだったし自分が誰かの1枠をとったのに最後まで完走できない申し訳なさもあった。経営なんて向いてないだろうし、もう関わりたくない。終身雇用で働こうと思っていた。

そうして距離を置いていた経営だけど、大学の終盤にはやっぱりお金の流れやビジネスは面白いと思うようになり、自分で経営の本をまた読むようになった。最近は経営やビジネスモデルは嫌いではなくなり、学びたい欲も出てきた。そして卒業から1年が経ちそうであるが、なんと今度は経営に向けて準備するようになってきた。想像もできない。大学で学んだことを活かすときが近づいている。

結局はゼミで学んだことを発展させるのが1番いいだろう。ゼミで挫折し、最後まで走りきれなかった自分がもう一度立ち上がり、つまずいた経営と対峙することになる。貴重な場を与えてもらったのに全うできずに辞めてしまったからゼミの先生に連絡を取る勇気なんて今はない。

それでも数年後、ある程度生活ができるくらいの規模になって多くの人に喜んでもらえるようなビジネスになれば一度勇気を振り絞って「お世話になりました。先生から学べたことで活躍できています。」とメッセージを送りたい。相手にしてもらえなくとも。

有料の記事を更新する予定はねえ