波立裕矢"THE ANTHEM FROM SUSHI LAND"評

 2024年3月17日放送、音楽学者・白石美雪が現代音楽を紹介するNHK FMの番組『現代の音楽』波立裕矢回、"THE ANTHEM FROM SUSHI LAND"を聴く。板倉康明指揮、東京フィルハーモニー交響楽団。

 断続的に演奏する神経質な音色の打楽器の上で、弦楽器、ピアノ、管楽器それぞれが持ち寄った素材が、マーラーやワーグナーの作品からの引用を織り込みつつ少しずつ膨らんでいく。
 複雑に重なる引用も、原曲からそれぞれ僅かにずらされて繋がっていく。背景を作る呟くようなアンサンブルもいつの間にか膨らんで引用も巻き込み歌になっていく。誰でもうろ覚えのフレーズが脳裡に去来するときだって生活音を聞いてはいる。音楽で書かれる意識の流れの描写。
 作風紹介として抜粋が放送された"Every dog has his day, and his... #numb"の方が顕著かもしれないが、認識的歪みを伴った引用が紡がれることが(作曲者のではなく)何らかの主体の意識を素描するように聴こえる印象を受けた。そこで取り上げられている主体あるいは聴衆の魂に対する態度が極めて清澄である。
 犬だってどこかでワルツやぶよぶよした前奏曲を聴いたかもしれない、それを思い出したり思い出し損なったりしているのが、地道に背景をつくっているピアノと弦の絡み合い/重なりの上で展開される。というとまるである個体の意識をスケッチしているかのようだがそうではなくて、これは意識一般のスケッチとその音楽的展開である。「子犬の」ワルツや「犬のための」ぶよぶよした前奏曲が引用されるのは、あくまでも表層的に「犬と関連づけられているから」に過ぎない。それが白石先生との対談の中で波立氏の言う「キッチュであることは悪なのか」という問いに対する一つの応答になっている。
 "THE ANTHEM FROM SUSHI LAND"でもそれ自体「進軍の歌」である「ヴァルキューレの騎行」を幾分露悪的に変形して引用してみせることで、「戦争」について語ることを試みている。戦争に関わる語彙を引用でしか持ち得ない世代の戦争の語り方。それが無責任というわけではない。実体験を伴ったものにならずにい続けてほしいのだ。

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