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言い訳

「わかった、今夜はアタシ一人で過ごせば良いのね!」

鼻息荒く言い放つと彼女は電話を切った。昔なら受話器を叩きつけるところであろうが現代ではそうはいかない。スマートフォンは命と同義語だ。有難いことである。

未だ特別親密とは言えない、十三夜のような関係を進めるためであろう彼女の提案だったが、おいそれと受け入れるわけには行かない。綿々と続く旧家(キュウケ)の我が家には、我が家のしきたりがあるのだ。

「ご苦労だったね」

二人の使用人に声をかけ、純金製の馬鹿でかい電話の受話器を元に戻してもらう。コイツの受話器ときたら20kgを超えるのだ。

部屋の隅から執事の坂崎が遠慮がちに声をかけてきた。

「旦那様。あのお方とクリスマスをお過ごしにならないのでしょうか。」

「坂崎、君も承知のはずじゃないか。女性からのアプローチに応えるわけにはいかないのだよ」

「はい、僭越を申し上げました。お許しを」

僕にはあまり欲がなく、付き合うお嬢さんが佐々木希に似ていないからと言って不満は感じない。石原さとみででも、なんなら新垣結衣だって構わない。以前は綾瀬はるか似のお嬢さんとお付き合いしていたが、特別不満なんて感じなかった。

ただ、ついさっき電話を切ったばかりの壇蜜似の女性にはずいぶん心を傾けている。

「ふぅ」ソファに身を埋める。

なんだかモヤモヤとした心持ちだ。苛立ちでもない、無論怒りでもない。じわり染み出す寂寥感が心の奥から何かを僕に語りかけている。

立ち上がり、傾斜を利用したイタリア・ルネッサンス式の庭園に面したガラス製のドアを開けると、冬の冷気と一緒に噴水の水音が忍び寄る。

「坂崎、車の支度を頼む」

「3台をチョイスして、暖気をしておくように申し付けてあります」

「アベンタドールを回しておいてくれたまえ」

「特注されたダークレッドでよろしいですね」微笑む坂崎。

先代の当主から仕える彼は、僕の心をよく読む男である。

「お着替えの支度は出来ております」

「ありがとう」

エントランスでランボルギーニに乗り込み、なだらかな坂を降る。

専用のインターチェンジから高速に合流する。差し回された交通機動隊が車線規制を敷いている傍を、一気に加速しながら150マイルで君の家へ向かう。

「さて、どう説明しようか」

壇蜜似の彼女の顔を思い浮かべながら会話のパターンを考えてみる。

だが良いアイデアが浮かばない。軽く肩をすくめてドライビングに専念する。

二つの県を過ぎ、君のマンションに辿り着いた。

エントランスの管理人に合図をする。飛び出してきた彼はカードのマスターキーを持ち、僕の前を行く。このマンションも僕の所有なのだ。

坂崎が手を回していたものだろう、花屋が列をなして付いてくる。

最上階のペントハウス専用エレベーターで、君の部屋までやってきた。

ピンポーン♪  

カチリ

眉をひそめた壇蜜似が出てきた。

「すまない、君に謝らなくてはいけないと思って、来てしまったよ」

困惑の壇蜜似

「君は古事記を知っているだろう?イザナギとイザナミの話を覚えているかい?」

頷く壇蜜似

「つまりね、女性から誘っちゃまずいんだよ」

「なに馬鹿なこと言ってるの!」

眉をキリリと引き上げた壇蜜はバタンとドアを閉めた。

オークの重厚なドアを間抜けに眺めつつ、ため息が出た。

しきたりを理解してもらうのは実に大変だ。

所在無げな花屋を置き去りにして、僕は帰路に着いたのだった。


おわり









新しいことは何も書けません。胸に去来するものを書き留めてみます。