見出し画像

猫がオンナに変わる時

左拳の痛みが俺より先に目覚めた。続いて記憶がランダムにフラッシュバックする。 この後遺症がなけりゃ俺の能力もまんざらではないのだが、ウダウダ言ってもしょうがない。うめきながら起き上がり目を開ける。

そして呆気に取られた。

全裸の女がありえない「のの字」になってベッドに転がってる。

ベッドから飛び出し意識を覚醒させる。出し抜けに能力の呪縛が解けた。   気持ちよさそうに寝ているのはいつの間にか居着いた猫だった。

くそ、冗談じゃねぇ。にしても、なぜ猫が人間の女に見えたんだ?

トラブルを抱えた人間の尻拭いが俺の食い扶持になる。俺の尻を拭いて飯を食ってる奴も居るから、世の中はお互い様って事だ。

煎餅みたいにカチカチのピザを齧りながら、ヘタったソファーに腰掛ける。猫は頭をもたげ、緑の虹彩で俺を見ている。

左拳は熱を持ち疼いてやがる。気の抜けたビールでピザを飲み下し、俺は昨日の出来事を思い出す。

「頼む、奴らとの縁を切ってやりたいんだ」

「いくら出す」

黙って指を一本立てた奴の顔をじっくり眺め回す。

「100万だ、なんとかしてくれないか」

俺は無言で指を2本たててやった。

「くそ!弱みにつけ込みやがって!」

「オンナに稼がせりゃ当座の暮らしはどうにでもなるだろう。過去を精算したいなら全部吐き出せよ」


惚れた風俗嬢を連れて逃げ出すなんて、馬鹿な奴だ。厄介事を背負い込むのは当たり前だろう。


電源の入ってないネオンは、薄汚れた模様を描いてる。俺は裏手の事務所に向かいながら、トリガーになるスマホを取り出す。

ダウンロード済みのアクション映画をチラリと見る。今まで何度も世話になった映画だ。派手に暴れる主人公の動きが俺の脳内にトレースされると、あの感覚がやってくる。

二重ロックのドアをこじ開け、ドアノブを引っこ抜き、事務所に入る。

「おい、開店前だ。このすけべやろ…..」

横っ面を引っ叩かれた若造が吹っ飛ぶ。奥から金庫番が飛び出してくる。

こいつはデカイ。おまけに金属バット装備。鬼に金棒ってやつだ。本能的な恐怖が浮かび上がってくるがねじ伏せる。なにせ自己暗示だからな。自分を疑ったらジ・エンドだ。再度イメージを浮かべる。比類なきスピード、こいつが俺の武器になる。


出前の器を回収しにきた中華屋の兄ちゃんが、心配そうに俺を覗き込んでいた。

「オニサン、タイジョプカ?」

気にするな。目一杯の努力で片手を持ち上げひらひら振る。路地裏のゴミ箱に寄りかかりながら俺は意識の回復を待った。


腹を抑えてうずくまる金庫番の目の前に100万入りの封筒を放り投げる。

「好きに使え。ポケットに入れようと、上納しようとそっちの自由だ。但しユミとタケシの事は今ここで全て忘れろ」

7分で一仕事終え、事務所から離れた路地で俺は気を失っていた。よりによって異臭漂うゴミ箱に寄りかかってだ。情けない。手元に残った100万を思い出し気を取り直す。

24時間営業の呑み屋でハイボールをグイグイ飲みむ。もう一度正体をなくし、薄暗い街を通り抜けねぐらにかえってきたはずだ。そいつは間違いない。

咥えていたハイライトが口から落ちた。

そうか、思い出した。ねぐらに戻った俺は盛大に酔っ払って「キャッツ」を観たんだ。

擬人化された猫たちをトレースした俺の脳は、猫を裸の女として認識したのか。

下らない勘違いもする俺の能力だが、付き合っていくしかない。

なんせ俺の飯の種だからな。



おわり








新しいことは何も書けません。胸に去来するものを書き留めてみます。