金が無い (題名指定 蒲生竜也氏)
世の中にこんな不条理は無い。俺に金がないことが不条理そのものだ。
だが、目の前にいる裸のオンナには俺の背負った不条理など関係ない。
「ね、わかってくれるでしょう?今は少し距離を置いた方があなたの為だと思うの」
金が無い男に用はないと言ってるわけだ。その程度の付き合いだったと思うしかない。無論異存はない。
女の部屋の鍵を隠し持ち、俺はさっさと退散する。身繕いしながら恨めしそうな目で俺を見上げる女を置き去りに、ホテルの部屋を出た。
故買屋の徳さんが渋い顔をしてる。
「こりゃ型落ちばかりだな。手入れもしてないのぅ」
草臥れたバンの中で、オンナにくれてやったブランドのバッグやら時計やらを丹念に調べながら、益々渋面を作る。営業用のしかめ面を持ってるなんざ、故買屋も中々珍しい商売だ。
俺は黙って指を2本立てる。
「そいつは無理だよ、全部持って帰ってくれ」徳さんの舌舐めずりの音が聞こえる様だ。
俺は目を細め剣呑な顔を作り、たっぷり3秒待ってから中指だけを少し折る。俺の営業用の顔だ。
「しゃぁねぇか、アンタとは長い付き合いだ」黒いセカンドバッグから札束を2つ取り出し、指をびちょびちょ舐めながら数える。180万を受け取り内ポケットに突っ込む。
「毎度あり」
徳さんの声を背中に受けて俺は薄暗い街に飛び出してゆく。2丁目の裏路地へ向かい、中国人の薬屋を探す。居た。暫く張り込んでいると目当ての奴がやってきた。
「な、なんだ。アンタか。脅かすんじゃねーよ」
ポリ崩れの探偵、名前も知らない。ただ単にタンテーだ。素早く要件を伝え、20万を渡す。
「へっ、物好きだな、アンタ。あぁ、わかってる、2日くれ。」
ジャンキー独特の体臭を発散させてタンテーが頷く。
スマホが喚き立てている。着信はあのオンナだ。今頃気づくとはとんだ間抜けだ。構わず着信拒否し、そのまま覚えていた番号へ発信する。スマホに電話番号を記憶させほど俺は間抜けじゃない。
13回目のコールで相手が出た。用件を伝える。
「確かにアンタにゃ少々借りがあったな。当たってみよう」
そのまま普段は行かないコリアタウンへ行く。気の良い亭主がやってる焼肉屋で肉を肴にビールをちびちびやりながら時間を潰す。カミさんの腹がまた膨れてる。
「4人目だよ、もういらないって言ってるのに、ウチのが産めってうるさいんだよ」
良い人生じゃないか、苦労に見合った良い人生だ。俺は独りごちた。
ねぐらで目覚めた俺は、インスタントコーヒーを飲みながら、ヘレンメリルを聴いていた。クリフォードブラウンのペットがロングトーンで鳴き始めた時に、着信があった。
「インドネシアの助平が5人目の女房を探してる。あぁ、あの玉ならいいだろう。但し身元はきれいに洗濯してもらわんとこっちの顔が潰れる。」
情けないくらいに金が出て行く。回収を急がないと俺が干上がる。
窓の外を眺めるとスズメがやってきた。パン屑をベランダに投げてやると仲間がやってきた。でかいパン屑を争いながら突き合う。おこぼれを頂戴してる痩せたスズメに自分を重ねてしまう。くそ、ふざけんな。
タンテーからも連絡があった。
「居たよ。新潟の田舎町で爺さん婆さんと暮らしてる。あぁ、女の子だ。保育園に通ってる」
オンナの身元を上手いこと洗ってしまえばそこそこの玉の輿に乗れるだろう。100万ほどは掛かるだろうが仕方がない。金で大抵の事はかたがつく。
いつもこんな間抜けなことをやってるわけじゃないが、コレも巡り合わせだ。オンナの事よりも爺婆と暮らしてる子供が気にかかっただけだ。
インドネシアの助平からの謝礼金はあちらこちらで食い荒らされるだろうが、そこそこの金を娘に残してやれるだろう。
で、俺は相変わらず金が無い間抜けだ。
おわり
新しいことは何も書けません。胸に去来するものを書き留めてみます。