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悪夢ふたたび

若宮大路を鶴岡八幡宮方向へ歩く。俺の左手を握り締める小さな手が少し汗ばんでいた。

お前に抱かれた幼子は瞳を見開き、始めての景色を見ている。

俺の少し前をゆく、お前の首筋のか細さが、妙に白くて儚げで、俺は軽い疼きを覚えた。

3年前、真夜中の由比ヶ浜でプロポーズしたんだったな。あの時、お前は何も言わず、ただ涙を流した。

何かを指差し、手を離した娘がお前に駆け寄りスカートを掴み、俺を振り返ると笑った。お前も振り返り俺を呼ぶ。お前だけに許された俺の呼び名だ。

新緑の山から吹いてきた心地よい風が、足元にコンビニの袋を運んでくる。

そいつは足元でクルクル回る。立ち止まり、そいつを蹴っ飛ばすと情けない音をさせて走り去る。俺はほんの数秒目で追った。

ほんの数秒なのにな。

つんざく様なブレーキの音が聞こえた。


何度も繰り返す悪夢に俺の体は冷たくなっている。くそっまたあの夢か。

朦朧としたまま、攪拌された意識の収束を待つ。

あの風が吹かなければ、コンビニ袋が飛んでこなければ、そいつを蹴っ飛ばさなければ。

無意識に咥えたセブンスターを燻らすが味もわからない。失ったモノを数え上げる趣味はないが、残されたものはあまりに少ないんじゃないか?いや、そもそも俺に何が残ってるんだ。

俺は夕暮れの街を彷徨う。顔見知りのいない街の硬質なざわめきに包まれて、俺は彷徨う。

人の群れの中にお前たちの姿を探していることに気づき、情けない笑いが浮かぶ。ここで笑わなけりゃ、俺は崩れ落ちてしまうのだろうな。

ポッカリと空いた心の闇を見つめながら、俺は生きている。だが本当に生きていると言えるんだろうか?答えは見つからない。


俺はまた若宮大路のあの場所に来ている。

横断歩道の向こうに立つお前と、少し大きくなった子供たちが俺の方を見て手を合わせている。

俺の悪夢はまだまだ終わらない。


おわり






新しいことは何も書けません。胸に去来するものを書き留めてみます。