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共感フェロモン

「ねぇあなた、すごいフェロモンが発見されたんですってよ」

いつもフェイクニュースに振り回されてる女房がスマホから目を離さずに教えてくれた。

「そりゃどんなフェロモンなんだい」

「アナタみたいな女心がわからないスットコドッコイに必要なものかもね」

ひどい言われようである。

仕方が無いので自分でニュースを調べてみると、薔薇の棘に含まれる成分が、他人に共感する感情を高めるらしい。こんなもの役に立つんだろうか。

数ヶ月後、妻が新しい柔軟剤が当たったと喜んでいた。なんでもモニターに応募したらしい。共感フェロモン配合という新製品だそうだ。早速洗濯機をガッシャラガッシャラ回している。

いきなり顔にスプレーを吹きかけられた。一緒に送ってきた化粧水のスプレーを私で実験したらしい。探るように俺を見つめている妻が突然愛おしくなってきた。

「うををを、俺はいい夫じゃなかったな、すまん!掃除も洗濯ももっと手伝うからな」

懺悔の涙を流しながら俺は思わずそう口走っていた。こりゃ凄いな。

「その言葉、忘れないでよ」

にんまりとした妻は大事そうに化粧水のスプレーをポケットにしまい込んだ。


翌日の通勤電車から異変があった。柔軟剤に配合された共感フェロモンは下着やワイシャツなどに付着し、カプセル技術というもので軽く叩くと漂い出すらしい。混雑する車内でもみくちゃにされていると周りの乗客達が必死に隙間を作ろうとしてくれている。

「おぉーぃ、この人のために席を開けてください、お願いします」

「是非ここに!」

「いいえ、こちらにどうぞ!」

明らかに俺より年上のご婦人まで立ちあがろうとする。俺は恐縮しながらもつい開けてもらった席に座ってしまった。

「よかったよかった。本当になぁ」

中には涙ぐんでる男までいた。

会社に着くと俺は身体中をパンパン叩いた。課長としては課のみんなに共感してもらえれば仕事がやりやすい。暫くするといつも嫌味を言う部長が弾けるように跳び上がり俺の席にやってきた。

「ふ、深川君!今まで君を誤解していた。君は我が社の誇りだ、社員の鏡だ!」

強烈な速度で俺の手を握りブンブン握手してくる。シメシメ、先週のミスも上手いこと誤魔化せそうだ。

「そうだ!これから経営会議がある。君是非出席してくれ、頼む」

いきなりの話でたまげたが、まあなんとかなるだろう。お偉いさんの話に頷いていればやり過ごせる筈だ。

筈だった。しかし会議室に入り、重役連中の顔ぶれを見ると、俺は萎縮してきた。そりゃそうだ、一介の課長風情が経営会議だぞ。居た堪れなくなって当然だ。

すると皆んなが身悶えしながら泣き出した。社長が俺を指差しながら涙声で訴え出した。

「済まない、深川君!確かに課長の君が突然経営会議に出てくる羽目になれば戸惑うのも当然だ。私は今ここで緊急動議出させてもらう。社長交代、深川君が社長だ」

「意義なし!」

あっという間に社長なってしまった。

馬鹿でかい社長室では壇蜜に似た美人で名高い秘書が、俺に擦り寄って来た。

「社長、心のまま、なんでもしてくださっていいのよ。ううん、なんでもしてあげたいわ」

口ではちょっと言い表せないような、過激な壇蜜との濃密な時間をもってしまったが、急に腹が立って来た。あのハゲ社長め、こんないい目をみてたのか!

社長専用車に送られて帰宅する。今日は先制攻撃だ。家に入る前から服をバンバン叩いてドアを開ける。

「おーい、今帰ったぞ、社長様のお帰りだ」

みるみるうちに妻が般若の形相になる。あれ?おかしいな。

「アナタ、その口紅はなんなの!ちょっとこっちにいらっしゃい」

しまった、散々叩きまくったので共感フェロモンが切れてしまったようだ。

妻がエプロンから取り出したスプレーを片手に問い詰めて来た。

「さあ、全てを話してもらうわよ」


おわり




新しいことは何も書けません。胸に去来するものを書き留めてみます。