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エレジー

俺は流しだ。流しの作家だ。紙媒体が衰退し本が売れなくなったおかげで、書店も潰れ、作家はみんな途方に暮れた。ネット配信も過当競争に晒され、一部のカリスマしか食っていけない。そしてついに、飲み屋に門付けする輩が現れた。俺もその1人だ。

流石に昔飲み歩いたバーやクラブには顔を出しにくい。文士崩れが呑んでる店も厄介だが背に腹は変えられない。上から目線の批評を聞いていれば優越感で金を払う。草臥れたジャンバーの襟をたて、風呂敷に包んだ数冊の本を片手に、カラオケのないうらぶれた小料理屋に飛び込んだ。

「あら、流しの作家さん?健さん達、聞いてあげたら?」

きっと苦労をした女将さんなのだろう、人の情けが身に染みる。

「こんばんは〜、一節ご機嫌伺いでございます」

「おぅ、流しか。ちょっと読んでみろ」

「へえ、ではあたしの最新作、『毎度エスケープ』を読ませて頂きます」

上がり框でだいぶ出来上がってる二人組に向かい、俺はおもむろに語り始めた。あらすじと本文を織り混ぜ、適当に端折りながら読み進む。慣れないと大変な作業である。

「アリス!覚悟!」「 その手は喰いませんことよ、毎度エスケープ!」

主人公がトンズラを決め、その後の展開は⁈と言うところで俺は顔を上げた。

「えー続きはどう致しましょうか?」

「おいおい、気を引くじゃあねぇか。よし気に入った!一冊もらうぜ。おい、辰、お前ぇも一冊付き合え。」ゴソゴソとポケットから金をつかみ出す。

ほんの数年前まで、高学歴の作家などとは縁がなかったであろう肉体労働者は、今や優越感に浸りながら本を買う。この世の中に文句を言っても腹は膨れないのだ。

すると、カウンターの奥から聞こえよがしに文句を言っている男がこちらを振り向いた。

俺の担当編集者だった深川タケシだ。

「アンタまでそんな、そんなくだらん話を書いてるのか。俺たちはもっと高尚な文学をだなぁ…」

「ほらほら深川さん、飲み過ぎよ。おでんも冷めちゃってるじゃないの」

「へっ、冷めたおでんか。あぁあぁ、ここでもガンモが冷めきってらぁ」

俺は女将さんに頭を下げて、暖簾をくぐって外へ出た。

小便臭い路地を歩きながら、俺はなぜこんな事をしているのかと自問する。

ポケットの数千円を握りしめ、俺は自分自身を振り切るように次の店へと向かった。


おわり



新しいことは何も書けません。胸に去来するものを書き留めてみます。