namida
涙が落ちた。静かに落ちた。重力に逆らうことなどできない。なぜ、君は泣いていたのだ。最後に、そう聞けば良かった。
吉祥寺の駅で、君と別れた。君が泣いていたと思っていた。しかし、僕も泣いていた。涙は、滴ばかりではない。心もまた泣くのだ。そう思った。
井の頭公園をうろついた。無気力の世界をさまよって、気付けば一時間ほど経っていた。ほとんど記憶がない。ただ、肉体の意思に任せて彷徨した。何度か、自転車に乗った女性とすれ違った。僕はまるで歩くマッチ棒のように見えただろう。懊悩によってすり減って、絶望によって圧縮されてしまった。
電車に乗ったのは日も落ちてからだった。近所の、スーパーで惣菜を買って帰った。食欲は無かったが、何かを食べないわけにはいかない。肉体の惰性が僕を生かしているのだ。
マンションの入り口に君がいた。
目を腫らして、こちらを見る。お互いしばらく言葉を持たなかった。彼女はにらむように、しかし、それでいて微笑んでいるように、矛盾する表情を浮かべていた。いや、そう見えただけかもしれない。微笑んでいる彼女を僕の無意識が見つけようとしていただけなのかもしれない。
――長い散歩ね。
君はそうつぶやいた。涙が落ちるように、言葉がこの世界に向かって落ちていった。僕はその言葉を聞き逃さなかった。暗がりの中、薄ぼんやりとした光が彼女を照らしていた。
微笑んでいた。確かに。今度は間違いではない。君は微笑んでいる。
「足が、痛くなった。少し休まないと」
僕らは家に帰った。
しばらく何も言わなかった。無言で夕飯を食べて、そのまま静かに眠ってしまった。
朝起きると、君がご飯を作っていた。
――買ったものじゃ、味気ないでしょう?
彼女はそう言った。彼女の表情は僕の位置からでは見えなかったが、背中から笑っているのがわかった。
ああ、そうだね。
僕はそう言った。静かな朝が始まった。
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