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偶像崇拝

登場人物

上笹 雄人(かみざさ ゆうと・45歳・男性・古着屋店主)
硲 杏子(はざま きょうこ・36歳・女性・スタイリスト)

本編

SE ドアベルの音

雄人 お、いらっしゃい。
杏子 どうもです。

SE 椅子から立ち上がる音

雄人 今日は?何かお探しで?
杏子 あ~……。そうですねぇ、スウェット、ブルゾン、チノパンあたり?まぁシャツも考えてるし……。ジジくさいような、ボーイッシュなような、そんな感じが成立する品々を。
雄人 何……。それ。
杏子 アイドルちゃんの事務所からのオーダーなんですよ。
雄人 アイドルちゃん?
杏子 宮脇桃って。
雄人 知ってる。今朝、テレビで見た。
杏子 その桃ちゃんの、写真集のスタイリング頼まれたんです。

SE キーボードを叩く音

雄人 東京出身のハタチ、小顔で大きな目はチャームポイント。柔らかく可愛いアイメイクは、女子中高生の間でトレンドに……。

SE クリック音

雄人 ザ・アイドルって子だね。
杏子 桃ちゃん、スカートが絶対なんですって。
雄人 スカート絶対?
杏子 衣装でも私服でも、イメージを守り通すためにスカートしか穿かない。
雄人 確かにねぇ、ミニでもロングでもスカート。全身の色味は……。
杏子 ピンクっぽいか、モノトーン。
雄人 モノトーン系の時は、いつものイメージを覆しています。ってことかな。
杏子 アイドルって、そういうもんですよねぇ……。

SE 溜め息

杏子 写真集では、事務所的には桃ちゃんに思いっきりズボンを穿かせたいそうで。
雄人 それで、いきなり古着?
杏子 マネージャーさんの一人が、古着好きなんですって。だから、古着でいきたいし、スタイリストは古着が得意な人をと。
雄人 じゃあ、まぁ、最近なら硲ちゃんだな。古着特集系は御用達の人になったもんねぇ。
杏子 それもこれも、ここでバイトして雄人さんに鍛えられたからですけど。
雄人 まぁね。
杏子 ていうか。
雄人 うん。
杏子 何いつの間に、ここのオーナー引き継いでるんですか?

SE PCを閉じる音

雄人 そんなのねぇ、あなた、あれから二十年近く経ってるんだから。

SE 足音 

雄人 ていうかね、当時は君もアイドルが本業だったでしょうが?

SE 足音が止まる

杏子 触れましたね。私の黒歴史に。
雄人 何が黒歴史よ。
杏子 そんなの、自分の好きを表現できず、ファンが思う「杏子ちゃん」を保ち続けなければならない、そんなストレス三昧の日々。
雄人 ……。その反動で、ここでバイトしてる。ってね。

SE 携帯の着信音

雄人 けどさ、そもそもアイドルになったのは、古着屋にいるところをスカウトされて?
杏子 そうですよ。中三の時。私の古着好きは、筋金入ってます。

SE ハンガーが当たる音

雄人 でも、アイドルになったから古着禁止。
杏子 そうですよ。桃ちゃんみたいにスカート履いて、儚げで可愛くて、靴も可愛くね。

SE 服を羽織る音

杏子 この古着の、年季とホコリと柔軟剤の混ざった懐かしい香りは強制排除。
雄人 うちの面接を受けるのも、事務所に秘密。
杏子 バレたら止められるから、受かってからの事後報告。
雄人 よく、バイトは許してもらえたもんだ。
杏子 ストレス溜め込まれて爆発されるよりは、事務所的にマシだったんでしょうね。

SE 服を脱ぐ音

杏子 このブルゾン、桃ちゃんにお借りします。
雄人 はいよ。

SE アイドルポップが流れる

杏子 桃ちゃんのグループの。
雄人 そう。ザ・アイドルポップ
杏子 こんなの聞いたら、ガーリー系のお店に行きたくなるんですけど……。
雄人 じゃあ、こっちか

SE ロックっぽいBGM

杏子 そう、こういう感じですよ。

SE 服を広げる音

雄人 硲ちゃん、どうしてアイドル辞めたんだっけ?
杏子 え?そんなの「私服で」って言われたファンイベントに、大好きな古着全開で行ったから。
雄人 え、そうなの?
杏子 そうですよ。青のダボッとしたスウェット、太めのチノパンにワークブーツにリュックで行ったら、事務所の人に「そうじゃないでしょ」って怒られて。
雄人 ほぉ……。
杏子 予備の可愛い服の準備なんてないし、だからそのまま出たら、ファンの人に落胆されて泣かれて。
雄人 泣くっていうのは、自分にとっての杏子ちゃんじゃないから?
杏子 でしょうね。

SE テーブルに服の束を置く音

杏子 ファンが離れて、事務所も扱いに困りだして、メジャーデビューが決まったら、メンバーから外されてました。
雄人 そう言えば、ある日突然フルでシフトに入り始めたもんね。
杏子 言われたわけじゃないけど、事務所を辞めてアイドルの自分を終わらせて、古着屋の店員に転身しました。
雄人 第二の人生?
杏子 そんなもんかもしれないです。店員から、今の自分まで。

SE ロックっぽいBGM

杏子 いいのかなぁ。桃ちゃんを事務所指定の条件で勝手にスタイリングしても。
雄人 それが、アイドルちゃんなんでしょ?
杏子 けど、桃ちゃんが心の底から可愛いカッコが好きなら、私のすることは強制ですよ?昔の私と服は逆でも、やられることは一緒。
雄人 まぁねぇ。
杏子 服というのは、好きな物着てナンボ。
雄人 古着好きはねぇ、そういうの多いよね。
杏子 古着好きかどうかは関係ないですよ。
雄人 ま、それもそうね。
杏子 あぁ~、桃ちゃんにヒアリングをしたい。
雄人 出来ないの?
杏子 あちらは多忙なんです。とにかくね、話を聞けばより良いスタイリングができるかもしれないのに。

SE 足音

杏子 桃ちゃんが落胆しない。彼女の好きと、世間が求めるイメージが調和するスタイル。それを作りたいんですよ。健全な、健気なアイドルの心を守るために
雄人 アイドルに、未練あるの?
杏子 え?

SE 足音が止まる

雄人 なんか、そう聞こえる。
杏子 そういう訳では。私は、アイドルの自我がもっと認められて欲しいと、常日頃思っているもので……。
雄人 それを、桃ちゃんに託したいと?
杏子 それも、私の勝手ですけど……。
雄人 だろうねぇ。
杏子 ていうか、どうしたら……。
雄人 とりあえず、いいじゃない?勝手に、思うようにで。アリでしょ?スカート用意するのも。
杏子 そんな無責任な……。
雄人 あのね、選ぶのは桃ちゃんよ。彼女にも自我がある。そうなんでしょ?だったら、応えてくれる。きっと。

SE ロックっぽいBGM

杏子 よし。

SE 足音

杏子 私、まだ何件か回ります。けどあの、戻るから。取り置きを。
雄人 はいよ。
杏子 じゃああの、私は行きますから。
雄人 うん。

SE ドアが開く音

雄人 頑張れ。

                             end.

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