研修90日目
▲近所(17区)
日没の2時間くらい前は日当たりが良い具合で、「世界ふれあい街歩き」のエンディングの趣があります。
25日、提供を終えてデザートに余りが出ると、現場監督風のペストリーシェフは例のごとく私に余りのデザートを回します。甘いもの好きがいない調理場において、私はデザートが廃棄となる前の最後の砦です。
念のため補足すると、基本的に余りは生じません。
なぜなら当日朝の段階で給仕担当が顧客(=省の職員)から注文を受け取り、その通りに準備するからです。余りが生じるのは、食事の段になっての変更(会食の場合、わりかし起こりうる)がある場合や、持ち越せないもの(加工度が高いまたは保存性が低い)に端数が出る場合です。
前者は料理人にはどうしようもないものですが、後者でいかに無駄を少なくするかが料理人に問われる力量のひとつです。
さて、この日の余りは"macaron"(マカロン)です。
そういえば渡仏してから研修先以外でマカロンを食べる機会がありません。
ペストリーシェフにマカロンを買う機会があるのか問うと、決してない、と言い、あんなお店やこんなお店もまるまる仕入れていて、自分たちで作っていないから、と有名なブランドを次々と列挙します。(もちろんマカロンを売りにしている店は自分たちで作っているようですが。)パン屋のクロワッサンも同じで、そんな時間と人手がかかるものは割が合わない、と言います。
レストランが外注するデザートの話が学校の授業でもありましたが、パン屋やパティスリーでも似たようなことが起きているようです。
これだからシェフもパティシエも、弁護士のようには尊敬されない、と彼は嘆きます。
なんか悲しいねと言うと、彼は"c'est la vie"(それが人生)と返します。
出ました。セラヴィ。
フランス人が袋小路で諦念の境地に達した際に放つ表現です。
この言葉で場が丸く収まるきらいがあります。
九鬼周造『いきの構造』では意気地、媚態に加えて諦念がキーワードとなっていました。
著者がフランスでこれを著したのは、セラヴィに通ずる価値観と無関係ではないように感じます。
ともあれ職業に貴賤があるという見方があるとすれば、そのような見方をする人と、その職業に就く人の振舞いとのいずれかに問題があるということなのでしょう。
当事者としては、誠実な振舞いをすることが問題の解消につながるものと信じてそうするしかありません。
■指摘されたこと(8月25日)
・"pommes paille"のこと:フランス語、調理
・サンドイッチの切り方のこと:調理
・"trancheuse"のこと:衛生
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