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映画ターミナルのような話⑤

いざ、帰れないと理解すると、肝が据わるらしい。

動じない。

「だってバッグないんだもん。やれることするしかないし」

くらいの気構えになってしまう。

そしたら急にお腹がすいてきた。
気が付けばもう、夕方だった。

その間、ルーさんは片時も私のそばを離れず、
自分を証明するツールが何もなく一銭もない私の面倒をみてくれた。

スタッフ食堂に連れて行ってくれて、見た事ない不思議な食べ物に興味を注げば、「これは辛いぞ」とか、「柔らかいぞ 」とかをジェスチャーで教えてくれる。

タバコが吸いたくなると、いいタイミングで「吸う?」って一本差し出してくれる。

会話はほとんどなく、微妙に気まずい雰囲気ではあるけど、常にジェスチャーで「心配ない」と励ましてくれた。

そのたびに私は、バカの一つ覚えで「謝謝」って答えた。


かれこれ長い時間、電話で領事館の人に叱られた。


大人になって、ここまで誰かに叱られるとは思ってもいなかった。

さっきまでの、どこか楽しもうとしていた私は急速に萎んで行った。

ルーさんと警察に「無駄に広い」空港内を連れ回され、領事館の偉い人に厳しく叱られ、私の許容量を超えてきた。

心と体が床にのめり込んでいきそうだった。
そんな私をみ兼ねたのか暖かい事務所に連れて行かれる。

その部屋は冬の職員室のようなとても静かで暖かい部屋だった。

座ってると急激に疲れが押し寄せ、もう、なりふり構わず長いすに横になってた。
意識が遠のきそうになる。

(そっか。私、大失恋したんだったな。
でも、もう、そんなことはどうでも良い。)

酷い振られ方をしたわりには、心の痛みは今のほうが痛む。

(今の方が、すごく大変なんだもの。
このまま、帰れなくなった場合、どうしようか ・・・。)

夢うつつで映画「ターミナル」を思い出していた。

主人公のビクターが故郷のクラコウジアを出発した後、軍事クーデターが起きる。
国境は封鎖され、パスポートも無効となり 飛行機の中で国籍を失ったビクターは、アメリカに難民申請することも、故郷に帰ることも出来ない。
ビクターは「国際線乗り継ぎロビーの中」ならどこに居ても良いと告げられる。

このまま 私もビクターのように、空港内で自立する日が来るのだろうか。

彼は前向きで希望を捨てずに生活した。


そして空港内の人々に愛された。

私も前向きにいれば、きっとまた良いことがあるかな。

たった一日が、もう1週間くらい過ごしたかのように疲れ果てていた。


転機は突然やってくる

ウトウトしていると、大きな声で「ぱーちゃー!?」とルーさんが叫んだ。

なかなか開いてくれない目をこじ開けると、ちょうどルーさんが私を起こそうとしたようで、「ぱーちゃ」と何度も言う。

走るジェスチャーをしながら「レッツゴー」と。

え?どこへ? なにが?どうしたの?

言われるまま付いていくと、空港の外へ。

・・え?
いいんですか?

私、空港出ても?

砂糖を丸呑みした血糖値の勢いでテンションがあがる。

夕方の大連は雪が積もっていた。
鈍い色の空が重たい。
道路沿いの白いタイルは溶けた雪でベチャベチャと汚れていた。

ルーさんは吐く息が白いというより試合後のボクサーのように体から湯気がたっている。

私も鼻呼吸が恥ずかしくなるくらい蒸気をだしていた。

・・しっかし、寒いなこんにゃろめ。

見ればルーさんもスーツのまま。
着の身着のままな二人。

かまわずタクシーを捕まえようとするルーさん。
(タクシーがなかなか捕まらず30分以上、凍えて待つ)

その間にルーさんのジェスチャーによれば、
あなたのバッグが大連市内の交番に届けられた模様。

よって、今から確認に行く。

だそうな。

・・・・・・・・まじか!!?
そんなミラクルあるんもんなの?!

‹‹\(´ω` )/››\( ´ω` )/‹‹\(´ω` )/››\( )/
頭の中に喜びの舞が溢れる。

しかし・・なぜ、機内でなくなったバッグが大連市内にあるのよ。

しかも交番って?
持って行ったやつめー!ばかー!あほー!
(その他、ここには書けない罵詈雑言。)

これを私もジェスチャーで。
ルーさんはうんうんと優しく笑い頷く。

やっと捕まえたタクシーに乗ると、小一時間ほど走る。


道中、眺めた町は萎びていて、商店はあれど建物の中は暗い。
空が重たいせいか、全てがグレーの世界に見えた。

心がチクチクとしていて、悲しいのか辛いのか寂しいのか怖いのか

どれかわからなくなっていた。

だけどそれに気づいたらきっと泣き出しそうで

知らないふりを続けた。


現地タクシーのおっちゃんすら知らない地名のすごく小さな派出所。

到着。

・・あるかな、私のかな・・・
違ったらもう・・今度こそ泣くかも。

ドキドキしながら交番のドアを開けると、空港の悪いボスとは全く違って、親戚の面白い叔父さんみたいに ニコニコ顔の警察官達が

「おぉ!よくきたなぁー。おめでとぉーー!!」

とびきり明るい雰囲気で出迎えられる。

「おまえかぁ、パスポートなくしたアホは!」とは誰も言ってなかったと思おう。

拍子抜けしていると、若い女性がいて
「はじめまシテ、marrypossaさんかー?」と日本語で話しかけられる。

「marrypossaさんかー?」とカタコトで尋ねられてちょっと拍子抜け。

「そうだーわたしがmarrypossaだー」と答えたい衝動を抑える。

大連に着いて今まで、誰とも言葉のキャッチボールができていなかったから、涙が出そうなほど、この女性の声が嬉しい。

しかも若干、日本語がおかしくてかわいくもある。

「はいそうです。見つかったって本当ですか?」

「ハイハイ、そうデす。あなたの物だというコトで通訳によぱれたのだー」

「それはそれは。謝謝です。ありがとうございますぅ」

「ハイ、ど、したしまして。それで、バッグを確認してネ」

「あ、はい、お願いします」

「コレで間違いないかー?」

「間違いない… だー」(欲求に負ける)

「本当かー」

「本当だー」(ひらきなおる)

私のお気に入りのウエスタンな緑のバッグ。
中身はパスポート、財布、チケット、携帯。
全部あるし!!!!

「全部あるよぉ~~~(泣)」

「よかったナ。お金ぜんぷ アルか?」

財布を開けると、。。ん?
3万円はいっていたはずが2万円しか入っていない。

「日本円が1万円たりないみたい」

「本当かー」

「本当だー」

でも、そんなのどうでもよかった。

一万円で全部戻ってきたのならかなり安い出費だ。


誰もが戻ってこないと思っていたし、私は密かにターミナル物語を書く構想まで始めていた。

とにかく、よかった。よかった。

通訳の女性にお願いして、一日中ケアしてくれているルーさんに伝えられていない感謝を代わりに伝えてもらい、その場のみんなに「ありがとう、謝謝」と言うと、私の「謝謝」がみんな嬉しかったようで、わぁ!っと笑い声に包まれた。

そして何故か記念撮影。

警察官が私にバッグを手渡す様子を再現させられ、カメラ目線で微笑むようにと演技指導される。

そんなこんなで、パスポートが戻り、晴れて出国可能の身となる。

ルーさんと帰るタクシーを捜す。

・・・タクシー捕まらず part2。

寒い…寒い…。

顔が痛い。
セーター1枚じゃ凍え死ぬ・・

大連の寒さは西日本育ちの私には耐えがたかった。

肩を抱きながらブルブルしていると、ルーさんがおもむろに自分のスーツの上着を脱ごうとしながら、躊躇いがちに「・・・いる?」と聞く。

躊躇うなよ 笑

でも、なんて紳士。
「大丈夫だよ。ルーさんも凍え死ぬよ!しかもそんな薄い上着じゃ、大抵、変わらないって (笑) 着てて。」
と言うと、ルーさんも、「着ても着なくても同じや!」と半分脱いだ状態の自分に突っ込む。


凄いことに、私とルーさん、ずっとジェスチャーで会話してきたから

この丸一日で、意思の疎通が可能になていた。

しかも、ジョークが言える!(ジェスチャーで)

人間の適応能力の底力を知ったのでした。


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