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1$のホットドッグ

前回書いた、3日間何も食べていないというのは本当で
滞在中、叔母と食事したのは初日のみ。
帰っても叔母は早寝のため食事があることはなかった。
5日目、何かを察していたのだろう。
スモークサーモンのベーグルサンドが置き手紙と一緒に置いてあった。

「厳しいことこそ楽しみなさい」

アッパーイーストの小さな公園で、涙ながらにベーグルを齧った。

人間上手くいかないと、とことん落ちていく。
スーパーへ行っても、会計の仕組みがちょっと異なりそうでビビって何も買えなかった。
それならストリートフードの屋台ならと、オーダーしてみるも
「Huhhhh?!」
声が小さいからか、こんな感じで聞き返されるとすっかり萎縮してしまって、何も出来ずにいた。
世界共通のマクドナルドさえもハードルが高過ぎるように思えた。

呼吸して、歩く、たまに座る。
憧れの地で、僕はそれしかしていなかった。
人間として最小限の消費エネルギーで、生きていた。
突撃リポート4日目は流石に諦めようかと思っていた。

突撃リポート云々の前に、先ず何か食べなきゃいけない。

ミッドタウンの路地をうろうろしてして見つけたのが、ガラガラの喫茶店だった。客は誰もいない。
「Mallow's」
くたびれた看板に、オールドファッションなフォントでそう書いてあった。老夫婦の営む小さなお店で、「アイムベリーハングリー」と掠れた声で伝えた。
見かねたお婆さんが、おやおやとドーナツとアップルパイを。
スクランブルエッグとソーセージ、トーストに、コーヒー、オレンジジュース、続々とテーブルに運んでくれた。

全て平らげた僕は、すっかりとスターに戻っていた。
お会計はたったの5$だった。

それが安過ぎるのはアメリカ初心者にして究極に馬鹿な僕にも即理解できた。
お婆さんは優しく、お爺さんはくわえ煙草で力強く僕の背中を押してくれた。
こうして書くと映画みたいなストーリーだと思う。
ただその最中は夢中に食べ物を食べていて、細かなことは全然覚えていない。

勇み足で向かったEiji Salon。
ふと気付いた。

これは駆け出しのバレエダンサーがニューヨーク・シティ・バレエ団にノーアポで入団を打診しているのと、社会人野球のピッチャーがヤンキースで投げさせろと懇願しているのとレベルが同じだ。
何故もっと早く気付かなかったのだろうか。

無理なものは無理なんだ。

それに気付いてから、少し気持ちが軽くなった。
これで断られたら、また違う方法を考えればいい。
まるで出勤のように定刻で向かったサロン、4日目。
ドアを開けるとそこにはMr Eijiが立っていた。

「君かー、噂のしつこい男の子は!」

見ていくだけなら構わないよ、とレセプショニストに軽い感じで案内を促した。
スラッと背の高いモデルのような女性で、今まで虫ケラを扱うかの如くだったのが一転して優しく案内された。

黙々と仕事に取り組むスタイリスト達。
広い空間の中は静かなる活気で満ちていた。

3時間程、見学させてもらった後にMr Eijiと会話出来る時間があった。
待望のチャンスが遂に訪れた。
社会人野球のピッチャーがヤンキースの監督と話す機会を得た。

「弟子にしてください、カットを教えてください」
こんな単純で簡単な言葉が、唇が震えて上手く発することが出来なかった。
あの感覚は、後にも先にも味わったことはない。
感情を超えた、恐怖にも似た感覚が僕を覆い尽くしていた。

Mr Eijiはキョトンとした顔で僕に言った。
「教えるっていうかね、一緒に学ぶんだよ」

初めての経験だった。

日本の教育に染まった僕には、全くの新感覚だった。

夕方のセントラルパークで、ベンチに座りながらこれからの覚悟を決めるため、安堵感は全て煙草の煙とともに吐き出した。
3日間途方に暮れて時間を潰したベンチは、雪溶け水が木を濡らし、湿った質感がデニムと下着を超えてお尻に伝わる。
前向きな気持ちに反して、実に不快な感覚だった。
疲弊し過ぎて、そういった人間として最低限の感覚すら麻痺していたのだとその時に実感した。

帰り道、1$のホットドッグ屋台に再トライした。
難なくスムーズに買えた。
ネイサンズのホットドッグとは違い、小さいしケチャップマスタードもケチケチしてる。

3口位で食べ終えた僕に
「Hey Guy's one more?」
いやーいらないかな。

英語が少し理解出来るようになってきたのが、滞在5日目だった。

翌日、僕はいよいよオフィシャルでEiji Salonのドアを開く。

叔母の家のテラスからマンハッタンを南向きに撮影。雪がライトと重なり、奥行きのある景色が幻想さを増した。

-- Organic Hair Salon ---------------------------------------------
Marrows(マロウズ)- http://www.marrows.tokyo

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電 話:03-6274-8199
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