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全ては翡翠に

N「本年アラセルバ王朝72年。13歳で即位した王朝初代の国王・ギルデンバッハが85歳で急逝した。体の何処にも病はなく、健康だった筈なのに死の前夜、突然に胸の苦しみを訴え出して翌朝にはそのまま帰らぬ人となってしまった。突然の王の死に王室は悲しみ、また混乱した」


   アビガレーゼとアンダリーザ、遺品を片付けている。

アビガレーゼ「あら?これは何かしら?」

アンダリーザ「本当だわ?何か王様のご直筆みたい」


   ロクサーヌ、書物を見る。

ロクサーヌ「これは!」

アビガレーゼ「何ですの?」

ロクサーヌ「王様がお書きになられた遺言書ですわ!」

アンダリーザ「何ですって!?」

ロクサーヌ「これは明日、王様のご葬儀の際に王室に公開しなくてはなりません」


   別の部屋。イプスハイムとツォリカが泣いている。メディオス、二人を慰める。

メディオス「これ、いい王子と王女がいつまでも泣くでない」

イプスハイム「ですて父上、これが悲しまずにいられますか?涙を流さずにいられますか?王様が…王様がお亡くなりになられたのです、父上は悲しくはないのですか!?王様は父上の実のお父上なのでございましょう!?あの方は、私達にとっても父上のような存在だったのです!私は…私はとても悲しくて仕方がありません!」

メディオス「イプスハイム…」

イプスハイム「王様…いえ、祖父上は私達を実の息子のように可愛がってくださり、悲しい時には涙を拭ってくださいました。時には厳しく接しられる日もありましたがそれでも何より私達を心から愛してくださったのです!」

ツォリカ「そんな方が突然に逝ってしまわれるだなんて…」

メディオス「うむ…」


   回想。王殿。22年前。

ロクサーヌ「王様、如何でございましょう?この賢そうな子、後継に相応しいと思いませんか?」

ギルデンバッハ「誰の子かね?」

ロクサーヌ「エジプトからの移民でペドロ伯の息子・ブブといいます」

ギルデンバッハ「ブブか。ブブ、年はいくつだ?」

ブブ「5つになります」

   ブブ、丁寧にお辞儀


ギルデンバッハ「礼儀正しい良い子だ。しかし私の養子に迎えるにはアラセルバ風の名にせにゃならん。そうだなぁ…ガーボルはどうだ?」

ブブ「ガーボル?」

ギルデンバッハ「そうだ。そなたは本日よりガーボルだ」

ブブ「はい!」

   笑う。

ギルデンバッハ「ガーボル、こっちに来なさい」

ブブ「はい!」

   ブブ、ギルデンバッハの膝に乗る

N「こうしてペドロ伯の長子・ブブが国王ギルデンバッハの養子となりました。そしてブブはエジプト系の名前からアラセルバ風の名前・ガーボルと改名されたのです。それからガーボルは王位後継者として生きることになりました。しかし…」


   2年後。産声。

N「年を召したロクサーヌとギルデンバッハの間にはもう子供が出来ないと思われていた時に、何と王子が誕生しました。世継ぎがいないためガーボルが二人の養子にとられたのに何と皮肉な事!呆気なく後継の座はガーボルから実子・メディオスへと移ってしまいました。しかしながらガーボルを実の息子のように可愛がっていた二人は、ガーボルをそのまま二人の子として、叉メディオスの兄として育てていきました」


   数年後。ブブとメディオス、剣の打ち合いをしている。

ロクサーヌ「二人とも仲睦まじいこと。まるで実の兄弟のようですわ」

ギルデンバッハ「左様…ガーボルには可哀想だったが、実子を王位後継にするという国の決まりなのだ。仕方がない」


   11年後。メディオスとクレオの結婚式。

N「そしてメディオスは18歳になった時、ガーボルの家系であるエジプトのアールフォンという名家からクレオという長女を王子妃に迎えました。アールフォン家はガーボルの実父であるペドロ伯の弟君・アバルの家で、クレオはそのアバルの娘だったのです」

   
   産声。

N「結婚から間もなく、メディオスに王女が誕生しました。メディオスに似てギリシャ系の顔立ちでとても美しい赤ちゃんでした」


ギルデンバッハ「王女か…まぁまだメディオスも若い故これからだ」

   ツォリカを愛でる

ギルデンバッハ「しかし、なんと可愛らしゅう王女じゃ!この子は絶対に美人になるぞ」

ロクサーヌ「しかしこの先、先の王妃様であられるエカテリーナー様同様に王女しかお生まれにならなかったらどうしますの?その場合、再びガーボルを王位後継につけるのですか?」

ギルデンバッハ「そうさなぁ…それか王女を女王として即位させる制度を復刻させるしかあるまい」

ロクサーヌ「しかしそれは、アルプラート王朝最後の王様であられたイリヤが廃止したものではありませぬか!廃止したものを叉復刻なさると?」

ギルデンバッハ「最悪の場合は仕方あるまい。私の父と母が大震災の中亡くなり、5000年近く荒れ果てたままだったアルプラートの都を再建させたイリヤの時代、今考えれば不思議な話でもあるが、王女が王室に生まれるという事がなかったため、王女を王位につけるという制度など必要がなかったから廃止しただけの話だろう。そして恐らくイリヤは5000年前に即位した女王・アナスターシャの時と同じ様な事態になる事を恐れ、金輪際一切王女を女王にしてはならないと作ったとも考えられる」

ロクサーヌ「ではもしそうだとすると、ツォリカを女王にするのは彼女自身を危険に晒すのでは?」


   5年後。

アンダリーザ「王様!王様!メディオス王子様に男の子がお生まれです!」

ギルデンバッハ「それは誠か!?」

アビガレーゼ「はい!たった今、イプスハイム様と名付けられ、国はイプスハイム様を象った金貨を作ったり捧げ物を準備したりと大変賑わっております!」

ギルデンバッハ「ガーボル、国民に世継ぎの誕生を告げよ!」

ブブ「は!」

ギルデンバッハ「そして…そなたももう30近い。よってそなたのこれまでの功績を称え、従一位の爵位を授けよう。ガーボル伯爵、本日より王室伯爵としてイプスハイムの世話を頼む」

ブブ「ありがたきお言葉。誠心誠意勤めさせていただきます」


   5年後。イプスハイムとブブ。

イプスハイム「なぁガーボル、私はまだ7つにもならぬ故、勉学も剣術も経験がない。しかし他の王族の子らを見ているといつも自分が情けなくて仕方がなくなるのだ。私が世継ぎなのなら祖父上のような立派な聖君にならなければならぬのに…人よりもいち早く人一倍勉学に励まなくてはならぬのに
…私はまだ国語すらも出来ない、世継ぎたるものがこれで良いのかといつも悩んでいる」

ブブ「イプスハイム様、突然に何をおっしゃるのですか」

イプスハイム「だからガーボル頼む!王室のペドロ伯に学問の申し入れをしてみてはもらえぬか?私が学びに入る許可を貰って欲しい!頼む!」

ブブ「イプスハイム様」

イプスハイム「ガーボル、この通りだ!私は学びたいのだ!いち早く勉学に就きたい!なぁガーボル!」

ブブ「わかりました。では私からペドロ伯に言ってみましょう」


   学修堂。ペドロとブブ。

ブブ「という訳なのです。父上、如何なさいましょう?」

ペドロ「うむ…自らお学びになりたいというお方も珍しい。まだ5つというのはちと心配だが…宜しい。明日、イプスハイム様をこちらへ連れて参れ」


   翌日。

ペドロ「あなた様がイプスハイム様ですな?」

イプスハイム「はい。私が国王ギルデンバッハの第二王子であられるメディオスの子・イプスハイムにございます。ペドロ、本日はそなたの授業を学びたくここに参った。どうか私を入門させてください!」

ペドロ「おぉ、これはこれは実にしっかりなさった王子様だ。では早速こちらへお座りください、少し始めてみましょう」

イプスハイム「はいっ!」

   イプスハイム、勉強を始める


   女中たち。イローナ、イェドゥーナ、サルヴァーナ

イローナ「王子様のご長子のイプスハイム様って知ってる?」

イェドゥーナ「知ってるわ、まだ5つですのに学問をやらせれば天才的、剣術の腕もとても良いとのお噂よ」

サルヴァーナ「ああーん!私、イプスハイム様がご成長なされたらあの方の妻になりたいわ!」

イローナ「何を罪深き事をいっているの!?イプスハイム様は将来、この国の主君となられるお方ですのよ!あんたの言っている事はつまり王妃になりたいって事じゃないかい!」

サルヴァーナ「別にいいじゃないの!憧れるくらいで罪にはならないわ。そういうあんたはどうなのよ?下心がないとでも言えるの?」

イェドゥーナ「あんただって本心は王妃の座を狙ってるんでしょ?」

イローナ「何だってぇ!?」
   
   三人、喧嘩腰。


サルヴァーナ「二人とも静かにして!イプスハイム様よ!」

   イプスハイムが通る。

イプスハイム「イェドゥーナ、イローナ、サルヴァーナ、三人して何を話しているのだ?」

三人「いえ、イプスハイム様」

イプスハイム「そうか」

サルヴァーナ「イプスハイム様、どちらに?」

イプスハイム「暫しケトの村にガーボルと出掛けてくる。ガーボルの偵察に同行するのだ。私の王族としてこういう仕事を覚えておかねばならないからね。故に城の事を頼むよ」

三人「はい。行ってらっしゃいませ」


   城下。イプスハイムとブブ。

イプスハイム「はぁ…」

ブブ「イプスハイム様、あなた様はまだ7つにもなられていないのですから無理にこの様なところについてこられなくてもいいのですよ。面白くもありませんし、道のりも大変です。なのでもう少しご成長なされてからでも良いのでは?」

イプスハイム「大丈夫だこういう事は幼い頃から見ていないとダメなのだ。私は、立派な聖君になりたい。故に民の現状を知る必要がある」

   笑う

イプスハイム「子供とて、現状は理解できるし私も男だ。体力はある」

ブブ「そうですか、あまりご無理をなさいませんように。健康であられることも良き聖君になられるための立派なお仕事ですぞ」

イプスハイム「分かった…」

   フルーツパーラーがある。

イプスハイム「お、美味そうな店だ」

   テラスの椅子に腰かける

イプスハイム「ガーボル、この辺で一休みをしよう」

ブブ「お疲れのようですね」

イプスハイム「城の中では何かと気を使う。息が詰まりそうだよ」

   大声で

イプスハイム「おばちゃん、氷餅のお菓子とドングリ餅、それから一番大きなサイズでグミの実の紅茶を二つずつちょうだい!」

ブブ「イプスハイム様!いくら何でも飲みすぎでございます!ここのドリンクは特に大きいのですから、一番大きなサイズなどまだ幼いイプスハイム様の体には…」

イプスハイム「良いではないか!こんな事王室では決して出来ない!」

   紅茶を飲み始める。

イプスハイム「大丈夫だって!こう見えても私はかなりの大食いでね」

   飲んだり食べたり。

イプスハイム「チビのくせによく食べると姉上にも呆れられている」

ブブM「イプスハイム様もやはり、何だかんだ言って普通の子供だ」


   二人、歩き出す。

ブブ「さぁ、ここから急坂になり山道にもなりますが大丈夫ですか?」

イプスハイム「勿論だ!」

ブブ「もしお辛かったら城から使いを…」

イプスハイム「ガーボルうるさい!私は大丈夫だと言っている、先を急ごう」

   イプスハイム、ブブの手をとって走り出す。


   ケト村登り口。イプスハイム、立ち止まって深呼吸。

ブブ「イプスハイム様?如何なさいましたか?」

イプスハイム「気持ちがいい…ここがケトの村か」

ブブ「イプスハイム様はケト村に来られたのは初めてなんですよね」

イプスハイム「ガーボルはあるのか?」

ブブ「何度か訪れております。幼き頃、王様がよくお忍びで私を連れてきてくださいました。あなたのお父上と共によく遊んだものです」

イプスハイム「いいなぁ…私も共に遊べる弟が欲しい」

   ボンワリ。


   数時間後。

ブブ「さてと、これで仕事は終わりました。イプスハイム様、何処か行きたいところはございますか?」

イプスハイム「そうだな…」

   考える

イプスハイム「あ!」

   ニコニコ

イプスハイム「ケトの温泉だ」

ブブ「温泉…ですか?」


   温泉施設。イプスハイム、裸になる。

ブブ「イプスハイム様、その様なお体で」

イプスハイム「ここは温泉だろ?ではどの様なお体で入れという!?」

ブブ「そうですねぇ…とにかくイプスハイム様、王族たるものお裸などあってはなりません!」

イプスハイム「いちいちいちいちうっさいなぁ!私はまだ子供だ、何が悪いという!?じゃあ?」

   髪を結って麻布で胸を覆う。

イプスハイム「これでいいでしょ!?」

ブブ「そ、それは…イプスハイム様」

イプスハイム「イプスハイムって呼ばないでちょうだい!一度私、こんな格好してみたかったのよ」

   小粋にお湯に入ってウインク。ブブ、入らずにイプスハイムを見守っている。

イプスハイム「だからガーボル、私の事は城に帰るまではロミルダって呼んでちょうだい」

ブブ「ロミルダ…でございますか!?」

イプスハイム「そうよ。ほら、かつて何百年も前にロミルダっていう大変竪琴の上手な女中がいたって話でしょ?」

ブブ「あ、あのアルプラート王国最後の大公后にになった!」

イプスハイム「そうよ!」

ブブ「イプスハイムもよく知っていらっしゃる」

イプスハイム「当たり前よ、必死でお勉強してるんですもの」

   ブブの唇に指を当てる

イプスハイム「だから本名で呼ばないでって言っているでしょ…よしっ!決めたわ。今度から街に出る時は女の子になろうかしら!」

ブブ「はぁ!?」

   女性が数名入ってくる。

ブブ「では私はちょっと向こうに…」

女性1「まぁ可愛らしい、お嬢ちゃん一人?」

イプスハイム「そうよ」

女性2「何処から来たの?」

イプスハイム「エギ1丁目のロミルダていうの」

女性3「まぁ!幼いのになんてしっかりした子でしょう!」

   イプスハイムをちやほや。イプスハイム、ご機嫌

イプスハイムM「ますます気にっちゃった!このままずっと女の子でいようかな」


   ケトの街。歩く二人。

イプスハイム「あぁ、気持ちかった!」

ブブ「イプスハイム様、ごきげんですね。しかし…」

   イプスハイムを見る。

ブブ「まだその格好ですか?」

イプスハイム「あら、いけない?」

ブブ「貴方様は王族なのですよ!もしそんなお姿を王妃様に知られたら!」

イプスハイム「勿論、私だって王室ではしないわよ!」

   うっとりと。

イプスハイム「街に出るときだけよ。誰も私を男の子だって思わない…楽しくて仕方ないわ」

ブブ「イプスハイム様…」

   イプスハイム、高笑い。

ブブ「5歳の女の子はそんな高笑いをなさいません、おはしたない」

イプスハイム「失礼。でも最高よ!見て私のこのドレス、気に入っちゃったわ!」


   ケト村。中央広場、メデア一人。石に座ってバイオリンを弾きながら歌っている。

イプスハイム「誰かいる…村の民か?」

   警戒。メデア、めざとく二人に気づく。

メデア「誰だ!?何を見ている!?」

イプスハイム「あなたはこの村の子?」

メデア「そう、私はケト族ジプシーのメデア。お前は?この村では見ない顔だ」

イプスハイム「私は都から来た。故あってこんな格好をしているがアラセルバ王室に暮らす王子だ。名はイプスハイム」

メデア「お前がイプスハイムか」

   笑う。

メデア「噂には聞いていた。どんななりの者かと想像していたが近くで見れば大したことあるまい!それに…」

   イプスハイムのスカートを捲る

メデア「まさか女装が趣味の王子とは!相当の変わり者というか変態なのだな」

ブブ「これ娘!イプスハイム様に向かって何と無礼な口を聞く!」

   メデア、ブブをまじまじ

メデア「お前は?」

ブブ「私はガーボル。このイプスハイム若王子様の重臣で王室伯爵だ」

メデア「若王子イプスハイムにガーボル伯爵か…」

   次にイプスハイムをまじまじ

メデア「若王子…」

    態度が変わって塩らしく寂しそうになる

メデア「私の無礼な態度を許してくれ」

   イプスハイム、ブブ、顔を見合わせる。

イプスハイム「どうしたのだ?先程までの威厳はどうした?」

メデア「…」

イプスハイム「何かあるのだな、話してみよ」

メデア「私は以前まで隣のクドゥ村に密かに暮らしていた。しかしクドゥ村で私を始めとする他のジプシー仲間が先住民と戦争になり、すっかり戦場となり荒れてしまい、結果私たち力のないジプシーたちは村を追われてしまった。故に私は今、住む場所もなく、このケトを彷徨っているんだ」

イプスハイム「ではメデア、そなたは今どうやって暮らしているのだ?」

メデア「この地で寒さの中でも暑さの中でも野宿さ」

イプスハイム「そんなまさか…今もこのような民らがいたとは…」

   メデアに

イプスハイム「メデア、安心しろ。私が王室に言って何とかする。国王であられる祖父上も父上も人種を差別するようなお方ではない。きっとそなたらジプシーを助けてくれよう」

メデア「若王子…」

   ブブ、メデアを見つめる

メデア「ガーボル伯爵、本当に王室を信用してもよいのか!?もし本当に私達を王室が助けてくれるのであれば私達ジプシーをこの厳しい生活から救ってくれ!誰一人として死ぬことがないようにしてくれ!」

ブブ「メデア…」

   頷く。

ブブ「分かった、ではまたそなたに会いに来よう。それでは…」

  

   王室。寝所。

イプスハイム「ガーボル?おーい…」

   ブブ、心ここにあらず。イプスハイム、ブブの目の前で手を打つ

イプスハイム「私が呼んでいる。何故しかとする?」

ブブ「申し訳ございません、イプスハイム様」

イプスハイム「何かあったのか?」

ブブ「えぇ、少し…」

イプスハイム「話してみよ」

ブブ「明日また、私はケト村に行こうと考えているのですが?」

イプスハイム「明日もか?」

ブブ「はい…」

イプスハイム「それで…明日は私に同行するなと言いたいのか?」

ブブ「違いますイプスハイム様!とんでもございません!」

イプスハイム「では何故にその様な顔をしている?」

ブブ「それは…」

イプスハイム「それは?」

ブブ「今日会ったジプシーのメデアの事なのでございます」

イプスハイム「メデア?」

ブブ「はい…去り際に彼女は何とも言えぬ目で私を見つめておりました。頬も体も痩せておりましたし…すぐにでもなんとかしてやれない物かと。恐らくあの様子では数日何も口にしていないのでしょう…同じ国の民なのにここまでの差別があっていいものかと」

イプスハイム「ガーボル…」

   考える

イプスハイム「確かにそなたの言うとおりだ。そなたは優しいのだな」

ブブ「いえ!そんな事は!」

イプスハイム「私からも母上と父上に言ってみよう。私もそなたと同じに思っている…一刻でも早く彼女たちジプシーを救ってあげたい」

ブブ「はい」

イプスハイム「それとガーボル…」

ブブ「はい、なんでしょう…」

イプスハイム「私の悩みも一つ聞いてはくれぬか?」

ブブ「何なりと」

イプスハイム「私はまだ5つの子供だが、一生叶う事のない虚しい恋に悩んでいるのだ」

ブブ「恋…ですか?イプスハイム様のお年で…」

イプスハイム「おかしいだろ…でも私は真剣に悩んでいるのだ」

ブブ「いえ、おかしいなどとんでもございません!それでその方は…この王室のお方ですか?それとも貧しき城下の民ですか?」

イプスハイム「とても高貴なお方だ」

   ブブを見る

イプスハイム「誰にも言わぬか?」

ブブ「勿論ですとも」

イプスハイム「決して聞いても笑わぬと約束をしてくれるか?」

ブブ「誰が笑うものですか!」

   イプスハイム、まじまじとブブを見つめる。



ブブ「イ…イプスハイム様、今…どなたと?」

イプスハイム「故に今申した通りだよ。私の姉のツォリカだ」

ブブ「し…しかしイプスハイム様、ツォリカ様は」

イプスハイム「分かっている。しかし分かっていてもどうしても姉上への憧れの想いが消せぬ。たとえ叶わぬ恋でも、姉上が一生王室で私の側にいてくれればそれで良いと思ってしまう…なぁガーボル、私は一体どうすれば良い?」


   数年後。ギルデンバッハ、ブブ、ツォリカ、イプスハイム。

イプスハイム「祖父上、お呼びでしょうか?」

ギルデンバッハ「イプスハイム、見ない内に随分と大きくなったものだ。孫の成長は早い…いくつになる?」

イプスハイム「来月、4月の24日が来て6つになります」

ギルデンバッハ「そうかそうか!ところでガーボルに聞いたのだが、そなたは大層賢く、頭が良いようだなぁ」

イプスハイム「い、いえ!そんな私は…」

ギルデンバッハ「ハハハ!そう謙遜せずとも良い。こっちにおいで」

   イプスハイムを膝に乗せる

ギルデンバッハ「どうだね?では一年早いが国王養成学問院に入ってみるかい?」

ブブ「ち、父上!」

ギルデンバッハ「何をそんなに驚くのだガーボル?この子の才能はいつも一番近くにいるそなたがよく知っておろうに。この子とて将来国を継ぐメディオスの息子だ。早いうちから国王の勉強をしておいたとて損はなかろう」

ブブ「はぁ…」

ギルデンバッハ「それからツォリカよ。そなたは今年いくつになる?」

ツォリカ「明日で十になりますわ」

ギルデンバッハ「十か。実に大きくなったものだ。ではそなたもそろそろ婚礼を挙げなくてはならぬなぁ…誰か好いた者はおるか?」

ツォリカ「嫌だわお祖父様!私にはまだ想いを寄せるお方もおりませんのよ、それに私はまだ15にもなっておりません。まだ婚礼なんて早すぎますわ」

ギルデンバッハ「まぁそうだが…」

ツォリカ「それに仮にお慕いする方がいたとしても婚約をすればこのお城を出ることになりましょう?生まれ育った故郷を離れるだなんて嫌よ!だからもしどうしても婚礼を挙げろとおっしゃるのでしたら…」

   イプスハイムを抱き上げる。

ツォリカ「私はこの子と婚礼を挙げますわ!それならここを離れなくとも良いでしょう!」

ギルデンバッハ「ツォリカ!」

   困ってブブと顔を見合わせる。

イプスハイム「姉上…」

ツォリカ「イプスハイム、そなただって悪くはないでしょう?」

イプスハイム「はい…勿論です、姉上」



   1年後。アンダリーザとアビガレーゼ、メディオスの部屋に飛び込む。

クレオ「何事だ、騒々しい!」

メディオス「クレオ!」

アンダリーザ「申し訳ございません王妃様!しかし大変なのでございます!」

アビガレーゼ「王様が…王様が…早く王殿においでくださいまし!」


   王殿。

メディオス「母上、どうなさったのですか!?父上は!?」

ロクサーヌ「おぉ、メディオスか。実は先程、今までずっとお元気だった王様が突然苦しみ、お倒れになられたのです」

   パール医務官、脈診をしている。

ロクサーヌ「パール、どうなのだ?」

パール「王妃様、王様は恐らく心の臓を病んでおいでです」

ロクサーヌ「治るのか?」

パール「はぁ…大変恐れながら王様は大層ご高齢になられていますから完治できるまでの…」

ロクサーヌ「無礼者!」

   イプスハイム、泣きそうに震える

イプスハイム「祖父上は…祖父上はもうこのまま治らぬのではあるまい?祖父上はこのまま…」

   ギルデンバッハ、目を開ける

イプスハイム「祖父上!」

ギルデンバッハ「イプスハイムや、何を弱気になっておる?そなたは将来、この国を継ぐ事になる王子なのだぞ。その様に泣いていてはいかん」

   イプスハイムを抱き締める

ギルデンバッハ「私からはもう、そなたに直接学問を教えてやる事は出来ないが、後継はペドロに頼んである。ペドロも承知をしているし、あの男は大層優秀な教師だ。故に心配するな。ペドロも年ではあるがそうは言っても私よりはまだ若い。私が教えられなかった剣術だって武術だってそなたにこれからは教えることが出来よう。故に学問の事で案ずるな」

イプスハイム「祖父上…そんな事どうでもよいのです!学問のことなどどうでも良いのです!」

ギルデンバッハ「それからツォリカよ…早く挙式を挙げて幸せになれ」

ツォリカ「お祖父様…」

メディオス「父上…」

ギルデンバッハ「メディオス、ツォリカが幸せになれる様に婚礼まで支えてやってくれ。そしてイプスハイムが立派な国王として、一人前の男として成長するまで見守ってやってくれ…これからはそなたが…そなたが王朝二代目の国王として…」

メディオス「父上、私が国王など…まだ譲位などあってはなりません!この国をお支えになるのは父上なのです!私はまだまだ未熟な王子、どうして国王になれましょう?」

ギルデンバッハ「それからガーボル、頼みがある」

   ブブをまじまじ

ギルデンバッハ「私亡き後は、幼いイプスハイムを守るのは国王となるメディオスしかいなくなるが、これから彼は政務に負われる身となる。故にイプスハイムを十分に見守る事は出来ぬだろう。だからガーボル、イプスハイムの事をこれからも頼む」

ブブ「は!」  


N「それから3日後、ギルデンバッハは回復する事なく亡くなり、国中が悲しみに包まれました。7つになったばかりのイプスハイムも13になったツォリカも毎日毎日涙に暮れ、王室も静まり返りました。しかしいつまでも喪に服している余裕はない、早く戴冠式を執り行い、正式にメディオスを国王につけて国を安定させなければなりません。この時既に、アラセルバは激動の時代に突入しかかっている…国も時代もギルデンバッハの死を境に大きく動き始めていましたがまだ誰もそれに気付くものはいません」

   回想終わり。


   数日後。戴冠式。メディオスが戴冠されると大歓声

全員「新らしい王様、メディオス様に万歳!万歳!万歳!」

大臣「それでは次に、王様のご長子であられる、また国の世継ぎであられるイプスハイム王子様に翡翠の授与を」

メディオス「王子、これからそなたは正式にこのアラセルバの将来を継ぐ世継ぎの王子となるのだ。故、これからも今まで通りにしっかりと生きなさい」

イプスハイム「はい、父上」

メディオス「それと…」

   耳打ち

イプスハイム「はい?」

メディオス「明日からはもう正式なる王子なのだ。いい加減おなごに化けるのはどうかと思うぞ、イプスハイム」


   イプスハイム、真っ赤になる。メディオス、いたずらっぽく。

メディオス「ではこれを授ける。お前がまた、国王となり父となった時にはこれをそなたの王子に譲り授けなさい。アラセルバ王国の世継ぎの男として認められた証のペンダントだ」

イプスハイム「はい、父上」



サルヴァーナ「イプスハイム王子様っていつ見ても素敵なお方だわぁ!」

イローナ「そうそう、まだ幼くていらっしゃるのにとてもしっかりしていらっしゃるもの!ご覧なさいよあの瞳とあの態度!とてもまだ7つにはお見えにならないわ」

イェドゥーナ「私のバカ弟も王子様と同じ年だけどさ、全く偉い違いさ!王子さまのあの凛々しさ、家のバカにも見せてやりたいよ!」

イローナ「でも王子様は更に手の届かぬ雲の上に行かれてしまうのね…」

   女中達、涙ぐむ。

サルヴァーナ「私は王子様の様なお方でしたら例えケダモノでも構わないわ。私の事を一晩だけでもいいわ…誘惑してくださらないかしら?あぁ、たった一時だけでもいいから私のものになって…」



   メディオス、イプスハイムにペンダントをかける。そこにツォリカ。

ツォリカ「しっかりするのよ、イプスハイム」

イプスハイム「姉上が私の王子妃になってくれるのでしたら私も今よりもっと立派にしていられるのにな」

ツォリカ「本当に?」

   イプスハイム、ツォリカに抱きつく

イプスハイム「はい、勿論です姉上!」

ツォリカ「これこれ、甘えん坊さん!」


N「更にそれから3年後…」


   王室・大広間。ツォリカとティーオンの婚礼式典。イプスハイム、涙ぐむ。

大臣「それではプンタピエトーラの王子・ティーオン様よりアラセルバの王女・ツォリカ様に契りの口づけを」

イプスハイム「あぁ…」

ティーオン「ツォリカ様、私は初めてあなたに逢ったあの日より、あなたの事を想っていた。とても嬉しいよ、ありがとう」

ツォリカ「こちらこそでしてよ、王子様。この世にあなた様の様なお美しいお方がいらっしゃるだなんて」

   口づけする


   二人、イプスハイムの側を通る。

イプスハイム「姉上っ!行かないで下さい!」

ツォリカ「王子、お前もいい人を見つけて幸せにおなり。そしてお父上を継ぐに相応しい善良の後継者になるのです!」

イプスハイム「姉上!」


   寝室。イプスハイム、泣いている。

メディオス「王子、いつまで泣いているんだ。いい加減に泣くのはやめなさい」

イプスハイム「姉上は何故行ってしまわれたのですか!?私はティーオン王子をお怨みします。姉上を奪ったティーオン王子が嫌いです!」

クレオ「イプスハイム、いい加減にしろ!」

イプスハイム「プンタピエトーラはアラセルバから遠く離れているのです。故に、恐らく姉上はここにはもう戻ってこられないのでしょう?」

クレオ「これから兄上となる王子がそんなに甘ったれでどうする!?下に生まれてくる王子に笑われるぞ!」

メディオス「恐らく恋心に似た感情を抱いてしまっていたのだろう。ツォリカは美人だったしイプスハイムにはとても優しかったからな。恋人か妻を急に現れた別の男に取られた…といった感じだろう。そうだろ、イプスハイム」

イプスハイム「父上…」

メディオス「そう悲しむな。女などこの宮殿を始め、この国にも外の国にも星の数ほどいよう。そなたも新しい女と巡り逢えば心の傷は無くなるさ」

イプスハイム「ん…」

メディオス「よしっ!父がそなたのために…ちとそなたには年齢的に早すぎる気がするが、王子妃を選ぶ舞踏会を開いてやろう」

イプスハイム「舞踏会ですって!?私を女誑しの様に言わないで下さい!私とて女なら誰でもいいという訳ではないですし、一夜を共に踊っただけで心決められるという程単純ではないのです!」

メディオス「そなた…まだ元服前というに大人みたいなわかった事を言うな」

イプスハイム「(寂しげ)美しくて優しく、気品のあった姉上の様な女性など恐らく国中…いえ、世界中何処を探したって見つからないでしょう」

メディオス「イプスハイム」




サルヴァーナ「ツォリカ様がお嫁ぎになられて以来、王子様ったら笑顔をお見せにならないわ」

イェドゥーナ「あのお方は元々あんなお方だろ。いつも澄まされていて笑ったお顔等見た事がない」

イローナ「確かにそうだけど、いつもなら澄まされたお顔の中にも笑顔と優しさがあったわ…でも、最近はとても切なそう。きっとお一人の時は泣いておられるのだわ」

サルヴァーナ「あぁ…私があの方のお涙を拭ってあげられればどれ程良いかしら」


   イプスハイム、クラブサンを弾いている。

ブブ「王子様、叉お一人でクラブサンを弾いておられたのですか?」

イプスハイム「姉上が私のためにと残していかれたものだ。だからこれを弾いている時は少し気分が落ち着く」

ブブ「左様ですか。少しでも王子様のお心が穏やかになるのでしたら是非お弾き下さい。王子様の笑顔がお戻りになるのならガーボルめも嬉しく思います」

   イプスハイム、弱々しく微笑む。

ブブ「ところで王子様、王様と王妃様が王殿でお呼びですよ」

イプスハイム「父上と母上が?私を?」


   王殿。

イプスハイム「父上、母上、なんでしょうか?」

クレオ「来たかイプスハイム」

メディオス「今日はそなたに会わせたい者がいるのだ」

イプスハイム「どなたですか?」

クレオ「入れ」

   エステリアとマルキーが入ってくる。

イプスハイム「この者らは?」

クレオ「東邪馬台国から来たマリアンネ・マルキーとエステル・アンナだ。二人共、母の妹・マリシュカヤの娘でゴノスーロという宮殿に住んでいる王女なのだ」

メディオス「そなたの落ち込みがあまりにも酷い故、少しでもそなたの心の拠り所となればと思ってな。今日からそなたの側に小間使いとして置く事にする」

イプスハイム「お待ちください!勝手にお決めにならないで下さい!私はおなごなど…」

エステールアンナ「王子様、ご挨拶申し上げます。王子様の小間使いをさせていただくエステールアンナですわ。どうかエステリアとお呼びくださいまし」

マリアンネマルキー「私はエステリアの姉のマリアンネマルキーと申します。マリーとでもお呼びくださいまし」

   イプスハイム、困惑。


   数日後。

イローナ「ねぇ聞いた?王子様のお部屋に新入りの女中が入ったらしいわよ」

イェドゥーナ「本当かい!?でも新入りの癖に何故いきなり王子様のお側にお仕えするんだい?」

サルヴァーナ「キーッ!悔しい!私達何てもう10年以上もここにいるのに王子様どころか王女様にすらお仕えした事がなかったわ!」

イローナ「でも勝ち目は私達にはないと思う。私達は地方から来た商人や農民の娘だけどさ、その新入りは東邪馬台国から来た王女様らしいのよ。しかも王妃様のご親族の娘さんらしいもの」

   サルヴァーナ、悔しそう

   
   イプスハイムとエステリア。

イローナ「あ、王子様よ」

   三人、お辞儀。

   通りすぎてから。

イェドゥーナ「今の新入りじゃないか?」

イローナ「きっとそうよ!だってとても綺麗なお方だったわ。気品があって高貴そうで…」

サルヴァーナ「あれの何処がきれいですって!?気品があって高貴ですって!?ふんっ、あんなのよりゴキブリのほうがまだましよ!」

   エステリア、肩を落とす

エステリア「私はみなさんに嫌われているのね」

イプスハイム「エステリア、気にするな。きっとそなたに女中たちが妬いているのだろう…大丈夫だ。もし何かあれば私に言え。私がそなたの味方だ」

エステリア「王子様…」

   
   王子殿。イプスハイム、クラブサンを弾く。

エステリア「王子様、何かご用はございませんか?」

イプスハイム「ありがとう、でも今はいいよ。」

エステリア「そうですか、ではなにかお飲み物をお持ちいたしましょうか」

イプスハイム「ありがとう、確かにそろそろ喉が渇いた」

   
   王子殿。イプスハイム、クラブサンを弾きながら時々紅茶を飲んでいる。エステリア、うっとり。

エステリア「王子様のお弾きになられるクラブサンはいつ聞いてもとても心地がいいですわ…エステリアめは王子様のご演奏をお聞きになるのがとても楽しみなのです」

イプスハイム「エステリア…」

   恥ずかしそうに微笑む

イプスハイム「ありがとう…でもこんなのみんな、姉上の受け売りだよ。大した事ないさ」

エステリア「そんな事ありませんわ、イプスハイム様は王子様ですのに何の楽器でも奏でることが出来ますし、とても素晴らしいと思います…きっとツォリカ様はとても素敵なお方だったのでございましょう」

イプスハイム「あぁ…そなたの言う通り、姉上はとても素晴らしいお方だった」

エステリア「はい…」

イプスハイム「いつでもどんな時でも私の味方で、私の慰めになってくれた」

   回想。幼いイプスハイム  

ツォリカ「イプスハイム、母上がお呼びですよ」

イプスハイム「はい」

ツォリカ「またガーボルに遊んでもらっていたの?あなたは本当にガーボルが好きね」

イプスハイム「うん…」

ツォリカ「ほら、早く母上のもとに参りましょう」

   イプスハイム、踏ん張る

ツォリカ「どうしたの?」

   イプスハイム、口をつぐんで動かない

ツォリカ「ははーんわかったわ、また何か母上をご立腹させるようなおいたをしたのでしょう?」

   イプスハイム、無言で頷く。

ツォリカ「あなたも、しっかりとしておマセのようでそんなところはやっぱりまだまだ子供ね
大丈夫よ…姉上があとで慰めてあげる。姉上はあなたの味方よ」

イプスハイム「本当ですか?」

ツォリカ「えぇ、とにかく早いところ行きましょう。早く行かなければまたまた母上のお怒りに火をつけてしまうわ」   

   
   イプスハイム、ツォリカに顔を埋めて泣いている。ツォリカ、イプスハイムを慰める。

   回想終わり。
 

イプスハイムM「今のエステリア嬢はかつてあの時の優しかった姉上に良く似ている…このおなごにならひょっとして心を開いて何でも打ち明けられるかもしれない」

エステリア「王子様、きっとそろそろお夕食のお時間ですわ。大広間へ参りましょう」


   大広間。夕食。

イプスハイム「…」

   無言で食べ続けている。

エステリア「…」

クレオ「王子にエステリア、さっきから口数がないが…何かあったのか?」

メディオス「王子が喋らないのは昔からだろう。心配ないさ。さぁ、みなのものどんどん食べよ!どんどん飲め!」

   イプスハイムに酒を勧める

イプスハイム「叉…明け方まで酒盛りに私を付き合わせるおつもりですか?」

   退室。

イプスハイム「でしたら私は遠慮致します。とても今日はそんな気分ではないからね」

エステリア「王子様…」

マリー「放っておきなさい。一人にしてあげるのも小間使いの役目だよ」

エステリア「でも…」


   

   寝室。

ブブ「王子様、今日は如何なされたか?おや、お顔の色が優れませんぞ」

イプスハイム「ガーボル…」

ブブ「一体どうなされたのです!?」

イプスハイム「何も聞くな…今日はこのままにしてくれ」


   放心状態のイプスハイム。


小間使い部屋。エステリアとマリー。エステリア、心ここに非ずで考え事。


   三ヶ月後。

エステリア「今日で早くも三ヶ月なんだわ…」

   うっとり

エステリア「でもイプスハイム王子様と出会ってまだ三ヶ月も経だけど、私いつも思うの。王子様ってとっても素敵なお方だわ…あの方の許嫁になれればどんなに幸せかしらって」

マリー「そう?私はあんなミルク臭いガキはお断りだね。まだ子供の癖に性格だけはいやに大人ぶっていっちょ前…いてすかないよ」

エステリア「そうかしら?私は他の王族にはないあのクールさがイプスハイム王子様の魅力だと思うわ」

マリー「あんたも面食いだね。もし王子様がその内どっちかを許嫁になんて言われたら、勿論あんたにお譲りするよ。しかしまぁ…あんなのの何処がいいんだか…」

エステリア「シッ!やめて、聞こえるわ」


   イプスハイムとエステリア、心を割って付き合う仲になっている。


   産声。

N「さて、数ヵ月経つと王室にもう一人、可愛い王子様が生まれました。これであの泣き虫イプスハイム王子もついに兄上となったのです」


   イプスハイム、王妃殿に飛び込む。

クレオ「イプスハイム何事だ!はしたないぞ!」

イプスハイム「母上!私の弟がお生まれになったのですね!何処にいるのです?母上、会わせてください!」

クレオ「もう少し静かに出来ぬのか!?ティオフェルが起きてしまうだろう!」

イプスハイム「ティオフェル?ひょっとして…弟のお名前ですか?」

クレオ「他に誰がいると言う?」

イプスハイム「ティオフェルって…私に叉、あの辛い思いを起こさせるおつもりですか?何故にティオフェルなどと言う名をお付けになります!?私は…姉上を奪った王子と似た名の弟を愛せる自信はございません」

クレオ「何を言うかイプスハイム!」

   イプスハイム、ティオフェルに近づく。

イプスハイム「私の弟か…」

エステリア「王子様…」

   うっとり

エステリアM「いつしか私とイプスハイム様との間にもこんな可愛らしいお子が欲しいわ」

イプスハイム「ティオフェル…」

メディオス「しかしこの子の乳母を如何にしよう?イプスハイムとツォリカの時はアンダリーザ嬢とアビガレーゼ嬢が世話をしてくれたが…」

   エステリア、手を打つ。

エステリア「それでしたらガーボルの奥方になられるメデアは如何でしょうか?」

クレオ「メデア?それは何処の女中だ?」

エステリア「いいえ、まだこの城には入っておりませぬが、現在はケトの村で“蜆売り”をしているジプシーの娘でして」

クレオ「ジプシーだと!?他人の婚姻に口出しはせぬが、宮中に入れるとなれば話は別だ!そんな危険な女を誰が信用して召し使いに出来ようか!?」

エステリア「王妃様!」

イプスハイム「おやめください母上!メデアには私も何度か会っておりますから彼女の事は良く存じております。しかしメデアは決して狂暴気質ではありませんし、怪しい占い事や邪術や祈祷をする様な事も決してない清らかな女です。昨年生まれたばかりの子もあり、人間としても母としてもとても信頼のおける善き女です。ですから、エステリアの言う通り弟の乳母としても善き者となりましょう」

エステリア「お見捨てになられる前に、どうか一度ご面会をお願い致します。メデアはとても哀れな女と王子様からお聞きしました。そんな身分の育ち故、きっと王室にとっても…」

   クレオ、しばらく考えている。

クレオ「分かった、考えてみよう」

   エステリアとイプスハイム、はいタッチ。

クレオ「王子っ!!」

   二人、ビクリとして立ち直す。


   数週間後。

クレオ「ガーボル」

ブブ「はっ!」

クレオ「そなたにメデアと言う妻がいると聞いたが誠か?」

ブブ「え…えぇ、しかし彼女が何かご無礼でも?」

クレオ「いや、そうではない。一度その者に会ってみたいと思ってな。一度、王室に連れてきてはもらえぬか?」

ブブ「はい、王妃様」


   数週間後。メデア、深々とお辞儀。

メデア「王妃様、王様、私がガーボルの妻のメデアにございます」

N「こうして王妃クレオに認められ、メデアは王室乳母として入内する事になったのです」

メデア「王妃様、ティオフェル王子様だけでなく、イプスハイム様の身の回りのお世話も誠心誠意勤めさせて頂きますわ」


   ティオフェルを見る。

メデア「まぁ!何と可愛らしい王子様です事!」

   イプスハイムを見る。

メデア「イプスハイム王子様もご立派に成長なされましたね。こうしてあなた様のお側にお仕え出来る事となるとは、メデアめは大変光栄にございます」

   会釈。

メデア「ご安心下さいませ。王子様方の事は我が子同様に命を懸けてお守り致します」

イプスハイム「メデア、初めて会った時より随分変わったな」

メデア「王子様とガーボル様のお陰ですわ。以前お二人が私達ジプシーの事を救ってくださったご恩は一生忘れません。お二人に出会わなければ、きっと私は死んでいましたわ」

クレオ「王様、あのメデアと言う女は誠にジプシーの出なのか?」

メディオス「誠に…言葉遣いもよし、礼儀も正しい、とてもジプシーとは思えぬおなごだ。しかしこれなら信頼できる。信頼できよう者なら身分など関係ないからな」

クレオ「王様のおっしゃる通りですわ」


   イプスハイムとエステリア。ティオフェルをあやしている

イプスハイム「ティオフェル…」

エステリア「本当に可愛らしい王子様です事」

イプスハイム「あぁ…」

エステリア「イプスハイム王子様みたいに」

イプスハイム「こ、これやめよ!王子をからかうのではない!」

   エステリア、笑う。イプスハイム、照れる。

エステリア「しかし…このようなお美しい王子様ですのに…」

   ティオフェルを抱く

エステリア「誠に愛する事が出来ませぬか?弟君とお認めになる事が出来ませぬか?」

イプスハイム「エステリア嬢…」

エステリア「この私が王子様のお側にいる今でも、まだツォリカ様の事をお忘れになる事が…」

   言葉を飲む。

エステリア「申し訳ございません!その様な事、お出来になる筈がないわ!実の姉上様ですものね…」

イプスハイム「エステリア…」

   エステリア、ぼんわり

エステリア「一度お目にかかりたかったわ。きっと王子様の様に大変お美しい方だったのでしょうね。だって王子様のお心をお奪いになる程のお方ですもの」

イプスハイム「すまない…確かにこれまでの私はいつまでも姉上が忘れられずに、ティーオン王子を恨むだけの情けない王子だった…でも」

   微笑む

イプスハイム「もう大丈夫だ。今はツォリカは私の姉上、ただそれだけ。だからこれからは弟ティオフェルとエステリア…そなたのみを愛そう」

エステリア「え?」

イプスハイム「10日の後に正式に告知する。エステリア嬢、私の后になってくれ!今の私はそなたを愛している…そなたの気持ちはどうだ?私はまだ十の子供だが、男として見てはくれぬか?」

   エステリア、動揺

イプスハイム「エステリア嬢…正直にそなたの気持ちを教えてくれ」

エステリア「私はまさか…王子様のお口からその様な…」

   もじもじ

エステリア「ご無礼ながら王子様、エステリアめは王子様と初めてお会いになったその日より…その…」

   イプスハイム、微笑む

イプスハイム「もういいよ。男がおなごにその様な言葉を言わせてはならないな」

エステリア「王子様…」

イプスハイム「でも…二人も王子がいたんではどちらが呼ばれているのか分からぬ。だからこれからは私の事はイプスハイムと名で呼んでくれて構わない。その様に呼んでくれ」

エステリア「では…イプスハイム様…」

イプスハイム「少し照れ臭いかな」

   イプスハイム、照れてはにかむ


   王殿。

イプスハイム「母上!父上!」

クレオ「何の用だ!?」

イプスハイム「即行に式典のご準備をお願い致します」            
メディオス「式典?何の式典だね?」

イプスハイム「決まっているではありませんか!エステリア嬢と私の婚約発表です」

クレオ「そ…それでは遂に決めたのだな?エステリア嬢を王子妃に迎えると」

イプスハイム「はい、母上に父上。私は婚約発表をした後、元服を迎えましたら即座に婚礼を執り行いたいと思います」

クレオ「王子、よくぞ申した!后を迎えてこそ一人前の王子だ!そういう事なら母は全面的に協力をしよう。早速式典の準備をさせる。十日の後に執り行う」

イプスハイム「はい!」


   女中達

イローナ「ねぇ聞いた?遂にイプスハイム王子様がご婚礼を挙げられるんですってよ」

イェドゥーナ「えぇ、勿論知っているさ。でもあれほどツォリカ様を愛しておられて他の女性には目もくれなかったのに、一体何があったんだろうねぇ?」

イローナ「それだけ王子様がご成長なされたって事よ」

   うっとり

イローナ「それにお姫様も大変お美しいお方ですし、誠心誠意王子様にお尽くしになっていたってお話よ。さすがのイプスハイム様だってお心奪われない筈がないわ」

サルヴァーナ「それで?お相手はどんな方なの?」

イローナ「この宮殿に新しく入られ、王子様の小間使いとしてお仕え上がっておられる東邪馬台国の王女・エステル=アンナ様ですわ」

サルヴァーナ「エステル=アンナ様?」

イェドゥーナ「そうだよ、あんたがあれ程悪く言っていた王女様さ」

サルヴァーナ「なんですって!?」


   
   婚約発表会の日。イプスハイムとエステリア、祭壇に上がる。サルヴァーナ、ハンカチを噛む。

メディオス「皆の者、今日は王子・イプスハイムとエステル=アンナ嬢の婚約発表だ。大変めでたい席である故、存分に楽しめ!」

   イプスハイムに

メディオス「王子、何か言う事はあるかい?」

イプスハイム「はい」

   咳払い

イプスハイム「この度私は、ここにいる東邪馬台国の王女・エステル=アンナと婚約する。私は5年後に元服を迎えるが、私が元服した後に正式に彼女の王子妃戴冠式を行う事とする。本日は発表までに」

   ロクサーヌが来る

イプスハイム「祖母上!」

ロクサーヌ「あれほど小さくて弱かった王子ですのに良くここまでご立派に成長なされましたね。この度はおめでとう」

イプスハイム「恐れ入ります、祖母上」

ロクサーヌ「エステル=アンナ、王子を呉々も頼みましたよ」

エステリア「はい」

   ティオフェル、揺りかごの中で微笑む。

エステリア「ティオフェル王子様も私達を祝福して微笑んでいらっしゃるわ」

イプスハイム「本当だ」

   笑ってティオフェルを抱き上げる。

イプスハイム「近い将来、私達にもこんなに可愛らしい王子が産まれるのかな?そう考えると何だか不思議な気分だ」

   エステリアを見る

イプスハイム「私とそなたの」

エステリア「えぇ…」


イローナ「王子様は心より、エステル・アンナ様を愛しておられるのだわ。ですてとてもお幸せそうよ」

イェドゥーナ「そうだね。これでやっと王子様も落ち着かれ、お幸せになられるんだ。私達も一安心だよ」

   サルヴァーナを見る

イェドゥーナ「一人誰かさんは祝福していらっしゃらないみたいだけど?」

サルヴァーナ「そんな事ないわよ」

   エステリアとイプスハイムを鋭く睨む

サルヴァーナM「今に見ていなさいエステル=アンナ…」

   悔しそう

サルヴァーナM「いい事?王子様を力ずくでもあんたから奪ってやるんだから!」


   5年後。イプスハイム、逃げ惑う。ティオフェル、イプスハイムの後をついて回る

イプスハイム「ティオフェル、勘弁してくれ!頼むからもう着いてくるな!」

ティオフェル「兄上!ねぇねぇ、遊んでよ!」

   エステリア、笑う。

エステリア「無理もございませんわ。イプスハイム様はまだティオフェル王子様が乳飲み子の頃より可愛がられ、おしめをお取り替えになられたり、お寝かしつけになられたりしていたのですもの!」

イプスハイム「ティオフェル、悪いが今はそなたを構ってやる時間はないのだ!エステリア、暫しの間、ティオフェルを頼む!私はこれから剣術の稽古に行かなくてはならぬ」

ティオフェル「兄上!」

   エステリア、ティオフェルを抱き上げる。

エステリア「ティオフェル王子様、兄上様を困らしてはいけませんわ。さぁ、兄上様がお戻りになられるまでこのエステリアめと遊んでいましょう。何をしましょうか?」

ティオフェル「エステリアとか?」

エステリア「えぇ!」

   うっとり

エステリアM「イプスハイム様…まもなくですわ。遂にあなた様と正式な夫婦となれる日が訪れるのね」

ティオフェル「エステリア?」

   エステリア、我に返る

エステリア「え…いえ!何でもございませんわ。ほら、早く王子様のお好きな事をなさいましょう!」

ティオフェル「うん!」


   
   イプスハイムとブブ。剣術の稽古。

ブブ「王子様、それではまだまだ修行が足りませぬぞ」

イプスハイム「ハッ!ハッ!うわぁ!」

   転ぶ。

ブブ「その様な事では何れ戦が起きたときに太刀打ちできませぬぞ」

イプスハイム「無礼者!演技でもない事を言うなガーボル!アルプラート時代初頭の嘗ての事故より今まで、5000年近く戦という戦は起こっていないのだ!」

ブブ「例えばの話ですよ王子様。王子様の今の腕前では如何なる状況の時にも身を守る事は出来ないという事です」

イプスハイム「かといってもガーボル、これはただの練習だろ?そこまで本気になる事はなかろう!?このままでは本当に私の身が持たない、もう少し手加減というものをしろ!」

ブブ「たかが練習、然れど練習…ですぞ、王子様」

イプスハイム「クソッ…参ったなぁ」

   ブブ、イプスハイムを立たせる。

ブブ「さて、もう一手行きますかな?」

イプスハイム「望むところだ!ヤァーッ!」

ブブ「王子様、剣の達人と持て囃され、女中より人気があると思って調子に乗っていませんかな?」

イプスハイム「誰が…調子になんか…乗るものか…ハッ!」

   ブブ、倒れる。

イプスハイム「ん…?」

   ブブを見る。

イプスハイム「やったぁ!」

   エステリアとティオフェル、拍手。

イプスハイム「え?」

エステリア「流石ですわ!」

イプスハイム「エステリア…それにティオフェルまで…来ていたのか」

   頭をかく

イプスハイム「恥ずかしいところを見られてしまったね」

エステリア「いいえ。王子様はやはりお凄いお方。練習であられても決して負けるなんて事はないんだわ!あの剣の名手であるガーボルを倒してしまわれたのですもの!」

ブブ「王子様、今日はここまでに致しましょう。よい剣でした、また次回」

イプスハイム「あぁ」

   エステリアとティオフェルの手を取る

イプスハイム「エステリア、ティオフェル、行こう」

エステリア「えぇ!」

ティオフェル「次は何処に参られるのですか?」

イプスハイム「もう授業はないよ。ティオフェル、私に着いておいで。そなたにクラブサンというものを教えてやろう」

ティオフェル「クラブサン?」

エステリア「まぁ素敵!でしたら王子様の演奏をエステリアにもお聞かせくださいまし」


   王子殿。イプスハイム、ティオフェルに教えながらクラブサンを弾いている。エステリア、うっとり。

イプスハイム「(弾きながら)なぁ、エステリア」

エステリア「はい」

イプスハイム「一ヶ月の後…まもなくだな」

エステリア「え…えぇ」

   下を向く

エステリア「ですわね」

イプスハイム「そなたは私のせいで、私のために遠く東邪馬台国よりこの国に連れてこられたのであろう?本来であれば母国にそなたの許嫁もいたのであろう?」

エステリア「いえ!」

イプスハイム「期間は一週間ある。エステリア、私と挙式をあげればそなたは当分故郷へは戻れぬのだ。アラセルバ宮殿に縛られた籠の鳥になってしまうんだよ。それでもいいのか?私はそなたを愛している、そなたと一緒になりたい。しかしそなたには後悔して欲しくはないし、私の愛しいそなたには心から幸せになって欲しいのだ…だから少し考えてはくれぬか?そして私に改めてそなたの応えを教えて欲しい…そなたがどんな応えを出そうと、私はそなたを恨みはしない」

エステリア「王子様!」

イプスハイム「私も傷つきたくはないし、そなたにも傷ついてほしくはない…」

   エステリア、イプスハイムに抱きつく。

エステリア「いいえ王子様、私の心はもうとうの前から決まっているのでございます。私は何処にも参りません。王子様といられるのであれば故郷になど戻れなくとも良いのです。私はゴノスーロ宮殿よりこちらに来た時より今まで一度も辛いとか寂しいなど思った事はありませんでした。だっていつでも王子様のお優しいお心が側にあったのですもの…なのに何故今更にそれ程恐ろしい事をお口になさるのですか?」

イプスハイム「エステリア…」

   エステリアを抱きしめる

イプスハイム「すまなかったエステリア、私とてそなたとは離れたくはないのだ。私にとっても初めての事ゆえ、とても不安だった」

エステリア「イプスハイム王子様…」

   ティオフェル、キョトンとして二人を見つめる

メデア「さぁティオフェル王子様はあちらに参りましょう」

   口づけするイプスハイムとエステリア。メデア、ティオフェルの顔を隠して退室。


   その日の夜・バルコニー。イプスハイム一人、星を眺めている。

イプスハイムM「今宵も星が美しい…」


   女中部屋。

イローナ「あんた正気!?本気でやるつもり!?」

サルヴァーナ「当たり前でしょう!?このままでは本当にあの子のものになってしまうのよ!?そんなの私、耐えられない!」

イェドゥーナ「いい加減にしな!あんたの気持ちは分かるけど、あんたとエステル=アンナ様では身分が違いすぎるんだ!あんたは所詮ただの下女中だろ?王子様にお近づきになるなど畏れ多いとは思わないのかい!?身の程知らずもいい事だとはこの事をいうんだね」

イローナ「大体あんた、言ってたじゃない!?王子様の事はもう諦めたんじゃなかったの!?」

サルヴァーナ「婚約発表の日の事を言ってる?ふんっ!あんなのただその場の建前に決まっているじゃないの!この私が長年愛した男をそう易々と諦められるとでも思うの!?」

   悪魔的

サルヴァーナ「王子様とお近づきになれるのならどんな手段だって用いてやる!世間から非道だって避難されても構うものか!」

イェドゥーナ「もう勝手にしろ!あんたなんかもう知らないよ」

イローナ「私はもう何があったって味方はしてやんないからね」

   
   直後、バルコニー。

サルヴァーナ「王子様」

イプスハイム「誰だ!?」

サルヴァーナ「女中のサルヴァーナにございます」

イプスハイム「サルヴァーナ…?そなたは確かアズノシュキン棟にいる食事係の女中だろう?こんなところに何の用だ!?」

サルヴァーナ「王妃様より、王子様はこちらにおられるとお聞きして参りました。しばしエステル=アンナ様の戴冠式と婚姻披露宴のお食事の事に関しましてお打ち合わせを…」

イプスハイム「私に直々にか?よろしい、申してみよ」

サルヴァーナ「いえ…それが恐れながら王子様、ここでは大きな声でお話出来ないのです。王子様からエステル=アンナ様へのサプライズをとの極秘プロジェクトですから」

イプスハイム「なるほど?」

サルヴァーナ「なので明日のこのお時間、城下エギ1丁目のバール“トカイ”にてお待ちしておりますのでどうかお越しくださいませ」

イプスハイム「うむ、分かった」


   翌日。バール・トカイ。


イプスハイム「それで?どのような計画なのか申してみよ」

サルヴァーナ「えぇ。その前にぶどう酒を一杯お召し遊ばせ」

イプスハイム「いや、折角だがそれは遠慮しよう。私は酒に弱い」

サルヴァーナ「何をおっしゃいます!?いいお年頃の王子様がその様な事ではなりません!これから迎えられる然る日に備えられなくては!ここのぶどう酒は他とはまるで違うと、とても美味しいと人気なのですのよ」

イプスハイム「そうか?」

   赤くなる

イプスハイム「然る日か…それでは一口のみ頂くとしよう」


   数十分後。イプスハイム、ほぼ酔いつぶれている。

オーナー「ちぃと旦那、お起きになりましょうや!こんなところで寝られたら風邪引きますぜ」

   サルヴァーナを見る

オーナー「あんたが旦那の女房かい?」

サルヴァーナ「この方が王子様だってお気付きでないみたいだわ」

   色っぽく

サルヴァーナ「えぇそうですわ。サルヴァトーレ、一室手配してちょうだい」

オーナー「ロコモコでもいいかい?」

サルヴァーナ「そんなの何処だっていいわ。若い男女に相応しいお部屋があるところならね」

オーナー「少々お待ちを」

   オーナー、席を外す。

サルヴァーナ「王子様、今宵あなた様をこのサルヴァーナのものにして差し上げますわ」

   サルヴァーナ、イプスハイムをおぶる。

サルヴァーナ「まぁ!男なのに何て軽い事!」



   ホテル・ロコモコ

サルヴァーナ「着きましたわ」

   イプスハイムをベッドに寝かせる。

サルヴァーナM「あの女よりも先に私が王子様のお体を奪うのよ!今夜限りの事でも、一度あの女に勝つ事が出来れば私は満足なの」

   イプスハイムの隣に横になる


サルヴァーナ「お休みなさいませ、王子様…」

   明かりを消す。イプスハイム、熟睡しながらも悪酔いに苦しみ、魘される。


   翌朝。イプスハイム、目を覚ます。

イプスハイム「うぅっ…気分が悪い…」

   具合悪そうにキョロキョロ

イプスハイム「ここは…?私は一体…」

   近くにエステリア

エステリア「イプスハイム様…」

イプスハイム「エステリア…」

エステリア「下女のサルヴァーナに聞きましたわ。イプスハイム様ったらお酒がお弱いのに一体何を考えていらっしゃるのですか!」

イプスハイム「え?」

エステリア「昨日の晩、トカイにてお飲みになられたそうではありませぬか!そこでお倒れになり、たまたま近くに居合わせた下女に運ばれてここに連れて来られたと…」

   泣き出す

エステリア「エステリアはとても心配だったのでございます!イプスハイム様がなかなか戻られないゆえ、あなた様の御身に何か良からぬ事があったのではと…そしたら現にイプスハイム様がお倒れになったとの知らせ…」

イプスハイム「心配かけさせてしまったね、本当にすまなかった。しかし私は一体何故に…」

エステリア「何も覚えていらっしゃらないのですか?」

イプスハイム「あぁ…誰かに誘われてトカイに行った事までは覚えている。しかしそれが誰で何のために行ったのかは酒のせいで全く覚えていないのだ」

   頭を押さえて胸を擦りながら立ち上がる

イプスハイム「さぁ宮殿に戻ろう」

エステリア「今はなりません!もう少しお体をお休めになりませんと」

イプスハイム「ありがとう、しかし私はもう大丈夫だ。外の空気を浴びながら歩いていた方が治りも早いだろう」

   マントを着る

イプスハイムM「しかし一体誰だっけ…?」


   一週間後。トカイ。

イプスハイムM「あれから一週間経つがここで私と酒を飲んだ者が未だに分からないだなんて…」 

オーナー「おや旦那、今日は一人なんだね。女房どうしたんだい?」

イプスハイム「え、女房?」

オーナー「昨日だっけかなぁ…旦那の女房によく似た女が、隣町のニージ中央病院へ入っていくのを見たからさ」

イプスハイムM「私の女房?」

オーナー「先日の旦那、相当酔ってましたぜ?こっちはありげてぇがほどほどにしてくださいよ」

イプスハイム「なぁオーナー、その私の女房とか名乗る女はどんな女だった?」

オーナー「お?どういう事だ?」

イプスハイム「私はまだ独身だ。女房などはいない」

オーナー「んなら恋人とか愛人ってとこか?ほれ、ブロンドで少し小太りで…言っちゃ悪いが旦那みたいにハンサムな奴とは到底不釣り合いの女さ」

イプスハイムM「サルヴァーナか?」

   イプスハイム、店を飛び出る

オーナー「お。おい旦那!ご注文は!?」

イプスハイム「すまない!急用を思い出したんだ、また来るよ!」

オーナー「一体何なんだ?」


   宮殿・アズノシュキン棟。

イプスハイム「サルヴァーナ!」

サルヴァーナ「王子様」

イプスハイム「聞きたい事がある。暫しいいか?」

サルヴァーナ「え…えぇ」


   地下倉庫。

サルヴァーナ「何ですの?」

イプスハイム「先日“トカイ”で私に飲ませたのはそなたか?」

サルヴァーナ「あら?飲ませただなんて人聞きの悪い言い方だわ!覚えていらっしゃらない?婚姻式典の事について内密のお話をしたいと言ってお連れしただけではありませぬか!私は何もしておりません。飲んだのは王子様ご自身ですわ」

イプスハイム「では話はどんな内容だったのだ?すまぬ何も覚えていないのだ」

サルヴァーナ「覚えていらっしゃらなくてごもっともですわ。王子様ったらお話をする前に酔って眠ってしまわれたのですもの」

イプスハイム「それで?ロコモコには一体誰が…」

サルヴァーナ「もちろん王子様ご自身ですわ」

   にやり

サルヴァーナ「酔われた王子様は私を連れて近くのロコモコに入られました。そしてそこで私の事を誘惑し、私を抱かれたのです」

   イプスハイム、青ざめる

サルヴァーナ「王子様足るべきお方が私ごときの下女にその様なことをしてはなりません!私は夜が明ける前に宮殿に戻りました。ですて身分違いの私が王子様とご一緒にいたと知られればどうなります!?それこそ王室の騒ぎを巻き起こしてしまいます。なので大変ご無礼な事でしたが、王子様をお連れして帰る事など出来ませんでしたから、王子様のみロコモコのベッドにお残ししたままロザーウラは宮殿に戻ったのでございます」

イプスハイム「(震えている)何て事だ…私とした事が…」

サルヴァーナ「それだけではございませんわ!」

   嘘泣き

女中3「王子様はもう一つ大変なご罪を犯せられましたわ!どう責任をとっていただきましょう!?」

イプスハイム「い…一体何だというのだ!?」

サルヴァーナ「あの一晩の一件で、ロザーウラの中は王子様とのお子を懐妊してしまったのです」

   イプスハイム、泣きそうに放心状態


N「その日から…」

クレオ「イプスハイムはどうした?」

エステリア「花カルタですわ」

クレオ「また賭博か!?」

メデア「しかし最近王子様ったら随分とお痩せになりましたし、お食事もあまりお取りにならないわ…一体どうしてしまったのかしら」

エステリア「飲めないお酒をお飲みになってはご体調を悪くなさるし、以前はカルタはおろか、賭け事など一切やらないお方だったのに最近では花カルタに入り浸っております」

ブブ「そういえば最近、下女のロザーウラという女が宮殿をやめて里に帰ると言っていましたね」

   そこへロクサーヌ、アビガレーゼ、アンダリーザ。

ブブ「母上」

ロクサーヌ「噂では、ロザーウラは懐妊をきっかけにやめたとも囁かれておりますわ」

アビガレーゼ「懐妊ですって?でもあの子、結婚していたかしら?」

アンダリーザ「してる筈がないよ、あんな性悪のデブ!」

アビガレーゼ「王子様の追っかけをしていた子でしょ?」

マリー「王子様の追っかけだって!?では何か王子様のご様子と性悪のデブは関係があるのかしら?」

   思い当たったように

マリー「まさか…」

   エステリア、口を覆う。

クレオ「これマリー、恐ろしき考えを持つのではない!」


   トカイ。イプスハイム、心ここにあらずに男ら数名とカードをしている。

男1「おい、あんた王室の王子なんだってな」

イプスハイム「あぁ…」

男2「あんたみてぇないかにもくそ真面目な王子が、こんなところであぐら打っててもいいのか?」

男3「しかも俺達の様な非道で最低な人間と一緒によぉ」

イプスハイム「いいんだ…私はどうせ最低な人間なんだから」

男4「何かあったのかい?」

イプスハイム「おおありだ…私はもう王室に戻る資格もない…人として非道な行いをしてしまったんだ。これから私は一体どうすればいいんだ」

   男たち、話を聞く。

男1「んじゃあ王宮を出るんですかい?」

イプスハイム「それしかない…エステリアを裏切ってしまったのだから彼女に会わせる顔もないしな」

男2「誰ですか?」

イプスハイム「私の王子妃になる筈だった娘さ…とても純粋で心が綺麗な女性だったのに、そんな彼女を傷つけてしまった」

男3「んじゃあまさか…王子様のいう非道な行いとは…」

イプスハイム「想像する通りさ」

男4「相手は?」

イプスハイム「下女の女らしい。しかし私も酒に酔っていたため、自分が誰と何をしたのか全く覚えていない」

   頭を抱えて酒を飲む

男4「おいおい王子様、幾らなんでも飲みすぎですぜ」

   男たち、イプスハイムを止めながらも介抱する



   数日後。王室。イプスハイム、クラブサンを弾く。

イプスハイムM「お前とももうすぐお別れだな…」

   弾きながら涙を流す

イプスハイムM「父上に母上、ティオフェルにブブにメデア、そしてエステリア。軽率で非道な私の行いを許してください」


   部屋の外。

エステリア「イプスハイム様…」

   悲しげ。

エステリアM「イプスハイム様の奏でるクラブサン…いつもよりとても切なそうだわ」

ティオフェル「兄上…?」


   イプスハイム、演奏をやめてテーブルに向かう。

イプスハイムM「拝啓…」

   手紙を書き出す。


   その夜。イプスハイム、貧しい身なりをして大荷物を持つ。

イプスハイムM「私はもう、ここには戻れない。自分のした事への代償を支払うまでは…」

   城を去る。

   翌日。慌ただしい。

クレオ「見つかったか!?」

メデア「いいえ、おりませんわ!」

メディオス「一体王子は何処に行ったのだ!?」

エステリア「皆様!」

   手紙をもって走ってくる

エステリア「王子様のお部屋にお手紙がありましたわ」

クレオ「何だと!?貸しなさい!」

   手紙を読む

クレオ「おのれ…何だと!?」

エステリア「何ですって?イプスハイム様はお手紙になんと…」

クレオ「エステリア、そなたは知らぬ方がよい。もうあんな男は忘れよ」

エステリア「え?」
   
   手紙を受け取ってみる

エステリア「あぁ…」

   何かを堪える

エステリア「いいえ王妃様、きっとこれは何か理由があるんですわ。だって王子様は自らこの様な事をされるお方ではありませんもの!」

クレオ「エステリア!」

   咳払い

クレオ「まぁ良い。遅れてはいるが挙式は予定通り執り行おう」

メデア「し、しかし王妃様!イプスハイム様がいらっしゃらない今どうやって…」

クレオ「関係ない!イプスハイムが王位継承から外れたのであれば弟のティオフェルを王位後継者につけ、ティオフェルとエステリアを許嫁同士にすれば良い。同じ兄弟なのだから同じ事だろう!」

メディオス「王妃…」

クレオ「王様は黙っていてください!いいですね?」

エステリア「しかし王妃様、お言葉ではありますがイプスハイム様はもう元服を迎えられておりましたが、ティオフェル様はまだ7つにもなられておりません!」

クレオ「そんなのはもうどうでも宜しい!エステリア、そなたはティオフェルを赤子の頃から見ているのだから良いだろう。それにティオフェルの許嫁と出来るおなごが他にいるか?ティオフェルの回りに年の近い独身の女と言えばそなたしかあるまい」

エステリア「それはそうですけど…」

クレオ「ティオフェルとてそなたとなら喜ぼう」

エステリア「しかし王妃様、式を挙げるのはもう少しお待ちくださいませ!イプスハイム様だって本気でお城を出たわけではございませんわ!ですてあんなに誠実で真面目なお方なんですもの、きっと叉…」

クレオ「何を?イプスハイムが叉戻ってくるとでもいうのか?」

   ティオフェルの首飾りを指す

クレオ「これがイプスハイムの本心の何よりの証だろう!これは王位継承の王子のみ付けることの許される首飾り…イプスハイムはこの首飾りさえも外し、まだ幼いティオフェルに預けて出ていったのだ。その意味が分かるな?」

   全員黙る。


   昨晩。イプスハイムとティオフェル。

ティオフェル「兄上、何処に行かれるのですか?」

イプスハイム「暫し私は遠い国へ一人旅に行ってくる。私の部屋に文を残してきた。明日の朝、母上がそれを見るまで決して誰にもこの事は言わないでくれ」

   首飾りを外してティオフェルの首にかける。

イプスハイム「このペンダントはそなたに渡しておく。とても大切なものだ。だから再び私が戻るまで預かっておいてくれ」

ティオフェル「(泣きそう)兄上…」

イプスハイム「その様な顔をするな。では私は行く、元気でな」

   足早に去る。



   イプスハイム、馬車に乗る。

御者「旦那、何処まで?」

イプスハイム「ピエトラプンタの港まで頼む」

御者「あ、あんなところまでですかい!?道のりはかなりありますぜ?」

イプスハイム「構わぬ。行って!」

御者「へい、かしこまりました」

   馬車、動き出す。



   王室。

エステリア「いえ、王妃様!」

   きっぱり

エステリア「私はイプスハイム様を何があろうと信じております!私が愛しているのは天と地が揺るごうと彼しかいないんですから!ですから婚期を逃そうとあの方のお帰りのみをここで待ちますわ」

   ティオフェルを抱く。

エステリア「それまで私は小間使いとしてこの王室でティオフェル様のお側にお仕えいたします。イプスハイム様が厚いご愛情をお注ぎしたように、それまでは私がティオフェル王子様をお守りいたします!ですて私は、イプスハイム様の后になるためにここに来たのですもの!」



   イプスハイム、馬車に揺られている。

イプスハイムM「エステリア…もうそなたの記憶から私の事は忘れてくれ…そなたの幸せを願っている」


   イプスハイム、港で降りて船に乗り込む。



   約7年後。アラセルバ宮殿・寝室。ティオフェル、熟睡。そこへエステリア。

エステリア「王子様、お起きになって下さいまし」

ティオフェル「んーっ」

エステリア「お部屋に入りますよ」

   ティオフェルを揺する

エステリア「王子様、もう朝にございますよ」

ティオフェル「あと5分…」

エステリア「起きられぬおつもりですか?それでしたら私の方にも考えがございましてよ!失礼致します」

   布団を剥ぎ取る。ティオフェル、木の床に放り出される。

ティオフェル「エステリアは酷い事するなぁ!痛いではないか!」

エステリア「やっと起きられましたか?」

ティオフェル「ここまでやられて起きないわけがない!」

   エステリア、布団を畳む

エステリア「早くお起きにならないとこういう目に遭うのでございます。あらあら、同じご兄弟でも随分と違うものですね…叉今日もお布団汚してしまわれて…」

   ティオフェル、赤くなって下を向く

エステリア「イプスハイム様はおねしょもお寝坊もなさいませんでしたのよ」

ティオフェル「また兄上との比較話かよ…私は私、兄上は兄上だろう!」

エステリア「あー言えばこう言う!今でもイプスハイム様のお側でお育ちになればティオフェル王子様ももっとしっかりとなされていたかもしれないのに」

ティオフェル「今度は皮肉か?」

   不貞腐れる

ティオフェル「はいはい、しっかりしていないバカ王子で悪ぅござんしたね。どうせ私は出来の悪い出来損ないの王子ですよ!国王なんかには到底向いていないダメ王子ですよぉーだ!」

エステリア「王子様…そこまでは」

ティオフェル「別にいいさ。どうせ王位など継ぐ気もないしね」

エステリア「え?」

ティオフェル「だって私はもとから後継者として育った訳じゃないし。大体なんで兄上が5つから学修堂に入ったからって私まで5つから勉強しなくてはならないんだ!?普通は7つからだろう!?意味が分からない!やりたくもないのに国からは将来を期待されてさ、兄上が出ていきたくなる気持ちもわかるよ」


   ゴノスーロ宮殿。マリシュカとイプスハイム。

イプスハイム「女王様、お呼びでしょうか?」

マリシュカ「まもなく…そなたがここに来て7年になるが、アラセルバにはそろそろ戻らなくていいのか?」

イプスハイム「まだ戻る事は出来ないのです。しかしアラセルバの事に関しては心配はないでしょう。弟のティオフェルが国の後継者として…」

マリシュカ「如何なる場合でも本当に大丈夫と言えるか?」

イプスハイム「え?」

マリシュカ「ティオフェル王子はまだ元服前の幼子なのだろう?例え国王と王妃がいなくなったとて、それでも国を守っていけるというか?」

イプスハイム「どういう事ですか?」

マリシュカ「思い出してみよ。勤勉のそなたなら分かるであろう。まもなく東邪馬台国の女王・卑弥呼とアルプラートのアナスターシャとの戦から5000年になる」

イプスハイム「まさか…」

マリシュカ「そう、そのまさかだ。邪馬台国一体が鬼となり、平和に満ちた東方の国を襲うその時がやって来たのだ!」

   マリシュカ、高笑いをして姿を変える。イプスハイム、恐れおののく。

イプスハイム「そなたは…誰だ!?」

マリシュカ「今こそ永遠の封印解かれし時!私の墓の封印が解け、遂に私は生前の恨みを晴らしに甦った。そう、私が邪馬台国の女王卑弥呼なのだ!」

イプスハイム「何だって!?」

   そこへ蘇我ドルフィン、蘇我ホース、小野ポテト

三人「如何したか!?」

ポテト「イプスハイム様、何事ですか!?」

イプスハイム「そなたらは早く逃げろ!マリシュカ女王様のお体が女王卑弥呼に乗っ取られたのだ!遂に5000年の封印が破られたゆえ卑弥呼が復活したのだ!」

ホース「何だって!?」

ドルフィン「では…」

イプスハイム「とにかく逃げろ!お前達も卑弥呼の邪術をかけられて心を操られてしまうぞ!」

   三人とイプスハイム、逃げる。

マリシュカ「そうはさせるか!!」

三人「うわぁぁぁぁ!」


   国、邪悪色に変わって鬱蒼としてゆく。



   アラセルバ王国。ティオフェル、呑気にクラブサンを弾いている。

ティオフェルM「日がな一日…午後は揺ったりと何も考えずにクラブサンを弾いて過ごす。なんと穏やかで平和なんだろう…ん?」

   手を止めて目を凝らす

ティオフェル「何だ?」

   木の箱。ティオフェル、近寄る。

ティオフェル「こんな箱今までこんなところにあったっけ?ん?」

   箱の隣にリラ。

ティオフェル「リラだ。兄上か姉上が持っていた物かな?それにしても不思議だ…こんなに目立つところにあるのに今まで気が付かなかっただなんて」

   リラを鳴らす。

ティオフェル「とてもいい音だ!」

   弾き出す。箱の中、セキセイインコが目を覚まして鳴き出す。

ティオフェル「小鳥のさえずりも聞こえるしなんと心地のいい…?」

   やめてキョロキョロ

ティオフェル「小鳥のさえずり?ここって地下だよなぁ…なのに何で?」

   インコ小箱を叩く。

ティオフェル「まさかこの中に鳥がいるなんて事は…」

   恐る恐る箱を開ける

ティオフェル「うわぁ!」

   セキセイインコが飛び出る

ティオフェル「セキセイインコ?」

   インコ、ティオフェルの肩に乗る

ティオフェル「人懐こい奴…可愛いな。私は鳥が大好きだ!」

   インコ、鳴く

ティオフェル「(真似して)ピペッ!ぺぺぺぺぺ!あ、そうだ!お前は“ピペッ!”って鳴くから名前はピぺにしよう!」

ピペ「…(汗)」

ティオフェル「私の名前はティオフェル。この国の王子だ、よろしく。これから仲良くしような」

   ピペの足を握って握手

ティオフェル「ちょっと待ってな、お前は何を食べれるかな?くるみのクッキーでいいかな?」

   小走り

ティオフェル「何処にも行くなよ!今作ってきてやるからさ!」


   クッキーを作るティオフェル。そこにエステリア。

エステリア「まぁ王子様!一体何をなさっているの!?」

ティオフェル「さっき突然セキセイインコが迷い混んできたんだ。だからそいつのご飯を作っているんだよ」

エステリア「インコですか。王子様は動物がお好きですものね」

   ティオフェルを見つめる。

エステリアM「でもこうしてまじまじ見つめているとやはりご兄弟なのだわ…何処と無くイプスハイム様に似ていらっしゃる…」

ティオフェル「ん、何だ?」

エステリア「ティオフェル王子様!」

   ティオフェルに強く抱きつく

ティオフェル「おいおい何だ、いきなり気持ち悪いなぁ!やめろよ!」

エステリア「やっぱり私、王妃様のおっしゃった通り、ティオフェル王子様のお許嫁になろうかしら?」

ティオフェル「急にどうしたんだよ!」

   照れ笑い。

ティオフェル「そなたは兄上に一途の筈ではなかったのか?兄上が戻られたら妬くぞ!」

エステリア「いいのですわ!あんなイプスハイム様なんて思いっきりやきもち妬かせてやるんですから!」

ティオフェル「そのために私を利用する気か?」

   二人、ふざけ会う。ティオフェルの翡翠のペンダント、輝き出す。

エステリア「王子様、見て!」


   ゴノスーロ宮殿・バルコニー。イプスハイム一人。

イプスハイム「ん?」

   エステリアとの婚約指輪、光出す。

イプスハイム「これは…!」



ティオフェル「これは?」


   ティオフェルとエステリア、不思議そうに輝きを見つめる。イプスハイム、急いで部屋を飛び出す。