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全国大会で訪れた初めての東京で感じた上流社会

高校時代は放送部に所属し、朗読をやっていた。野球部に甲子園があるように、放送部では年に1回、7月下旬にNHK主催の全国大会があり、県大会で3位以内に入れば出場できる。私は2年生の夏に出場し、まず準々決勝、翌日に準決勝に出場した(決勝には進出できなかった)

私が東京を訪れたのはこのときが人生初、飛行機に乗るのも人生初であった。私が朗読を頑張ったのは、大会でいい成績を残したいというのがもちろん1番の理由だったが、「東京に行ってみたい」というのも理由の1つだった。全国大会出場のためなら、東京への旅費は学校から出してもらえるのだ。

準々決勝、準決勝は皇居近くの複数の施設で実施された。私は「東條会館」という施設に行ったことを妙に覚えている。朝から会場入りし、自分の順番になったらステージに上がって朗読をする。制限時間は2分45秒。あっという間に終わってしまう。

大会が終わったのは昼食時だったが、東京の飲食店に一人で入る勇気がない。たしかあれは麹町だったが、高校生が気軽に入れる店はなかったし、今もないだろう。ビルの間に、コンビニともいえない、小さな食料品店があった。その店でパンを買ったのだが、家の近くのコンビニで見るのと同じ、ジャムとマーガリンを挟んだコッペパンがあり、何だか安心したのを覚えている。たしか、皇居の外堀にある細長い公園でパンを食べたのではなかっただろうか。

昼食を終えた私は、ふらりと近くのビルに入った。それが東條会館だったのか、どこかのホテルだったのかは思い出せないし、わからない。売店があったので入ったら、田舎では見ることもないような高級そうなお菓子や、雑貨が並んでいた。私はそこで親戚へのお土産を買ったと思う。

レジに向かうと、私たちの父親くらいのスーツ姿の男性と、綺麗な女性が前に並んでいた。女性が男性に向かって、

「お嬢さんへのプレゼントですか?」

と話しかける。しばし、2人は男性の娘について話す。それを横で見ていた私は、

「ああ、こういう上品な、お金持ちそうなお父さんのいる人は幸せだな」

と思った。パリッとしたスーツの似合う、堂々とした雰囲気の男性だった。スーツを着る機会など冠婚葬祭のときだけ、お世辞にも着こなしているとはいえない父を思い出し、何だか少し悲しくなった。

買い物を終えた男性は、私のそばを通るときに

「ああ、失礼」

とぶつからないようにさっとよけてくれた。すべてが洗練された印象だった。

その男性が何をやっている人なのか、どこに住んでいる人なのかわからない。東京の人ではなく、出張でここにいるだけの人かもしれない。お金持ちかどうかもわからない。だけど、私はその男性を「東京のお金持ち」と認識した。私にとって、上流社会を感じた初めての経験であった。

☆☆☆☆☆

放送部の活動(朗読)はとても楽しかったけど、部活の思い出として1番強く印象に残っているのは、この東京での出来事である。

その後、東京に住んでいても東條会館に行く用事はないけど、皇居ランナーの私にとって、たびたび訪れるエリアではある。コンペパンを齧った公園は、ランニングのルートの一部である。写真は数日前にランニング途中にスマホで撮影したものである。

いまの私は上流社会にはほど遠いけど、東京で不自由なく生き、ときどき贅沢できるくらいの経済力はある。仕事でスーツを着る機会も多い。ホテルの売店でも堂々と買い物できるし、お金持ちそうな人を見かけても気後れすることはない。

だけど、あの夏の日に、ビルの間の小さな店で見慣れたコッペパンを見つけて安心したことも、お金持ちそうな人の多いホテルの売店で気後れしたことも、ずっと覚えておきたいと思う。もし私が東京のお金持ちのお嬢さんであれば経験できなかったことだから。田舎の、お金もない家の高校生が一生懸命頑張り、自分で勝ち取って行った東京で経験したことだから。

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