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芥川龍之介「トロッコ」考

『トロッコ』の主題とは何か?今回はイントロ回になります。
トロッコは、芥川龍之介30歳の時の作品です。発表以来多くの書物に収められ、読まれている芥川代表作の一つです。
この小説は、大正11年(1922年)3月1日発行の雑誌『大観』に掲載されました。何と1922年2月16日にわずか一晩で書き上げたものと言われています。芥川は筆が遅い事で有名でした。その理由の一つは、己の作品を一つの芸術たらしめるために、納得いくまで推敲に推敲を重ねて、作品を完成させたからなのです。その遅筆の芥川が、たった一夜漬けで書き上げることができたのは何故でしょう?その理由の一つは、この小説の元ネタ提供者が存在したからだと思います。
『トロッコ』の主人公は、8歳の「良平」が主人公でした。良平のモデルは、『トロッコ』の素材提供者で芥川ファンの力石平蔵です。力石平蔵の提供した原稿用紙5〜6枚の物語が、芥川龍之介の手によって、12〜3枚の書き改められて世に出ることになったのです。
力石平蔵が提供した素材は、「主人公良平が憧れのトロッコに乗せてもらって、調子に乗って遠出をしてしまって、夕暮れの道を、不安や恐怖、焦り、悲嘆の中で夢中で駆け抜けて、家に飛び込んで母にすがって泣きじゃくる、」こんな内容でした。『トロッコ』の方にもこんなシーンありましたよね?良平の物語自体は素材に沿って作られているのに、 出来上がった芥川の『トロッコ』について、平蔵は、「永遠に俺のじゃのうなった」と言ってぼやいてるのです。
平蔵体験は、「帰り道で大変な思いもしたけれど、最後は暖かい家族のもとに帰って家族が僕を迎えてくれた」という懐かしい思い出が軸になっています。これはトロッコのストーリーと重なってますよね。
じゃあ、平蔵は一体この作品のどこに不満があったのか?
それは、ラストシーンだと思います。「良平は二十六の年、妻子と一しょに東京へ出て来た。今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆を握っている」
このラストシーンが小説を「芥川色」に染めていると言えると思います。(例えるなら、最後にマヨネーズかけるようなものです。)このラストがあるのとないのでは、小説の雰囲気ガラッと変わりますね。大人になった、主人公が過去を回想するシーンはオンライン授業で扱った芥川小説でも出てきた構成ですね。

トロッコのラストシーンは、少年時代の物語に、急に大人になった良平(推定アラサー)が顔をのぞかせます。26歳で東京に出てきて、不安定な仕事で妻子を養う良平。ほんの数行の描写からは、良平の人生が苦悩に満ちたものである雰囲気が出まくっていますね。そんな人生に疲れた良平の中にふっと蘇った記憶が、少年時代のあのトロッコ体験だったんです。
トロッコにはもう一箇所、大人の良平が顔を出すシーンがありますが、トロッコの主題は、二箇所の「大人の良平の回想シーン」抜きには語れないと思います、
『トロッコ』は学校教材としての一般的な指導書には、良平が歩んだトロッコの道のりは、「人生」に喩えて説明されています。足元の覚束ない中で、たった一人で不安を抱えながら夜道を駆け抜けなければならなかった、辛く苦しいあの時の記憶―それと、大人になった良平の今の人生が重なるからこそ、良平の中にふと記憶として蘇るのです。
この解釈については、私自身異存はありません。ただ、それで終わると何か物足りなくありませんか?
大人の良平が少年時代を回想する二箇所のシーンに関連性は無いか掘り下げていくことで、もう少し、突っ込んだところでトロッコの主題を考えることが出来るのではないかと思うのです。続きはまた気が向いたときにでも。

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