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No.4 「夏のスピード」

第四回は、シングル『もう恋なんてしない』のB面から「夏のスピード」です。

四回目にしてマイナーオブマイナー曲の登場ですが、これまた名曲なんです。夏と恋の終わり。槇原にしては珍しいくらい自虐的というか、自分の気持ちの整理に精一杯になっている様子を歌った一曲。

相手を思う気持ちよりも一層生々しい、ナルシスティックな感慨に耽っている描写が見所です。

夕立の後の空を 逃げるように流れる雲
僕らの明日も こんな風ならいい
抱きしめた僕の腕を 本当はほどきたいのに
じっとしてるのは 最後の我慢だろ

早速情景描写を用いた比喩から始まります。

「じっとしてる」という現在形からも分かるように、今まさに別れの場面ですよね。別れ際、最後の抱擁を交わす二人。

「本当はほどきたいのに」、「最後の我慢だろ」...。別れを切り出したのは、どうやら「君」の方のようです。もちろん物理的にも「ほどきたい」のでしょうが、精神的なものも考えられているでしょう。早く「僕」の影響下から逃れてしまいたいという。

「夕立」のようにザーッと降ってすぐ終わってしまう。「僕らの」別れ際のドタバタやざわつく気持ちも、明日になればそんなふうにさっさと流れ去って、晴れてしまえばいいのに。割とストレートな比喩です。

さよならの場所を選ぶ 余裕さえないほど
僕ら何を急いだの

今夕立が上がっているということは、フラれたタイミングではまだ降っていたのかもしれません。それも(この後の歌詞でわかりますが)割と人がたくさんいる場所のようです。「さよならの場所」としては、ちょっとドラマティックさに欠けますよね。

前述の通り、「君」はさっさと別れてしまいたいわけです。そんな「君」にとって、「さよなら」に特別な意味はない。「僕」としては、何もそんなに冷たくしなくても...という心境なのだと思います。

切り出したさよならは 君の小さな声
はじめにごめんと 言ったのは僕の声
夕暮れが遅すぎて 影を踏むのにもう
疲れたあの夏の日のように...

別れを「切り出した」のは、やはり「君」でした。そして「僕」はそれに、「ごめん」と答える。

槇原の描く主人公は、「さよなら」に対して「さよなら」とはあまり答えません。「ごめん」と言うのです。それは別れの原因が自分の落ち度にあると考えがちだからです。

僕が君を傷つけた、悲しい思いをさせた、だから君は次の人を求め僕から離れていく...。良くも悪くも相手にとっての自分の存在感を過大評価する人間の特性、まさしく等身大の感覚をうまく表現しています。

ちょっと解釈が難しいのは「夕暮れ〜」のくだりです。「影踏み鬼」ってありますよね。この場面では、それで遊んでいた頃の記憶に現状を重ねているのだと考えるとしっくりくるはずです。

つまり、「君」は「僕」から逃げている。「僕」は「君」を追いかけ続けたいわけだけれど、もう疲れ切ってしまった。これまでも何度か食い下がってきたのかもしれません。だからもう「嫌だ」ではなく、「ごめん」悪かったと言って関係を終わらせてしまう。

跳ねた水で濡れた スカートのすそ気にしながら
人の波に 君が消えてゆくよ

冒頭の情景を思い出してください。二人の別れの舞台は、一頻り降った夕立の後の街です。ちらほらと水溜りもできていることでしょう。長い丈のスカートを履いていれば、歩いている間に水が跳ねてもおかしくありません。

何だただの情景描写かと思うなかれ。含意があるはずです。つまり、「僕」との別れを「君」がさほど重く受け止めていないということです。深く悲しみに沈んでるなら、スカートの水跳ねなんて気にしてる余裕なくないですか?ドラマでもよくあるじゃないですか、悲しみに打ちひしがれる主人公が豪雨の中びしょ濡れで立ち尽くす、みたいな。

前の歌詞ですでに、「君」は早く腕を「ほどきたい」のだろうというようなことも言っていました。「君」にしてみれば、やれやれやっと決着がついたわ、とそのくらいのものなのでしょう。そしてそのまま歩き去って、「人の波に」「消えて」しまう。気持ちの圧倒的な勾配が、「僕」にとっては耐え難く辛いでしょうね。

小さすぎる肩を 悲しいと思うのは
自分に向けた 最後の強がり

歩き去る「君」は、「僕」との別れをさほど意に介していないわけです。清々しているくらいかもしれません。「悲しい」はずはない。

でも、「僕」はそこに悲しさを見出そうとする。「小さすぎる」肩、背中を哀愁漂うものとして見ようとする。「君」も「悲し」んでくれているだろう、だからあんなに小さく、哀れな感じに見えるのだろうと言い聞かせているわけです。

「自分に向けた最後の強がり」なんですね...。

あれほど君に言われた 背中丸める癖
それさえ治せないまま

付き合っている間、背中丸まっててみっともないよ、というようなことを再三言われていたのかもしれませんね。そんな意識すれば治せるようなことでも、「君」のことを聞いてあげていなかった。それ以外のことなら尚更なのでしょう。もっと真摯に向き合ってあげればよかったことがいくらもあるなあ、という後悔ですね。

(「僕」がこの時背中を屈めて泣いているのだとしたら、癖に絡めて、最後まで自分は背中をしゃんと伸ばしていられなかったなあと自虐的に悲しさを表現している、とも見れるかもしれません。この後の歌詞で、おそらく「僕」は泣いているのか泣いた後であることが推測できますから、割と説得的な解釈ではあると思います。)

傷付いたふりをして 違って見える街を
楽しみながら 歩くよな僕だけど

個人的ハイライト。言ってることは単純で、悲しみに浸っている自分にある種酔いながら街を歩いているという、まあナルシストの独白です。

もちろん悲しいでしょう。心に空隙ができてしまった感じ、それは嘘ではない。でも、人間って大抵の場合どこかでそんな自分を客観的に見てる部分があるんですよね。あ、俺これこれで悲しんでるよ。今俺は悲しいんだっていうメタ認知がある。

だから、悲しみに沈潜しきれないわけです。もうひたすら悲しい、ただ悲しさだけがあるのなら楽しんでいる余裕なんてない、本当の意味での悲劇です。少なくとも「僕」は違う。悲しんでいる自分を俯瞰して、「悲劇の主人公」になっていることに酔っている。「悲劇の主人公」という空虚な称号を手に入れた時、街もまた「違って見える」。特権的な「かわいそうな僕」によって全てが価値づけられる世界になるからです。それを楽しんでしまうという心情が、実は当事者としてはなおのことしんどいんですよね。悲しみ一色の世界の方が、実は「楽」です。

感傷って畢竟ナルシシズムです。そしてそんなイタさを、程度の差はあれみんな共有しているものだと思うんです。感情だけでなくて、それをメタに捉えてしまう視点も折り込まれた上で成立する「等身大の感覚」を卓抜に表現しています。

雑踏でもクラクションでも こめかみに残ってる
痛みさえも消してくれない

街の喧騒はかなり喧しいはずなのに、この時の「僕」には遠くのことのように響いているのでしょう。それが「こめかみに残ってる痛み」...泣いた後、熱がある時のように眼やこめかみがガンガンと痛んでいる...を全く紛らせてくれない。

「雑踏」や「クラクション」みたいにかなりうるさいものって、耳にかなり響きますよね。つまり、「こめかみ」の「痛み」と、場所的にかなり近接して知覚されると思うんです。泣いた後の内側から張り出すような痛みと、外から容赦なく届いているはずの音響が、しかしうまく打ち消しあってくれない。当然っちゃ当然ですが、内外の知覚が不整合的に襲ってくる様をうまく表していると思います。

切り出したさよならは 君の小さな声
はじめにごめんと 言ったのは僕の声
夕暮れが遅すぎて 影を踏むのにもう
疲れたあの夏の日のように...

ラストのサビですが、解釈は前掲の通りですので割愛します。

さて、最後はタイトルの解釈です。「夏のスピード」。直訳で「夏の速さ」。もちろん風速とかいう時のように「速」がニュートラルな意味で使われている可能性もありますが、ここでは「速い」という主観込みの表現でしょう。

ちょっとわかりにくいかもしれませんね。「速い」も「遅い」も、メートルとかグラムのようにニュートラルな指標では本来ないはずですよね。確かに車の「速さ」と言う方が「遅さ」というよりもなぜかニュートラルな感じがしますが、そもそもはお互いに偏りのある表現なわけです。夏の「速さ」と言うと、「遅さ」というのに比べて、夏が素速く過ぎ去ってしまったという感慨を含んでいるように感じられないでしょうか。

つまり、やはり舞台は夏の終わりなのだと推測できます。夏と恋の終わりを重ね合わせているわけです。一夏の恋、だったのですかね。ともかくも「君」との蜜月の時を象徴的に示すものとしての「夏」が、あっという間に終わってしまった。そんな感慨のこもったタイトルなのではないでしょうか。


ということでいかがだったでしょう、「夏のスピード」。基本重い槇原の作品ですが、そのベクトルがかなり内向きになっている一曲でした。

余談ですが、僕、そういう自意識のもつれみたいなものを描いた作品大好きなんですよね。最近NETFLIXで「機動戦士ガンダム」と「新世紀エヴァンゲリオン」を見たのですが、あれらは最高でした。アムロもシンジも、ロボットに乗ることについてウジウジ文句言ったり拗ねたりするんですよ。自意識過剰気味で、どうでもいい(と周囲の人間は思うようなこと)でクヨクヨ悩んで、苦しんで。とてもルフィとか悟空のような、いわゆる「主人公」らしくない、そういう人間くささがたまらなかったですね。

話が逸れました。次回は、かなりとんで9thアルバムから「pool」をご紹介します。

「夏のスピード」と「pool」、この二曲の理解が、実は次々回紹介する曲の解釈を準備してくれてるんです...。お楽しみに。

それでは。


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