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半長靴の曇りは心の曇り

「半長靴の曇りは心の曇りだ!つま先が鏡になるまで磨け!」

これは、新隊員の頃に班長(直接指導を受ける上官)達からDNAに刻み込まれるくらい言われていた言葉である。

「半長靴」は「はんちょうか」と読む。
自衛官が履いている、革のブーツのような物だ。

自衛官はとにかく半長靴の手入れをする。

戦地で自分の身を守ってくれる大切な装備品の整備、という目的はもちろんのこと、品位を保つという目的も大きい。

訓練が終わり隊舎に入る時には玄関前に設置されたエアーや水道で簡単に汚れを落としておき、食事・入浴の後の自由時間に改めて磨きにかかる。

所要時間は15~20分。

場所は、非常階段の踊り場が多い。

イヤホンで好きな音楽など聴きながら1人の世界に入って黙々と磨く隊員や、同期とお喋りしながら磨く隊員、様々である。

自衛隊から支給される靴墨を、ブラシや柔らかい布を使ってじっくり丁寧に革に塗りこんでいく。
靴紐をはずし、靴紐を通す穴の裏側部分も磨く。
外から見えない部分にも手を抜かない。

つま先は特に時間をかける。
指に布を巻きつけ、小さな円を描くようにくるくると細かく靴墨を塗りこんでいく。途中で数滴水を付けながら更にくるくると円を描き続けていくと、徐々に光沢を帯びてくる。そして根気よくその作業を続けていくと、突然、黒ダイヤのように輝き始める。
班長の言葉通り、自分の顔が映るくらいに輝いた瞬間だ。

そうやって毎日毎日手入れをしていくと革がしっくり自分の足に馴染んできて、半長靴は、唯一無二の相棒へと変貌を遂げていく。

辛い訓練から逃げ出したくなっても、毎日半長靴を磨き、相棒の凛と輝く姿を見て、“また明日もコイツと一緒に頑張るか…“という気持ちが少なからず沸いてくるから不思議なものである。

自衛隊を辞め、シャバ(自衛隊用語で、自衛隊の外の意)に出て自由を謳歌している現在でも、『半長靴の曇りは心の曇り』がDNAに刻み込まれている私は靴磨きを欠かさない。

シャバでも辛いことはたくさんあるけれど、ピカピカに輝く新たな相棒たちと一緒なら、それを乗り越えていける気がする。

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