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その日、僕と妻は「ツーリスト」を見た

その日、僕と妻は映画「ツーリスト」を見た。
主演がアンジェリーナ・ジョリーとジョニー・デップ。
その頃、妻はジョニー・デップに入れ上げており、僕はアンジェリーナ・ジョリーの大ファン。
これは、見るしかない。
国際指名手配犯の恋人として警察にマークされるエリーズ(アンジェリーナ・ジョリー)、ふとしたきっかけで一緒に行動することになった数学教師のフランク(ジョニー・デップ)、2人の逃亡劇。
舞台となった水の都ヴェネチアの美しい風景、最後のどんでん返しにも満足して、僕たちは映画館を後にした。

帰りに立ち寄ったTSUTAYAのガレージで車に乗り込み、どこかで休憩しようかと相談しながらエンジンをかけた時だ。
つけていたカーラジオからチャイム音が流れた。
その音は、通勤の車の中でよく聞いていた、地震速報の通知音だった。
NHKラジオが緊急時にはこんな音が流れますよとお知らせしているのを、毎朝聞いていた。
言葉にするのは難しいが「ペロンペロン ペロンペロン」というあれだ。
へぇー、こんな時間にもお知らせを流しているんだと思って聞いていたが、どうもアナウンサーの声が切羽詰まっている。
いや、これは本物らしい。
妻に伝えようとした時、
「今、少し揺れなかった?」
確かに、車につけていたアクセサリーが揺れている。
「緊急速報の音が流れてたよ」
すぐにスマートフォンで調べる。
どうやら、東北の方でかなり大きな地震があったようだ。
その時、僕たちがいたのは、京都と大阪の中間あたり。
そこまで揺れたのだからと、その大きさを思い知った。
それでも、まだわからなかった。
それが、これまで体験してきた地震とは違うのだということが。

カフェで休憩をしたり、買い物をする間に、スマートフォンを確認する。
SNSなどでも、状況が流れてくる。
僕たちは少しずつ言葉が少なくなっていった。
家に帰ると、すぐにテレビをつけて、パソコンを開いた。
そこには、見たこともない光景が映し出されていた。
その時の感覚、強いてそれに近い感覚を探せば、9.11の映像を見た時だろうか。

それは、小説や映画の中だけのものであって、決して現実であってはならない光景。
それが、現実のものとして容赦なく、テレビやパソコンの画面から流れてくる。
どんな物語も打ち砕いていく映像。
どんなにお前たちが想像しようとも、何を創ろうとも、それが何になる。
お前たちは、結局、無力なのだ、なす術もなく見守るしかないのだ。
そんな声がどこからか聞こえてくる。
僕と妻は、黙って流れてくる映像を見続けるしかなかった。

2011年3月11日、僕と妻は「ツーリスト」を見た。

妻の言葉が、何故か忘れられない。

「ジョニー・デップも心痛めてるかなあ」

それから数日して、僕たちはもう一度「ツーリスト」を見に出かけた。
何となく、もう一度見るべきだと思ったのだ。


#映画にまつわる思い出

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