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『金の斧』 知られざる結末

誰もが知るイソップ寓話『金の斧』には、誰も知らない驚きの結末がある。原作では〝正直者〟のきこりを讃える。しかし、本当にそうだろうか?正直であれば、それだけで報われるのだろうか?そんな小生の疑問を元に、物語をリメイクしてみた。あなたは、どう感じるか?

はじめに/短編小説『金の斧』知られざる結末
(このあと本編/10分で読めます)

◾️第一章『LEGEND/伝説』

きこりは、いつものように木を切っていた。
せっせ、せっせと、一生懸命に。

しかし、その日は疲労のせいもあって
あり得ないヘマをする…

斧が手からすり抜け、池に落としてしまう…


きこりは…絶望した。


斧がなければ、仕事ができない。
自分も家族も路頭に迷うことになる。



きこりはうずくまり、頭を抱えた。


すると、奇妙な現象が起きる。
斧を落とした池の水面がキラキラ光り始めた。



「えっ!? これって、もしや・・」

きこりは思い出した。
古より伝わる〝女神〟の伝説を。


〝ザッッパァァーーン〟


きこりの予感は的中した。

水面が割れ、神とおぼしき者が
ゆっくりと姿を現す…


ただ、それはどう見ても〝女神〟ではなく
うす汚れた ヒゲの〝オッサン〟だった…


◾️第二章『HONESTY/正直さ』

池の中から突如現れたオッサンが
いかにもダルそうに口を開く。


「あぁぁ~もぉぉ!! 朝から邪魔くさい!
 こんな物騒なもん、池に落とすなや」


〝か、関西弁・・!?〟きこりは耳を疑った。



「アンタが落としたん?」

「は、はい」

「ほな、しゃあない。聞くで」


〝キタ…!〟きこりは身構えた。

目の前にいるのは…伝説の女神と程遠いが
きっと、あの〝質問〟が来る…


「アンタが落としたんは、この金の斧か?
 それとも銀の斧でっか? はよ答えぃ!!」


かなり投げやりで乱暴だが間違いない…

きこりは確信した。
古からの〝言い伝え〟通りだ。


一縷の迷いなく、きこりは答えた。

「いいえ。私が落としたのは
 ただの鉄の斧です」



オッサンの両眼が開かれた。
「お前・・アホか?」


〝え、ええー!?〟きこりは絶句した。


オッサンは鼻をほじり吐き捨てる。

「まさか、正直に答えれば
 エエモンもらえるとか思てたん?」



きこりは首を振った。
「いいえ!そんな下心からではなく
 私は正直に・・」


<<< じゃかぁしぃぃっ!! >>>


オッサンがシャウトした。
きこりには訳が分からない。


オッサンが真顔で問う。

「ええか。お前がホンマに正直なら
金の斧が欲しいに決まっとるやろ。
違うか?」


「はい・・」きこりは俯いた。


「だったら、なぜそう言わんのや
 勿論、嘘はダメやで。嘘は一発アウトや。
 せやかて、馬鹿正直なだけでは
 何も変わらん
がな…」



〝じゃあどうしろと・・〟きこりは困惑した。


「ほな、もう1回チャンスをやるで。
 30分後や。よう考えてみい」



オッサンはそう言い残し
ゆっくりと池の中に沈んでいく…



きこりは、何とか声を絞り出す。
「わ、分かりません!ヒントをください!!」



沈みきる寸前…オッサンが吠える。


<<< パッション!!! >>>


その一言を叫び、池の中に消えた…



◾️第三章『PASSION/情熱』

きこりの脳内は錯綜していた。

オッサンが言い残した〝パッション〟とは
つまり…〝情熱〟


真実でも嘘でもなく
〝熱い想いを語れ〟ということだろうか・・


考えがまとまらない中、その瞬間は来た。


〝ザッッパァァーーン〟


水面が割れ、オッサンがゆっくり姿を現す。
口に楊枝を咥えている・・食後か。ダルそうだ。


「いくで。落としたんは
 金でっか? 銀でっか? はよ答えぃ!!」


質問の〝はしょり〟がエグかった…
答えを間違えば、即座に終わる予感。



猛烈なプレッシャーに襲われつつも
思考を総動員し、きこりが答える。

「わ、私が落としたのは、鉄の斧です。
 で、でも私は、金の斧が欲しいです」


「・・・ホワイ(Why)?」
オッサンがしらけ顔で問う。



「金の斧を売りそのお金で人を雇います。
そうすれば、伐採する森の範囲を拡大できる。
稼ぎが何倍にもなり、私も家族も豊かに暮らせる。もちろん、雇った人たちと共に・・です」



「ほぉう・・」オッサンの表情が微かに緩む。


きこりはそれを見逃さない。畳みかける。

「だから、金の斧を、私にください。
 私の周りの人たちを、幸せにするために


〝決まった!!〟きこりは内心ガッツポーズした。



だがオッサンは、そっけなく言った。
「ふーん。60点。ほな落第!」


〝う、嘘だろ・・〟きこりは絶句した。



心情を察したのか、オッサンは続ける。

「まあ、己だけでなく〝周りの幸せ〟まで
 考えられたんは、ええよ。100歩譲って」



「で、ではなぜ・・!?」きこりは食い下がる。


オッサンは楊枝を指に挟むと、呟いた。

「あのな、ちっさいんよ。志が。
 考えも浅い、狭い、自分本位。
 それじゃ誰も共感できんがな・・」


 


〝き、共感・・?〟きこりは戸惑う。



情熱は込めたつもりだ。
が、それだけでは〝共感〟は得られない?

ではどうすればいいのか・・


きこりがまたも思考迷子に陥りかけたとき
意外にもオッサンが救いの手を差し伸べる。

「もっとスコープ広げてみい。ハッピーに
 できるんは〝己の周り〟だけじゃないやろ。
 〝社会や世の中〟にも貢献できるはずや」


〝社会や世の中・・?〟きこりは混乱した。


「せや。そこまで広がれば共感も得られるで」



オッサンが言っていることは
何となく、きこりにも理解できた。



しかし、やはり疑念は消えない。
「ですが、私は、単なるきこりです。
 社会とか世の中とか、そんな大それたこと・・
 ただ木を切る、私の仕事では無理です」



「無理にしとるのは、お前自身やろ?」

オッサンは、真っ直ぐな視線を向けた。


静かな迫力に、きこりの目が泳ぐ。



「しゃあない。またヒントをやろか」


きこりは息をのんだ。
心の底から…聞きたいと思った。


「ええか。分からなくなったら
 その〝起源〟にまで遡ってみい。
 そしたら、本質が見えてくるで



〝起源・・〟きこりは言葉を噛み締めた。
〝きこりという仕事の起源〟ということか?



「まだ分からん顔しとるな。しゃあない。
 出血大サービスや。10倍恩返しで頼むで」


きこりは深く頷いた。
オッサンは、饒舌に語り始める。


「イソップ寓話…知っとるやろ?
 そのひとつ〝レンガ職人〟の話や」


〝レンガ職人・・・?〟きこりは初めて聞いた。



「三人のレンガ職人に〝何をしているのか〟と尋ねた。三人は全く同じ作業をしているのに、三人の答えは、全く違った



オッサンは静かに続ける。
「一人目は〝親方に言われレンガを積んでる〟
 二人目は〝家族を養うため仕事をしている〟
 三人目は〝皆の夢が集う大聖堂を造ってる〟」



きこりは完全に惹き込まれた。
〝今の私は・・何人目だ?〟自身の心に尋ねた。


オッサンは真正面からきこりを見つめた。
「仕事の〝価値〟を決めるのは、お前自身や」



きこりは、心臓を掴まれた気がした。
自分の中で、何かが崩れた気がした。


「ほなラストチャンスや。30分!きばれや!!」


オッサンはそう言い残し
ゆっくりと池の中に沈んでいく…


が、沈みきる寸前…再び吠えた。


<<< パーパス!!! >>>


その一言を残し、池の中に消えた…



◾️最終章『PURPOSE/存在意義』

きこりの脳内では、思考が高速回転していた。


最後の言葉〝パーパス〟
その意味は、目的、目標、そして存在意義


〝きこりという仕事は何のためにあるのか?〟

〝その仕事を通じて自分は何をしたいのか?
 どうあるべきか? どうなりたいのか・・?〟


さらに、幾多のキーワードが脳内を躍動する。
情熱、志、仕事の起源、社会や世の中への貢献


ふと、きこりは不思議な感覚に包まれる。


頭の中は思考が飽和し悲鳴をあげているのに
心の中は極めてポジティブで挑戦的だった。


〝絶対に、答えを見つけ出してやる〟

奇妙な高揚感の中、その瞬間はやって来る。


〝ザッッパァァーーン〟

水面が割れ、オッサンが三度、姿を現す。
あくびを嚙み殺す・・寝起きか。ダルそうだ。


「いくで・・」

「私が落としたのは、鉄の斧です。
 でも、私に金の斧をください」

きこりはオッサンに被せて切り出した。
一刻でも惜しいと、言わんばかりに。


不意を突かれたオッサンを横目に続ける。

「私には、金の斧が必要です。
 だから、私に金の斧をください」


「・・・ホワイ(Why)?」
冷静さを取り戻すオッサン。


「金の斧を売り、そのお金で人を雇います。
そうすれば、伐採する森の範囲を拡大できる・・」



ここまでは、さっきの答えと同じだった。
オッサンの表情が険しくなる。


しかし、きこりは怯まない。

「私が保全できる森の範囲を拡大できれば
 地球と、そこに住む人々の幸福に繋がる」


「ほぉう・・」オッサンが反応する。
「また随分と、大きく出たやんけ」



きこりは臆することなく続ける。

「きこりの仕事は、木を切るだけじゃない。
 植林や間伐。豊かな森を育みつつ山を守る。
 ひいては自然環境を、地球を守ること」


オッサンは珍しく沈黙した。
きこりの口調が熱を帯びる。

「伐採した木々は、家や馬車や船となる。
人々の生活を支え、豊かな暮らしの礎となる。
この先の文明の進化にも、欠かせない」



オッサンは、黙って聞いていた。
きこりは、想いを言葉に込めた。

「そんなきこりの仕事を、私は誇りに思う。
 人がいる限り、なくてはならない仕事です」


 

口を開きかけたオッサンをきこりが遮る。
彼にはもうひとつ、言うべきことがあった。

「そして、私は一流のきこりを育てます。
 木が家の柱にまで育つには、数十年かかる。
 地球と人々の未来は、私一人では守れない。
 きこりを後世に残す。守り続けるために」


きこりとオッサンの視線が交錯する。
しばらくの間、辺りは静寂に包まれた…


やがて、オッサンは近くの切り株に腰掛け
煙草を一本取り出し、きこりに訊いた。


「火ぃ、あるか?」


きこりはマッチを取り出し、火をつける。

「ふぅぅーーっ」
美味そうにオッサンが吐き出す。

「確かに。木がなきゃ、これも吸えんわな」


オッサンは、遠くの森を眺めて言った。

「やるやんけ。80点。及第点や。ほれ」

持っていた金の斧を、きこりに手渡す。


その潔さに、きこりは驚いた。
当のオッサンは、涼しい顔で続けた。

「カネちゅうもんは、実は、使う方が難しい。
さっきの〝ビジョン〟絶対忘れたらアカンで」


そこからオッサンは色んな事を教えてくれた。

かつて、この池を女神が守っていたこと。
女神は、正直な青年に金の斧を渡したこと。
一夜にして大金を得た青年はきこりを辞めた。
金の使い方を知らない彼は瞬く間に落ちぶれ…
顛末を知った女神はひどく落胆し、失踪した…


そうして、オッサンが後を継ぐことになった。

どんな奴が来ても対話が成り立つように英語や方言にも精通するため、今は関西弁を習得中…


「関西弁の不自然な言葉尻はそのせいだぜぃ」
イキるオッサンの標準語(?)にも違和感しか無かったが、そのツッコミを、きこりは飲み込んだ。



「ほな、達者でな」


ゆっくりと池の中に帰っていくオッサンに
絶対に訊かなければならないことがあった。


「は、80点の理由が分かりません!
 足りない20点は、どこなのですか!?」


きこりのシャウトに、オッサンが止まる。
でもその表情は、なんだか嬉しそうだ。


「お前が口説きたかったのはワシやろ?
 せやのに、ワシになんも与えんかった。
 相手のメリット考えるのは基本のキや。
 今回は大目に見たけどな」


きこりは、目から鱗が落ちた。
オッサンの指摘は、正鵠を射ていた。


一番大切なのは目の前の相手のはずなのに
きこりは完全に見失っていた…



固まるきこりを尻目に
オッサンが愉しそうに続ける。

「ほな、満点への課題を言うで。この池な...
狭くてかなわんのよ。森と一緒に広げてくれや」



満面の笑みで、おっさんは両手を合わせる。

「10倍〝恩返し〟やで!頼むで!!」


唖然とするきこりを残し
池の中へ颯爽と消えていった…


【 了 】

最後までお読みいただき感謝します。正直者がバカを見る…誰しも経験があるはず。他人に対してよりも、どうすれば〝自分の想いに〟正直に生きられるかへの試行錯誤こそが、生きづらい現代を生き抜く術だと、私は思います…あなたは、どう思いますか? ぜひコメントで教えてください。
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あとがき/短編小説『金の斧』知られざる結末

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