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【検証】『優駿図鑑』(2021年10月4日発行/ホビージャパン)は本当にひどいのか(第7回)

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【検証】『優駿図鑑』(2021年10月4日発行/ホビージャパン)は本当にひどいのか(第6回)
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【検証】『優駿図鑑』(2021年10月4日発行/ホビージャパン)は本当にひどいのか(第8回)
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本原稿の引用は、特記していないものはすべて以下の書物を出典としています。

出典:優駿図鑑 - ホビージャパン

アグネスデジタル(すばらしい出来)

何も言うことはありません。完璧な出来だと考えます。「アグネスデジタルという上質な素材に1ページのみのスペース」「社台、ひいてはクロフネ関連のエピソードが使えない」「スペースがスペースなので、的場均騎手から四位洋文騎手へのバトンタッチのドラマも描けない」という縛りのなか、しっかりまとめられています。

昨年の衝撃から動向が注視される大一番。陣営が選んだのは天皇賞(秋)だった。当時の芝中長距離路線といえば、テイエムオペラオーとメイショウドトウの一騎打ちが続いていた時代。アグネスデジタルは4番人気ながら単勝は20.0倍と穴馬扱いに留まったが、結果としてTM対決に引導を渡す大外からの見事な差し脚を披露する。

2001年天皇賞(秋)に関する記述です。この出走決定によって、外国産馬の出走枠が2頭だったためにクロフネが出られなくなったわけですが、そこに触れないかわりに「テイエムオペラオーとメイショウドトウの2強時代の終焉」という、ぜひとも注目したいポイントにフィーチャーしています。

参考動画:2001年 天皇賞(秋)(GⅠ) | アグネスデジタル | JRA公式 - YouTube

同レースを見たことがない方は、上記にてご覧ください。1着アグネスデジタル、2着テイエムオペラオー、3着メイショウドトウ。これまであらゆる相手を倒してきた2頭に先着したのは、まさしく「戦場を選ばない真の勇者」でした。

ちなみに、アグネスデジタルはヒーロー列伝では「真の勇者」、ファンには「変態」などと言われていたことで有名ですが、2chの専用スレッドでは「異能戦士」と呼ばれていました。私はこの呼び方も「真の勇者」と並んで大好きです。

キャリア32戦のうち、中央芝3勝、中央ダート4勝、地方ダート4勝、海外芝1勝。「常識にとらわれることこそが非常識」と言わんばかりのオールラウンダーで、その勇姿は今なお語り草となっている。

こちらが本文最終行。きれいな終わり方です。何も言うことはありません。アグネスデジタルという存在が「まさに優駿である」と解説してくれる、良い1ページでした。

アグネスデジタル(血統の話)

アグネスデジタルはアメリカ生まれの外国産馬で、Crafty Prospector(クラフティプロスペクター)産駒の母父Chief's Crown(チーフズクラウン)です。幼駒時代のアグネスデジタルを見て、のちに管理することになる白井寿昭調教師がすぐに買うことを決断した逸話がありますが、ここではおいておきましょう。

クラフティプロスペクターは大種牡馬Mr. Prospector(ミスタープロスペクター)の直仔であり、すなわち「ミスプロ系」に属する種牡馬です。日本に輸入されたクラフティプロスペクター産駒としては、アグネスデジタル以外に有名な馬が数頭います。

まず、1997年フェブラリーSで、シンコウウインディと接戦を演じ、クビ差の2着だったストーンステッパー。1997年フェアリーSの勝ち馬であるレディステラ。それから、1996年の東京盃とクラスターCを勝ったトキオクラフティーなどが挙げられるでしょう。

参考動画:1997年 フェブラリーステークス(GⅠ) | シンコウウインディ | JRA公式

ただ、重賞を勝ったわけではないものの、ある意味で大いにファンの記憶に残った馬がいます。それがタイキウルフです。パドックで発情していた馬としては、1997年ジャパンカップで来日し、優勝まで勝ち取ったピルサドスキーが有名ですが、このタイキウルフも相当な「馬っ気」を出すタイプでした。

しかも、複数回これを見せたため、本番に体力が残らないこともしばしば。3番人気に推された朝日杯3歳Sでは10着に、1番人気だった菜の花Sでは12着に敗れています。

それでも、1994年のクリスタルCでは、タイキウルフの本来の力が発揮されました。彼の持ち味である短距離での逃げでぐいぐいと伸び、あと少しでゴールというとき……彼女がやってきます。ヒシアマゾンです。

そう、この年のクリスタルCこそ、ヒシアマゾンが現代でも語り草となる末脚を繰り出したレースでした。同レースはファンがアップした動画しかないためリンクは貼りませんが、もしご覧になった方がいらっしゃらなければ、ぜひ一度見てみることをおすすめします。このとき逃げて2着に入ったのがタイキウルフです。

クラフティプロスペクターは、母父としてもいくつかの結果を残しました。特にIntikhab(インティカブ)を出したことは大きな実績といえるかもしれません。

インティカブもまた当時G2のクイーンアンSを制するなど活躍して種牡馬入りしましたが、彼からは優秀な牝馬が多く生まれました。そのなかでも代表的なのがスノーフェアリーです。彼女ははるばる日本まで遠征してきて、2010年と2011年のエリザベス女王杯を連覇しました。

参考動画:【エリザベス女王杯2010】スノーフェアリー「秋の京都に雪が舞った」 《連覇した女王たち#3》 - YouTube

特に、この2010年のエリザベス女王杯は、「かつて日本馬が海外馬に蹴散らされていた時代」を彷彿とさせる圧倒的な実力差を感じさせました。これこそ見たことがない人に見て……まあ、どの動画も見たら本当にすごいんですけどね。

参考動画:【エリザベス女王杯2011】スノーフェアリー「やっぱり今年も強かった」《連覇した女王たち#3》 - YouTube

何しろ、2011年のエリザベス女王杯もそれはそれで「ヤバさ」が一目でわかります。スノーフェアリーを見ると、「やはり海外の一流馬で適性が合う馬はやばい」「国籍に関係なく、強い馬には圧倒的な衝撃を受ける」という事実に気づかざるを得ません。

今回は短いですが、これくらいで終わるのが本来は適正でしょう。ほかの馬も見ようかと思いましたが、あせらず少しずつ進めていきます。実際のところ、諸手を挙げて歓迎したい記事ばかりなのが一番ですね。

何かありましたら、ツイッターまでご連絡ください。

次回はキングヘイローを予定しています。残念ながら、諸手を挙げて歓迎できないのがわかっている記事です。