見出し画像

【検証】『優駿図鑑』(2021年10月4日発行/ホビージャパン)は本当にひどいのか(第2回)

********
【検証】『優駿図鑑』(2021年10月4日発行/ホビージャパン)は本当にひどいのか(第1回)
https://note.com/mariyatsu/n/n18f7704c9750
********
【検証】『優駿図鑑』(2021年10月4日発行/ホビージャパン)は本当にひどいのか(第3回)
https://note.com/mariyatsu/n/n4e37f7da8f49
********

前回の記事は上記。以後、新規記事という形で検証を継続していきます。さっそくまいりましょう。

なお、本原稿の引用は、特記していないものはすべて以下の書物を出典としています。

出典:優駿図鑑 - ホビージャパン

全体を3行でまとめると

● ゴールドシップのキャラクター性に引きずられすぎている
● ゴールドシップの2012年と2015年以外の出来事が抜け落ちている
● 競馬そのものに関する危険な発言(テキスト)

ゴールドシップ(基本情報)

脚質:追い込み

あえて言うなら、脚質追い込みなのでしょうね……。ちょっと迷ったのですが、一応は触れておきたいなと。

ゴールドシップは発馬で難を見せやすい馬で、ゲートが下手というよりは「賢すぎるゆえに、スタートの指示にゆったりと応える傾向」があったように感じられます。

このため、道中は確かに後方にいることが多く、ゲーム的な考え方、脚質の分類方法でいえば、間違いなく脚質は追い込みになるでしょう。

一方、2013年宝塚記念、2014年阪神大賞典、2014年宝塚記念では先行して勝利を収めています。しかも、2着との着差は0.6、0.6、0.5と傑出した数字です。ゴールドシップが大いに賢く、指示に従って王道競馬ができたときはさらなる実力が引き出せた点は、ぜひとも補記しておきたいところです。

Key Race:'12皐月賞
Best Race:'12有馬記念

上記の観点からすると、鍵となったレースはいわゆる「ワープ」を見せた2012年皐月賞としても、ベストレースが2012年有馬記念というのは議論の余地があるかもしれません。2012年ではオーシャンブルー、ルーラーシップ、エイシンフラッシュといった相手を下しましたが、16番手から進出しての勝利でした。4角10番手からの差し切り勝ちというのが、脚質追い込み的な豪快そのものの勝ち方ではあります。

よって、記事内のテイストと総合で判断すべき内容にはなるでしょう。2012年有馬記念もまた輝ける栄誉であり、冬のグランプリを2着に1と2分の1馬身差で勝ちきったことに変わりはないですから。

ゴールドシップ(最初の文章)

昭和の末から平成の頭にかけて、日本の競馬に芦毛のチャンピオンホースが続出した時代がある。タマモクロス、メジロマックイーン、ビワハヤヒデ……そのど真ん中にオグリキャップがいたが、それから20年程の時を経て、久しぶりに現れた芦毛の怪物がゴールドシップである。

この導入を見たときに、「なんかヘンだな」と元札幌ドームの社長さんのような感想を持ちました。なぜなら、つい少し前にあれだけ触れていたセイウンスカイが完全にスルーされていたからです。セイウンスカイもまた皐月賞および菊花賞という八大競走を制した名馬であり、同時にこのムックでも取り扱っている存在です。それぞれの馬の生年を並べてみましょう。

タマモクロス:1984年生まれ
オグリキャップ:1985年生まれ
メジロマックイーン:1987年生まれ
ビワハヤヒデ:1990年生まれ
セイウンスカイ:1995年生まれ
ゴールドシップ:2009年生まれ

私はここまでてっきり「黄金世代推し」の空気が強い本かと思っていたのですが、ここでは逆に黄金世代の代表格の1頭であるセイウンスカイが貶められている、ないし忘れられているように感じました。

なので、セイウンスカイ以外の馬に共通する要素として、「チャンピオンホース」という文言から推理してみたのですが、春秋グランプリのいずれかの覇者ではないでしょうか。

タマモクロス:1988年宝塚記念優勝
オグリキャップ:1988年有馬記念&1990年有馬記念優勝
メジロマックイーン:1993年宝塚記念優勝
ビワハヤヒデ:1994年宝塚記念優勝
セイウンスカイ:1998年有馬記念4着
ゴールドシップ:2012年有馬記念&2013年宝塚記念&2014年宝塚記念優勝

これであれば、「チャンピオンホース」という表現も理解できます。しかし、違う問題が浮上しました。

ヒシミラクル:1999年生まれ・2003年宝塚記念優勝

「鞍上の角田晃一騎手が追い通しの宝塚記念」「ミラクルおじさん誕生事件」のヒシミラクルが入ってきました。もちろん、彼も芦毛です。そうでなくても、これらの期間にはクロフネやその娘のカレンチャンもいたわけで……。どうやら、私の能力では擁護や補足は不可能なようです。「ライターさんの思い出の馬や名馬の条件に、私が挙げた馬は合致していなかった」ということで、次へ行きましょう。

ゴールドシップ(2012年皐月賞前半)

3月のステップレースを使った馬から検討されていって、ゴールドシップはちょうど人気の死角に入った感じ。離れた4番人気に留まった。

2012年皐月賞に関する記述です。ゴールドシップが共同通信杯1着から直行した内容から続くもので、確かにそのローテは2012年当時は珍しいものでした。3月のステップレースを使うのが一般的であり、代表的なものとしてはノーザンファームの外厩整備が整ってから、現在のような「有力馬が万全の仕上げで鉄砲出走」をしてくるようになったといえるでしょう。

ただし、4番人気が「人気の死角」といえるかどうかは疑問ですし、実際の単勝オッズを見ることでも、そのおかしさがわかります。下記に示しましょう。

【2012年皐月賞 単勝オッズ(最終)】
1番人気:グランデッツァ 3.1倍
2番人気:ワールドエース 3.2倍
3番人気:ディープブリランテ 6.2倍
4番人気:ゴールドシップ 7.1倍
5番人気:アダムスピーク 12.9倍
6番人気:コスモオオゾラ 18.5倍
7番人気:トリップ 38.7倍
8番人気:アーデント 40.1倍

上記のとおりです。ゴールドシップが「どこから離れているか」が、いまいち理解できません。この表現が似合うのは、5番人気のアダムスピークのほうでしょう。

2012年のレースということもあり、インターネット上には当時の予想情報が数多く残っています。なかには「グランデッツァ・ワールドエース・ディープブリランテ・ゴールドシップのオッズが抜けて四強を形成している状況」と表現しているブログもありました。このブログの方は、堂々の◎ゴールドシップで的中しておられます。すばらしい。

参考資料:【皐月賞】敗戦から学び成長・能力高く評価◎ゴールドシップ

では、このオッズ4強の状況はどうだったのでしょう。1番人気のグランデッツァはミルコ・デムーロ騎手が騎乗、アグネスタキオン産駒。2歳時に出世レースのラジオNIKKEI杯2歳S(G3)でアダムスピークとゴールドシップに敗れていたものの、年明けのスプリングSでデムーロ騎手に乗り替わり、重馬場を快走してディープブリランテに0.2秒差で勝利していました。皐月賞も馬場の悪化が懸念されたため、この馬がさらに支持される形なったといえます。

2番人気のワールドエース、ディープインパクト産駒。きさらぎ賞では2着ヒストリカルに0.2秒差をつけて勝利。それもスポットで小牧太騎手が乗ってのものでしたから、操作性の高さもよくわかります。さらに、主戦の福永祐一騎手に手が戻ったステップレースの若葉Sでも、1.3倍の人気に応えて0.3秒差の勝利。ゲート難を見せたものの、直線で豪快に差し切る力強さを見せました。ただ、デビュー2戦目の若駒S、1.2倍に推されながらも重馬場に苦しみ、ゼロスに0.4秒差をつけられて逃げ切られたことから、馬場悪化からくる割引は考えられていました。

3番人気のディープブリランテもディープインパクト産駒です。デビューから2戦が0.8秒差、0.5秒差と圧巻の勝利。3戦目の共同通信杯も1.4倍の断然人気でしたが、ここで折り合いがつかず、ゴールドシップに0.3秒差で敗戦。加えて、スプリングSでも1番人気ながらグランデッツァに0.2秒差で負け、「気性面の進境はあるものの、本番でどこまで」という気配がありました。

4番人気のゴールドシップ、ステイゴールド産駒。血統面においても、ドリームジャーニーやオルフェーヴルが出たとはいえ、ステイゴールド産駒はその「ムラっ気」を懸念されていました。

さらに、問題は共同通信杯からの直行ローテ。このころ、前走共同通信杯組は本番の皐月賞で連敗していました。1998年にエルコンドルパサー、2000年にイーグルカフェ、2001年にジャングルポケット、2006年にアドマイヤムーンと、綺羅星のごとくのちのG1馬が勝利していますが、皐月賞とは縁がありませんでした。

もっとも、エルコンドルパサーとイーグルカフェは○外規制時代の犠牲者ですし、エルコンドルパサーにいたっては降雪でダートに変更というイレギュラーすぎる逸話がありますが。

こうした事情が重なっての「4強の一番後ろのオッズ」だったので、「人気の死角」でもなければ、「離れた4番人気」でもありません。

逃げた馬が玉砕的なペースで飛ばして引き伸ばした馬群が、直線入り口でギュッと締まって、さあ、どこからどの馬が伸びてくるか。

道中逃げたメイショウカドマツは、ゴールドシップから0.8秒差の8着に入っています。出走奨励金がもらえる入着に値しますし、11番人気より上です。番手から第3コーナー前で早めに進出したゼロスは、確かに12番人気ながら17着のブービー負けになりました。しかし、川田将雅騎手と領家政蔵厩舎への失礼な記述に感じます。

加えて、3着のディープブリランテは折り合いに専念しつつも、3番手の競馬から0.5秒差の3着に入りました。4着のコスモオオゾラも先行勢です。1着のゴールドシップの荒れ馬場適性と内田博幸騎手の判断、2着のワールドエースの末脚と福永祐一騎手の馬を信じた作戦、これらを称揚すべきと考えます。福永騎手は自らの選択を悔やんでおられたようですが……。

参考資料:2012年 皐月賞(GⅠ) | ゴールドシップ | JRA公式 - YouTube

では、ラップタイムでも検証してみましょう。

[ラップタイム]
12.4-11.1-12.3-11.9-11.4-11.6-12.2-12.7-13.6-12.1
[ペース]
12.4-23.5-35.8-47.7-59.1-70.7-82.9-95.6-109.2-121.3
(35.8-38.4)

前半3Fが35.8に対し、後半3Fが38.4だったので、芝2000mにしてはなるほど前掛かりなペースでした。これに関してはメイショウカドマツとゼロスが飛ばしすぎたかもしれませんが、先述のとおりに残る馬は残っています。

また、netkeibaのプレミアムプランに加入していると、当日の馬場コメントを読むことができます。それによれば、前日よりは良化しているとのことでした。事実、当日の天候は晴れで、JRA発表でも馬場状態は稍重に回復しています。八大競走のひとつにして、牡馬クラシックの1冠。「最も速い馬が勝つレース」で、先行勢がそれぞれの判断で生まれたペースですので、玉砕的なペースとは言い難いでしょう。

個人的に玉砕的なペースの代表例を反論として挙げるならば、2003年天皇賞(秋)を挙げるでしょう。このレースでは、2番人気ローエングリンと15番人気ゴーステディが互いに譲らずに逃げ争い。鞍上の後藤浩輝騎手と吉田豊騎手に「因縁」があることでも有名であり、前半1000mを56.9で駆け抜けました。これは同コースかつ同レースのサイレンススズカの「沈黙の日曜日」よりも速いペースです。

結果、2番人気のローエングリンは13着、15番人気のゴーステディはシンガリ18着。しかもブービー17着のアグネスデジタルからさらに2.3秒離れた大差負けであり、勝ったシンボリクリスエスからは4.7秒もの差がついていました。なお、最後方18番手のツルマルボーイが33.1の上がり1位で2着に飛び込んでいますが、これは彼の脚質と高いポテンシャルゆえの悲しき2着なので、ペースは大きな影響ではないと考えます。小さい影響はあったと思いますが。

参考資料:2003年 天皇賞(秋)(GⅠ) | シンボリクリスエス | JRA公式 - YouTube

モノポライザーやファストタテヤマも走っている、これもまた思い出深いレースです。私事で恐れ入りますが。

そもそもの話、こんな論理を展開しておきながら、ツインターボを紹介するのでしょうか……。「ツインターボはここで終わり」と実況されるほど、単騎で逃げながらも捕まるときは早々に捕まることもあったあの馬を?

ゴールドシップ(2012年皐月賞後半)

2着を2馬身半突き放して、ゴールドシップは悠々とゴールを駆け抜けた。ゴール前写真だけを見ると、ものすごく強い競馬をしたように見えるのだが、レースが終わった直後、ファンの多くはポカンとしていた。
この馬、本当に強いのか?

このあたりは考え方だと思いますが……。

結論から言えば「強い派」も「そうでもない派」も、両方正しかった。
追い込んで届かず5着に終わったダービーを見れば「そうでもない」。世代の上位の1頭に過ぎなかった。
だが、通算で6つのタイトルを獲得して競走生活を終えた今、ゴールドシップを語ろうとすれば「強い」以外のジャッジはありえない。

それはそうなんですが、とてつもなく卑怯な気がする文章です。「そうでもない派」が正解だったのは、すなわち日本ダービーの5着敗戦だったから。「強い派」が正解だったのは、その後に通算でG1を6勝することになるから。それを言い出したら、シンボリルドルフやダイワスカーレットやディープインパクトのような「パーフェクト極まりない馬」だけが強い馬になってしまいます。

あるいは、このライターさんはとても優しい考えを持っているのかもしれません。ただ、なんだか背中がもぞもぞする論理に感じます。

それからゴールドシップの戦績一覧が掲載されていますが、やってしまいましたね。ゴールドシップの4戦目は「ラジオNIKKEI賞(G3)」ではありません。「ラジオNIKKEI杯2歳S(G3)」です。わかりますよ。よく混同される競走名でしたから。しかし、頻出だからこそ、しっかり校正してこそ図鑑としての信頼性が担保されると考えます。簡単に修正措置ができない出版物なら尚更です。

ゴールドシップ(2013年~2015年)

天皇賞ではいつも通りのマクリで勝ちに行ったが、前がしぶとくマクリ切れない。直線に向くともう打つ手がなかった。伸びもバテもせず5着に流れ込んだ。
勝ちパターンが崩れると、プランBがない。快進撃が止まって冷静に眺めると、強さを脆さを両方抱えた馬がそこにいた。

とんでもなくゴールドシップに、そもそも競走馬というものに対してさえ失礼なものに感じます。もちろんワンペースや決まった戦法でこそ走る馬というのはいますが、生物である以上、強さも弱さも同居しているものです。そうした隙が小さい馬こそ、安定感のある馬になりえるわけです。

また、ゴールドシップの能力や走法の特徴について、この記事は最後まで触れていません。特に、2015年の天皇賞(春)は面白いエピソード満載なのですが、唐突に2015年宝塚記念の大出遅れまで飛んでいます。つまり、先ほど紹介した「先行したらもっと強いゴルシ」は完全ノータッチです。

これはあまりにもったいないので、集められる限りのエビデンスを集め、2015年天皇賞(春)がいかに関係者の苦心を集めた勝利だったかを簡単に書きます。

参考記事:有力馬が不安を抱える天皇賞・春。淀の高速馬場で波乱は起こるのか? - NumberWeb

天皇賞の前の展望記事。書いたのは作家の島田明宏さんです。島田さんは「武豊インタビュー集」シリーズなど、20冊以上の競馬関連の著書があります。

 人気でも実力でも負けていないのがゴールドシップ(牡6歳、父ステイゴールド、栗東・須貝尚介厩舎)である。負けていないどころか、重賞10勝、うちGI5勝なのだから、実績のうえではこの馬が大将だ。
 阪神大賞典を勝って天皇賞・春というローテーションは、5着だった一昨年、7着だった昨年と同じ。臨戦過程に不安はない。しかし、戦績が示しているとおり、京都コースではなぜか走らない。菊花賞を勝っているとはいえ、ほかの出走馬にその後重賞を勝った馬が一頭もいない。メンバーに恵まれたがために、得意ではない舞台でも勝つことができた、と見ることもできる。
 直線の短い中山や阪神の内回りなどで、コーナーを回りながらスパートしてマクる形になると恐ろしく強いのだが、京都の外回りや東京のように直線の長いコースではポカがある。気難しい馬なので、単調なスパートだと飽きてしまって、走るのをやめたくなるのだろうか。そのへんは馬に訊いてみないとわからないところだが、「馬の気持ちに乗る」ということにかけては天下一品の横山典弘が、上手くおだてて爆発力を引き出すシーンも充分にあり得る。

出典:有力馬が不安を抱える天皇賞・春。淀の高速馬場で波乱は起こるのか? - NumberWeb

驚くほどに的確な分析です。実際、横山典弘騎手は2つの奇策を実行に移しました。1つはホームストレッチで、わざと観客席に近づいたこと。これも諸説ありますが、「歓声を聞かせて、ゴールドシップに走らせる気を起こさせた」というのが特に大きな理由とされています。

====
【2021年10月6日17時28分 追記】
ツイッターにて、障害をお持ちの方への差別表現に類する文言がある旨のご指摘をいただきました。このご指摘は事実であることに加え、該当パラグラフ(横山典弘騎手の京都競馬場第4コーナーにおける戦術)は情報ソースが存在しない「無意味な段落」でした。よって、エビデンスを提示できない私の偏見の域を脱しておらず、さらに11時35分追記の記事紹介が本段落の目的を達成しているため、段落全体を削除しました。
====

参考記事:【天皇賞・春】見せ場たっぷり“ひとり舞台”ゴールド6冠(2/3ページ) - サンケイスポーツ

====
【2021年10月6日11時35分 追記】
ツイッターにて、横山典弘騎手が2015年天皇賞(春)でとった戦術について、ラップやコーナーワークから分析している記事をご紹介いただきました!

参考記事:2015天皇賞・春 回顧①『ゴールドシップの勝因をクソ真面目に考える』 - 競馬クリーチャー

ちょっとひどい比喩表現もありますが、そこは個人のブログですし、私自身も到底指摘できるものではありません。何より、レースを通じてのノリさん(横山典弘騎手)の工夫、それに応えたゴールドシップのすごさがわかる内容になっています。
====

ただ、横山典弘騎手のほかのコメントが確認できる記事はいくつかありました。サンケイスポーツのこちらの記事から引用してみましょう。

「行けたら行こうと思っていたが、気分を害してはいけないと思ってあの位置から。きょうは『頑張ってくれ』とゲキを飛ばしました。僕と彼との戦いでしたが、彼の勝ちです」と鞍上はパートナーをたたえた。
行き脚がつかず道中は最後方も、2周目の向こう正面で温めていた秘策を繰り出した。左ムチを入れてポジションを押し上げる。最終コーナー付近では4番手に。直線ではしぶとく脚を伸ばして先に抜け出したカレンミロティックを捕らえ、フェイムゲームをクビ差抑えた。
「きょうの乗り方が秘策です。天皇賞・春は使わない方向と聞いていたけど先生とオーナーを口説いて乗せてもらったので、結果を出さないといけないと思っていた。ホッとしました」と横山典騎手の喜びもひとしお。「30年騎手をやってきた中でも面白い馬。こういう馬こそ腕の見せどころ。いい仕事ができました」と会心の笑みを浮かべる。

出典:【天皇賞・春】見せ場たっぷり“ひとり舞台”ゴールド6冠(2/3ページ) - サンケイスポーツ

かつての主戦の内田博幸騎手ではありませんが、ゴールドシップを的確に表現したコメントではないでしょうか。『優駿図鑑』は「昭和感漂う超個性派『気まぐれゴルシ』」とキャッチフレーズをつけましたが、それ以上にゴールドシップは「一流騎手を本気にさせる馬」でもあったわけです。

昨年14着に敗れた凱旋門賞への再挑戦は「馬の様子を見てから」と須貝調教師。まずは宝塚記念3連覇の偉業に挑む。ゲート入りをごねて、発走調教再審査となり新たな課題も見つかったが、「春だし、野生のオスの雰囲気だったので予感していた。調整は難しいがやっていくしかない」とトレーナー。壁を乗り越えたゴールドシップが新たな船出に出る。

出典:【天皇賞・春】見せ場たっぷり“ひとり舞台”ゴールド6冠(3/3ページ)  - サンケイスポーツ

ちなみに、ゴールドシップの「被害者」としてよく名前の上がる須貝尚介調教師も、このようなコメント。そんなゴールドシップは種牡馬になって「種付けがめちゃくちゃ上手い」とわかったこととあわせて考えると、何やら面白みを感じてしまいます。

ゴールドシップ(本文終盤は悪口ばかりで競馬全体にも危険な内容)

ゴールドシップは単勝2倍を切る人気に支持されたことが生涯で10回ある。結果は5勝5敗。4歳春の天皇賞以降に限れば2勝5敗だ。2着も1回だけ。驚異的な凡走率である。2着もなさそうな展開に、裏切られたことに気付いて、馬券を買ったファンは大きなため息をつく。

ため息をついているのは私なんですが。「驚異的な凡走率」というド直球の悪口が出てくるとは思いませんでした。データの面から、この点を検証します。

参考記事:GIで単勝1倍台の馬は本当に確勝級か? 過去10年58レースのデータから考察 - Sportsnavi

JRAのG1限定ではありますが、有力なエビデンスになりえるでしょう。記事の執筆者はJRA-VANデータラボであり、信頼性の高い情報ソースです。同記事内のデータによれば、1番人気のオッズが単勝1倍台のとき、「勝率44.8%」「連対率63.5%」「複勝率75.9%」とのことでした。つまり、10回走って5勝は平均値を超える優勝な数字です。

他方、複勝率75.9%については、ゴールドシップは60.0%になるため、残念ながら満たせないでしょう。連対率も同様です。しかし、これらをもって「驚異的な凡走率」と表現するまでではないこともまた明らかでしょう。2021年のオークスにおいても、無敗の桜花賞馬であるソダシが単勝1.9倍の1番人気に推されましたが、残念ながら8着に敗れました。しかし、2000mの札幌記念では勝利したように、気性面でも適性面でも進境を見せています。

勝つときは勝ちますし、負けるときは負けます。条件戦まで含めれば、1倍台の危うい人気馬はいくらでも目撃できます。もちろん、複勝圏を逃すことも往々にしてあり、「競馬に絶対はない」を教えてくれています。

さらに「2着もなさそうな展開に」とありますが、1倍台かつ3着以内に入れなかった4回のレースのうち、2013年天皇賞(春)は0.9秒差の5着、2013年京都大賞典は0.3秒差の5着、2015年アメリカジョッキークラブカップは0.5秒差の7着で、あの大出遅れの2015年宝塚記念ですら1.2秒差の15着です。逃げ馬が出遅れたなら「2着もなさそうな展開」でしょうが、何しろ後ろから十分に戦えるゴールドシップです。うかつな表現の危険性を感じます。

そもそも、「2着もなさそうな展開があまりなかったから、10回も1倍台の単勝オッズに指名された」のではないでしょうか。ゴールドシップの全戦績で最も大きな着差は、オルフェーヴルが2着を8馬身差でちぎった2013年有馬記念の1.5秒差の3着です。オルフェーヴルがぶっ飛ぶ末脚を見せたので、2着のウインバリアシオンからは0.2秒差に収まっていますし、3着には来ました。

何より、ゴールドシップが2回以上続けて馬券にならなかったのは、2013年の京都大賞典(5着)およびジャパンカップ(15着)と、最終年度の2015年末の宝塚記念(15着)、ジャパンカップ(10着)、有馬記念(8着)です。しかも、15着10着と重ねた有馬記念ですら、4.1倍ながら単勝1番人気に推されていました。前走でジャパンカップ3着、前々走では天皇賞(秋)を優勝していたラブリーデイがいたにもかかわらずです。「やつなら復活するかもしれない」という信頼が、むしろ「連続非凡走率の面での優秀さ」を証明しています。

ゴールドシップ史上最大、そしておそらく日本競馬史上最大のため息は、6歳の宝塚記念で漏らされた。

大きく出ましたね。2002年菊花賞のノーリーズンの落馬などをご存じないのでしょうか。そもそもの話、細江純子さんに代表される「悲鳴」はありましたが、ため息という感じではないでしょう。しかし、これも私の主観からくる難癖という面も大きいので、関係者席ではため息が漏れていたかもしれません。場所の差、世界の差は考えたほうがいいかもしれませんね。

ゲートが開く瞬間を待ち構えていたように、後ろ脚で大きく立ち上がった。ゆっくりと着地して走る態勢が整ったときには、全馬すでに遠く離れた場所にいた。
また騙された!
信じるべきでないものを信じた愚かさを後悔する時間は、レースが終わるまで2分以上残っていた。

あれは戦後のコメントや実際の映像を見ればわかりますが、まず隣枠のトーホウジャッカルが少しちゃかついたので、ゴールドシップがそれを威嚇するように立ち上がりました。これを横山典弘騎手がいったんなだめたので、実際に発走委員が発走の合図を出したわけですが、ゲートが開く段階になっていよいよ立ち上がったという経緯です。

「開く瞬間に立ち上がった」という部分はあっているものの、テキストから「出遅れてやる」というずる賢さを前面に出しすぎるのは、「誇張されたゴールドシップ像」が強すぎるのではないでしょうか。賢い馬ですし、変顔もしますし、ずる賢さも感じる場面はありましたが、それでG1を6つ取れるほど競馬は甘くない、と私は考えます。

それにしても、このライターさん、ドリームジャーニーの朝日杯FSなんか手のひらクルクルしてそうですね。私もクルクルしてたので、相討ちで処刑されるのは間違いありません。ステイゴールド、きみの子どもはみんな愛らしいし、多くは池添謙一騎手が好きすぎるよ……。

実質的にこの日でゴールドシップのキャリアは終わった。
ゲートを出ない馬は競走馬ではない。出遅れれば馬込みで窮屈な思いをしないで済むし、そのまま回ってくれば叩かれたり押されたりすることもない。ズルを覚えた馬を矯正するのは並大抵のことではない。
馬券を買って裏切られて、騙されたとファンは嘆く。だが、そもそも競馬自体、物言えぬ馬を騙して走らせている競技であることは否定できない。ある意味お互い様なのだ。

「偏見を覚えたライター」を矯正するのも、並大抵のことではないかもしれません。もちろん、ゴールドシップが賢く、それゆえに「走る気を失った」可能性はあります。また、「戦意を喪失してターフを去る馬」がいることも事実です。

それにしても、ファンにも関係者にも、何よりゴールドシップにも天へ中指を突き立てるテキストですね。さらに、競馬というものをいささか誤認させるテイストでもあります。

競馬が動物愛護の観点から非難されているのは事実です。加えて、良馬生産の目的が、本来は軍事的観点から発している部分もあったでしょう。そうした面から競馬のあり方を考え、動物虐待につながならない方法を模索していくのは、選択肢のひとつとしてあったほうがいいと考えます。

しかし、馬が人間のパートナーであり、共存共栄の形で今日までやってきた側面も否定できません。まして競馬が「物言えぬ馬を騙して走らせている競技」というのは、ここまで見てきたテキストでもかなりの悪辣さを感じます。であれば、労働者は「立場に物を言わされて嫌々ながら働かされている生物」になるかもしれません。それもおかしい話です。

正直、限りなく「危険」です。「競馬はそういうものなのだ」という刷り込みが行われたとしたら、非常に恐ろしい結果を招来する可能性があります。これも私の妄想であり、考えすぎの側面はあります。

気性が激しい馬は自分を強く持っている。それはプライドと言っていい。人間の為にG1を6勝もして、そして最後は自分の好きに走って、プライドの高い馬は牧場に帰った。

なんと、これが最後の文章です。投げ捨てるような、読む人に不快さや悲しさを与える文章です。本項目については、多分に私の主観が入っていますが、少なくとも私は嫌いなスタンスの本文です。ゴールドシップにとって最大級の失礼が、そして競馬全体への浅薄な理解が、ここには込められています。

総合して、競馬のゴールドシップ、ウマ娘のゴールドシップ、それらの表面だけを持ってきたような内容に感じられました。深い知識が良いとは言いません。マニアックな知識は、せっかくハマってくれそうな方を遠ざけてしまうリスクがあります。しかし、競馬全体にとって不利益になり、馬としてのゴールドシップもキャラクターとしてのゴールドシップも毀損するようなテキストについて、ここまでの5頭で最も危険性が高いように思えました。

何かありましたら、ツイッターまでご連絡ください。

次回はトウカイテイオーから再開します。

********
【検証】『優駿図鑑』(2021年10月4日発行/ホビージャパン)は本当にひどいのか(第3回)
https://note.com/mariyatsu/n/n4e37f7da8f49
********