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方丈宇宙™️ その① "外側と内側"

新型コロナウィルス感染予防のために自宅からほぼ出ない生活が始まってはや二週間ほど。いままでは外に出て多くの人に会い、多くの人を集めるイベントやワークショップを企画し、ネットワーキングを促すことを仕事の中心にしていたので、一気に仕事のスタイルが変わった。仕事だけではない、生活そのもののスタイルが変わった。

いままでは"家の外側"に刺激を求めて、外の刺激が自分をクリエイティブにしてくれていると思っていた。いままでは"家の外側"のヨガスタジオで運動することが自分の健康につながると思っていた。いままでは「アクティブ」というのは"家の外側"での活動を意味すると思っていた。つまり、"家の内側"はとにかく休むための場所だと思っていた。

それが一気に変わった。強制的に家の中にいる必要があるというのは自分にとってストレスになると思っていたが、意外とそうではなかった。"家の内側"にいるからこそいままで気づかなかったことに多く気付けるようになった。

例えば、太陽の光を積極的に浴びる際に、どの方角から何時ごろに太陽が浴びられるのか、太陽の光を浴びるコツを覚えたり、いままで意識してなかった鳥の声が家からも聞こえてくる。いままでは海とか山とかに行かないと"風"を意識して感じることがなかったのに、窓から顔を出したり家の前でじっと目を閉じていると風がどちらの方向から吹いてくるのか?感じることができる。よくよく考えてみると今までの意識のありようが貧相に感じてくる。

太陽も鳥も風も、特に変わらず照り、鳴き、吹いているのに、それに気がついていなかったのである。いままでは自然を味わうには山に行くとか海に行くというようなわざわざ"家の外側"に出向いていた。そのような場所に出向いていって「わぁ自然って最高!」とか思っていた。いやいや、お恥ずかしい。太陽も鳥も風も、特に変わらず照り、鳴き、吹いているのに、受容体としての自分が感じきれてなかったようである。なんとお粗末な受容体だろう、頭でっかちで皮膚で感じられていない自分を恥ずかしくなる。

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それにしても、今回の新型コロナウィルスの世の中の不安は、311の大震災の時の不安に近しいものを感じる。311の時の自分のiPhoneのカメラロールをみると花がたくさん撮影されている。また近い症状が出ている。最近のカメラロールも花がたくさん保存されている。

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志村けんさんが亡くなられた日はあまりにもショックすぎて何もできずいたのだが、唯一できたのが家に活けてあった桜の枝、花を手入れすることだけだった。なぜならば、人間が新型コロナウィルスで悲しみ、遅れている間も草花は季節にあわせて芽吹き、花咲き、そして若葉を育てていく、その普遍に触れたかったかもしれない。

憂き世には とどめおかじと 春風の 散らすは花を 惜しむなりけり(西行法師)

まさに西行法師が詠む通り、人々がいかに嘆こうとも風は花を散らせ去っていく。ただ、自分自身の意識変容が面白いのは、西行法師のこの短歌に昔はそれほど刺さっていなかったはずなのに、今の私は受容できる。自然も、歴史も振り返らずに"今"と"家の外側"にばかり目を向けていた私にとってこの自主隔離期間は、自然や歴史を味わい、そして自分自身のうちなる言葉を発するために良い機会なのかもしれない。ちなみに扉絵の「方丈宇宙™️」もiPadで描いてみた。いままでiPadは仕事でしかつかってなかったのに、お絵描きツールとしても使えるようになっている。

この自主隔離期間は私にとっての"内側"を掘り下げ、今後の"外側"とつなぐための良い機会なのだと捉えている。

方丈宇宙™️とは?
世界のあらゆる地域の人々がロックダウン・外出自粛で家のなかにいる2020年春、この状況を鴨長明が方丈=四畳半の庵で『方丈記』を記したかのように、自宅から世の中をみて、自然を感じた心や意識の変容を表していく徒然日誌。鴨長明のように、庵のなかにいても世界を感じることはできる、宇宙も感じられるのだ。

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