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私の愛したバスキュール - 20周年を原ノブオと振り返る -

2011-2014在籍してお世話になったバスキュールが2020年7月28日にハタチを迎えた。私、西村真里子がマクロメディア/アドビ(2005-2010)にいた時からFlashを利用した未来先取りのコンテンツを作っていたり、アドビ最新プロダクト(CS3 Sugoroku)の事例を作ってもらったりして繋がりがあったのでバスキュールが幼稚園児*ぐらいのころからともに生きている感覚なのでハタチは感慨深い。(*幼稚園児といっても生まれながらの怪物的なものだから幼い、という意味ではない。あくまでも人間に例えた年齢の刻み)

そのハタチのお祝いを、バスキュールの原ノブオとともに語っていきたいと思う。

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バスキュールには朴正義という社長&クリエイティブディレクター、馬場鑑平、原ノブオという三巨塔がいる(+有井さんという守護神)。全員キャラクターが違うのに、一人ひとりがバスキュールの顔を持っていて面白いので今回は原ノブオと一緒にバスキュールを掘り下げさせてもらう。私はバスキュールを卒業したのですが、まだ仲良くさせていただいているのでこのnoteでは原ノブオと呼び捨てにしてしまうのはご了承いただきたい。あと扉絵サムネイルもバスキュールの許可をもらって掲載させていただいている。

さて、この企画を考えたときにさっと出てきたタイトルが「私の愛したバスキュール」であった。だが、「愛した」だと過去形になり、現在進行形で愛&尊敬しているので、どうしたものかと思っていたのだが、原ノブオがいいことを言ったのでこのままのタイトルで進めさせてもらう。

原ノブオ:バスキュールって常に前を向いているから、周年イベントでも過去を振り返ることなく次に起こすワクワクすることを話すことが多いんだよね。朴さんは前を突き進む人だから。だから、改めて真里子と俺で過去を振り返るのも良いと思うんだよね。だから〜私が愛した〜で良いと思うよ。

ということで安心して過去も振り返りつつ、現在・未来を話をしていこうと思う。

さて、いざバスキュールについて語ろうとするとなかなか筆舌に尽くし難いものがある。なぜならば時代の流れにあわせて「常に挑戦し続けている」姿勢を表しアウトプットを生み出すのがバスキュールなので、「代表作」とか「組織形態」とか「社長の思想」とかだけで語るのではバスキュールを捉えたことにはならない。バスキュールとは「状態」である、と捉えた方が良いように思う。挑戦し続ける状態、固定観念を超える挑戦、独りよがりにならずに社会との接点を派手に作り続ける状態(テレビ局とかJAXA / 宇宙とか巻き込んでのコンテンツ作りってまさにド派手!).... その「状態」がバスキュールなんだと思う。2070年頃の広辞苑には

バスキュール[ 英:bascule ]: 挑戦し続けている状態を表す

とか載っているかもしれない。

さて、改めて原ノブオにバスキュールって何?と無邪気に聞いてみた。

原ノブオ:俺がバスキュール入った頃だから2004年ぐらいだと思うけど、朴さんが「俺の唯一で一番の作品はバスキュールだ(って言えるように頑張る)」って言ってたんだよね。

なので、「バスキュールって何?」とか聞かれると、朴さんの作品の一部である、という意識が呼び起こされるんだよね。バスキュールという会社が作品で、その作品の1ピースが俺なのかな、と。で、その作品がまだ完成してなくて、朴さん自身ももがいているし、そうなると作品の1ピースである俺も一緒にもがくという関係性。もがき続ける作品=バスキュール

同時に、俺の考えるバスキュールは「旅」なんだよね。バスキュールが船で、朴さんが船長、みんなで旅をしてて島を見つけたら降りていく!というもの。しかも、ゴールはないんだよね、見果てぬ旅に出てるの。

昔どこかで読んだんだけど、太古の昔、大陸から日本に人間が渡った時代、当時は天気予報とかないから人間の感覚で「よし、今日出発だ」って船出したんだよね。バスキュールってまさにその感覚が近くて、外部データに頼るのではなく朴さんの・俺たち自身の感覚で旅を進める。つまり、

「希望と勇気があれば誰だって冒険に出られる」、バスキュールってそれでしかないんだよね。

俺に中ではさ、真里子とかは同じ冒険を続けているんだけど、バスキュールという船からは一旦降りたけど同じ海を、小舟で航海しているような仲間のままなんだよね。

原ノブオのいう「旅」という言葉はとてもしっくりくる。確かに、私が自分の会社HEART CATCHを作って冒険したくなったのは、冒険を続けたいけど自分でもイカダから作って冒険してみたい、という気分から始まったものなのであるが、いまでもバスキュールメンバーとお仕事させていただいているので、海のあらくれものバスキュール船の横で、小舟でユラユラ冒険している感覚に近い。

さて、その冒険をクリエイターとして体現するとどのようなことになるのか?

原ノブオ:朴さんがめっちゃポジティブで、人間に備わっている冒険スピリットをクリエイターとして活かしながら挑戦をし続けることができるんだよね。「様々な冒険を"クリエイターとして冒険する"ってどういうことだろう」という問いを立てて深海にも宇宙にもいく。

「宇宙に行く」と聞くと普通は宇宙飛行士を思い描くけど、バスキュールは自分達の作ったクリエイティブを持って「宇宙にいく」という発想なんだよね。フィジカルに行かなくてもクリエーションで宇宙に行く。

これって先ほどの冒険の例え話でいうと、島を見つけるというよりも島自体を作ってそこで冒険する感覚に近いよね。

バスキュールでは最近「スペース」という言葉が増えてきているんだけど、宇宙・仮想空間・現実空間、すべてのスペース、冒険する場所を次はどこに定めようって考えているんだよね。

バスキュールは元々ウェブブラウザの中のFlashコンテンツを得意としていたが、Flash全盛期でも、ブラウザを飛び出して、ピザのデリバリーと連携したり(ドミノ:Pizza Tracking Show)、ブラウザから指示すると新宿駅前で可愛い女子達が尻文字を書いてくれるような作品を作っていたり(新宿駅前風呂場)、スペース間越境を軽々と行う筋肉は鍛えられているのをいまから振り返ると理解できる。

原ノブオ:リアルスペース、バーチャルスペース、ウェブ、テレビ、宇宙・・様々なスペースを行き来してて感じるのは、今から思うとネットコンテンツってVRだなって思うんだよね。で、ずっとそのVRから出たいと思って上記のピザとか新宿駅前風呂場とかのリアルスペースでのコンテンツ作っってて。つまり、俺たちは既にARコンテンツを作っていたんだな、と。リアルスペースに"非日常"デジタルコンテンツを置くことは2007年くらいからやっていて。

「サーバーに置いてあるコンテンツを楽しんでもらうのはVRで、現実空間に干渉されながら楽しむコンテンツはAR」と考えると、常にARコンテンツを作り続けていたんだよね。

で、今はスマホデバイスも進化していたり、5Gも来るし、さらに面白いARコンテンツをリアル空間に置けるようになってきている。俺からすると昔「インターネットってすげー」って言ってたのとおなじ匂いをARで感じるのよ。だって、現実=リアルスペースにデジタルコンテンツおけちゃうんだよ。

インターネットは凄かったんだけど、結果、情報が増えすぎちゃってある意味サーバーの中ではゴミの山になっちゃっている。でも、ARはリアル空間におけて、そこはまだブルーオーシャンで、インタラクティブクリエイターの視点からすると今までと全くちがうものがつくれるんじゃないかというワクワク感があるよね。

人によってはバスキュールや原ノブオが先見の明があったと思うかもしれないけど、それだけではない、やはりバスキュールという「冒険船」がこのような挑戦を許しているのである。

原ノブオ:バスキュールの旅の良さは、仮説に対してめちゃめちゃチャンスがあるところ。

「自分はブラウザを飛び出しリアル環境を巻き込んだ作品を作った方が良いと思う」という仮説を持って取り組めば、朴さんはじめバスキュールの仲間が一緒に、その冒険を後押ししてくれる。

もちろん会社なので儲けることも大事なのだが、儲けよりも「何のために何のトライをしているのか?」が大事にされる。で、無駄なトライをしていると「金も儲けてないのに何やっているんだ」って怒られるわけで。「儲かるかどうかわからなくても良い挑戦をしてたら褒められる」それが20年間続いているバスキュールというアーティスト朴さんの作品であり、バスキュールという旅なんだよね。

バスキュールは「挑戦する状態である」、と冒頭で私は述べた。状態であり、作品であり、旅である。さて、バスキュールの正体はなんなのか?改めて原ノブオに聞いてみる。

原ノブオ:バスキュールの正体?それは俺たちもわかっていない。ただ、バスキュールの正体というよりも実態を話していこうか。

みんな朴さんに救いをもとめているけど、朴さんも迷っている。迷いながらバスキュールという作品を作っていると言ってもいいかも。だから朴さんに答えを求めるのではなく、ヒントを得ながら自分で答えを探していかなければいけないのがバスキュールメンバーなんだよね。

ただ、ありがたいことにバスキュール船には同じ視座の仲間はいるので、仲間とともに答えを探していけるのがありがたい冒険船だと思っている。

面白いことに、こういうチャレンジングな船に乗り込む奴らだからよっぽどのキャラクターの持ち主じゃないと耐えられない。俺は自分の旅が面白い方がいいから、強烈なキャラクターの仲間と一緒に旅する方が面白い。クリエイターとしてのキャラクターという意味ではなく、例えば、バックオフィスの一平くんとかも物語の登場人物としてはかかせないキャラクターだと思う。実際にそういう仲間がいるのがバスキュールなんだよね。

自分が目指す答えに対してもがく時に、仲間も巻き込む。で、「仲間に迷惑をかけないように」ではなく「迷惑をかけたら仲間だからいつか恩返しする、チャラにする」という関係で進めていける。

喧嘩もするし、たまにお前船降りろ!とか、俺が船を降りてやる、と思うこともあるけど、船長(朴さん)が常にポジティブに新たな島を見つける旅をしているので、結局2004年から自分の考える最高の作品を考え続けて生み出し続ける挑戦をし続けることができているだよねー。

バスキュールって後ろ盾あるから好きなことやれている。
会社に所属しているっていう感じはないけどね笑

私の中では、バスキュールの三大クリエイティブディレクターのキャラクターは以下のように分類されている:
・朴正義:どでかい挑戦をする。固定観念を超える作品から新しいビジネスを生み出すヒントを産業界に与える。
・馬場鑑平:アカデミック で愚直、繊細で美しい作品を作る。と同時にとんでもないどでかい挑戦を作品として残す。
・原ノブオ:ヒップな作品。お洒落、センスが良い。都会っ子が作る作品なんだけど、常軌を逸するものがある。

三者三様だし、ここにあげてないディレクターやプロデューサーもそれぞれ個性の塊なので濃いキャラクターばかりが乗船する船の船長、朴さんを原ノブオとともに分析してみようと思う。

原ノブオ:朴さんは本当にポジティブの塊なんだけど、実はバスキュールも何回か大変な波を受けているんだよね(真里子がいた時も経験しているよね😉)。でもいつも朴さんがオフェンスとして守ってくれている。

朴さんのメンタル強さは日々の訓練の賜物じゃないかなって思っているんだよね。

例えばスマホゲームする時にも「この戦いに勝たなければ地球滅亡する」というイメージで戦っていたり、ある徹夜明けの帰り道では松井秀喜を三振するイメトレだけをしながら帰っていたり(松井と戦うことを真剣に考えている!)、直近でいうとコロナの影響でリモートワークになったときに一人オフィスにいた朴さんが「沈みゆく船の船長の気持ちである」と語っていたり。朴さん自身が自分の人生をリアルな世界と、バーチャルの世界を組み合わせて生きているんだよね。なのでバーチャルと思われる世界でのメンタリティーが現実世界でも生きていて。

ただ、そのトレーニングのフィールドがポケモンGOのレイドバトルとかなので、油断も隙もない人だな、って思っちゃうよね!

朴さんのメンタリティーも強いが、荒波を突き進むバスキュール船に乗りながら自分の作品を作り続ける原ノブオがバスキュールの取締役でありクリエイティブ・ディレクターとして心掛けていることを最後に伺った。ヒップな作品を作り続けるノブオは何を大切に物づくりをしているのだろうか?

原ノブオ:バスキュールに関する大事な話題として、クリエイションに対する、意味と価値を考えることの重要性を実感できたというのがある。

バスキュールに入るまでは音楽やってたんだけど(筆者注:全国ライブを行うほどの本格派ミュージシャン)、Flashに出会いそこからインタラクティブな体験を作るクリエイションに移行したんだけど、バスキュールで鍛えられたことの一つは「まず意味から入れ」ということ。

自分が作るものはなにか?その作るものが及ぼすものは何か?受け取った人にはどのようなものを届けるものになるのか?

まずそこと向き合い、向き合うことでその先々の判断基準が作られる。

そこを疎かにするなっていう血が流れるようになったんだよね。

よく、リファレンス探しから入るやついるじゃん?
あれ、オレはっきり言って軽蔑してる。クリエイターとしていつかクリエイションが枯渇するんじゃないかな、と。

まあ、否定はしないんで黙ってるけどね。

あと、大切にしているのは作る作品ゴトに自分なりに新しい挑戦を入れているということ。必ず新しい挑戦をすれば一波一波、俺たちの冒険はよりワクワクするものにつながっていくし、俺たちのワクワクが朴さんの未完成のバスキュールというアート作品に面白い意味合いを持たせると思っているからね。

バスキュールは挑戦する状態であり、作品であり、旅である。完成品やゴールがあるものではない。今回の原ノブオとの会話からも垣間見てもらえれば幸いである。

この、永遠の過渡期、永遠のクライマックス続きの冒険譚からいまだ目が離せない。

おめでとう!バスキュール!

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