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韓国発の人気作品「結婚商売」の設定考証に全力出した ②

なぜビアンカは死の間際に回帰を願ったのか?
以下はマンガ版と原作小説をベースにしたネタバレです。なぜビアンカは死の間際に「人生をやり直したい」と願って回帰を叶えたのか?という本筋の背景を整理したくて書き出しました。
無料版の範囲や、口コミで悪印象を持った方に読んでいただきたいです。
※原作小説とマンガ版ではビアンカとザカリーの年齢設定が異なりますが、ここではマンガ版をベースにします。ヨーロッパの階級制度など超ざっくりですが補足を入れます。

贅沢な悪妻、その素顔は限りない孤独の中に。

主人公ビアンカは、大陸の覇権を握る大国セブランの忠臣ブランシュフォール伯爵の長女として何不自由のない育ちを謳歌していました。ブランシュフォールの血脈は王家に嫁いだ遠縁もいるほどの名門で、ビアンカも「いずれは公爵家(王家の親族や古い大貴族が多い)にだって嫁げるお方」と乳母が期待するほどでしたが、9歳のとき、父が決めた政略結婚の駒として10歳年上の遍歴騎士ザカリー・ド・アルノーのもとへ送られてしまいます。

婚儀の日、父は言います。
「今日からお前はアルノーの人間になる。領主の妻は、領地を離れず、領地を守り、領地で一生を終えるのが美徳である。
だから覚えておきなさい。
何があっても、ブランシュフォールに戻ってはならない

年端も行かぬあどけない少女にとって、これは絶縁状に等しい呪いの言葉でした。

嫁ぎ先の土地にも結婚相手にもなじめない日々。実家から唯一連れて出た乳母も流行り病で亡くなってしまい、やがて「孤独ゆえに贅沢な衣装や宝石に溺れ、吟遊詩人と上辺だけの恋愛をし、部屋でリュートを弾き、刺繍をし、本をめくるだけ」の生活に陥ります。
(フランス・ブルボン朝最後の王妃となったマリー・アントワネットや、バイエルン国王ルートヴィヒ2世の人生が近いですね)

湯水のようにお金を使っても、夫と疎遠で子どもが望めなくても、誰も何も言わない。彼女は結婚商売で送られてきた、生きているだけで価値がある商品だから。それに、彼女の機嫌を損ねて実家のブランシュフォールに告げ口されるわけにもいかない。そんな空気がアルノーの城には充満していたのです。
彼女は、監獄の中で独り着飾る人形のようなものでした。

神か剣か…後ろ盾のなかった弱小貴族の次男の選択

ビアンカの夫ザカリーはウィグ子爵の次男でしたが、16歳のときに父が他界。腹違いの兄が所領を継いだことにより、僅かな家臣を伴って追われるように出奔した青年でした。
そもそも子爵家ですと、育ちこそ良くても中央集権時代の地位としては弱く、資金力もあまり期待できません。腹違いの兄から追い出されるなど、次男以降はよくあることだったでしょう。

神(修道僧)か剣(騎士)かーー
二者択一を迫られたザカリーは剣を取りました。それから単身で戦場を駆け回ると軍功を重ね、あっという間に男爵位とアルノーの領地(同時に姓も)、黒狼の紋章を賜ります。
ザカリーがビアンカの父グスタフに首都ラホズで声をかけられたのは、ちょうどそんな頃、ウィグ家を出されて3年が経った19歳の時でした。

グスタフは戦場で圧倒的な強さを誇る若い騎士に「第一王子ゴティエ殿下の臣下とならないか」と声をかけます。さらに、「私の娘と結婚すれば、君をブランシュフォール家を挙げて支えることができる出世の機会を逃さないでほしい」とも。
セブラン王家は長子相続が原則でしたが、僅かな気配ながら、ゴティエとは全く性質の異なる次男ジャコブを擁立する動きがありました。その機運を感じていたグスタフは、己が忠誠を誓う第一王子の剣としての役目に堪える強い男を探していたのでした。

名門貴族の親族となれば、後ろ盾と妻の持参金による資産を一挙に得られ、領地も安定する。さらに次期国王の忠臣という立場。
ウィグ家を追い出され、裸一貫から自分の立場を固める旅路の最中に訪れた僥倖。
たとえ相手が9歳の少女でも、負担に感じるほど巨額の持参金を持ち込まれるとしても、この誘いを蹴ることはできない…。
ザカリーはここでまた大きな選択をせざるを得なかったのです。

ガラスよりも冷たい夫婦関係

ザカリーは類稀な美形ではありましたが、決して優男ではなく、背が高く筋骨逞しい軍人でした。ブランシュフォールも騎士の家柄ですが、ビアンカの父グスタフはどちらかといえば政治家・文官です。貴族の令嬢は、親族以外の大人を普段目にせず育ちます。ザカリーは9歳のビアンカが自ら近寄ることなど無理な相手で、また逃げ場のない生活ということもあり、目を合わせるたびに恐怖が先立って泣いてしまう有様でした。

また、ビアンカと乳母のジャンヌは、ビアンカの母ブランシュフォール伯夫人が産後まもなく亡くなったこともあって共依存関係にありました。
乳母の裳裾に隠れて黙っているだけの幼妻。代わってあらゆる要望をジャンヌが言うことになりますが、まだ地位も身分も資金も乏しいアルノー家がビアンカに用意できる品物はブランシュフォールを知る者からすると非常に見劣りするものばかりで、ジャンヌは度々、ザカリー本人を捕まえてあからさまに非難したのです。
対するザカリーや彼の側近たちも、幼い新婦と無礼な乳母に気圧されてしまい、結果として「なるべく関わらないで生活する」という選択をしてしまいます。

その状況はビアンカが13歳のときにジャンヌが亡くなったあとも変わることはありませんでした。ビアンカの細かい要望を他の使用人たちは取り合わず、まともな対応をしてもらえなくなったビアンカはメイドさえ傍に置かず、一層日々を寂しく送ることになります。

「鉄血の伯爵」誕生

折しも結婚後から隣国アラゴンとの戦が相次ぎます。ザカリーはそのたびに出征しては連戦連勝。ザカリーの銀髪が敵軍兵の血に塗れると研ぎ澄まされた剣のように見えることから、やがて「鉄血」の異名をもって列強に恐れられる存在となります。また、数多の戦場経験から軍馬の整備が重要であると気づき、アルノーをセブラン屈指の騎馬隊を率いる軍に育て上げました。
セブランの救国の英雄として名を馳せた彼は、五爵位の最下位である男爵から、子爵、そして伯爵と破竹の勢いで格を上げ、第一王子ゴティエ、さらにはセブラン王の覚えもめでたい存在となったのです。

…以上がビアンカが回帰するより前、18歳までの現実、動かせない歴史です。
ここから下は回帰前の20歳以降の人生。ビアンカの努力次第で変えられる可能性がある歴史です。


悪妻の汚名をかぶって…

ただしそのぶん、ビアンカとザカリーが夫婦として共に時を過ごす機会はないままでした。ビアンカが20歳を超えてからも、出征前夜にのみ義務的に共寝をするだけの冷めきった関係…。
※回帰前のビアンカは長年の引きこもり生活もあって、食が細く、不健康な痩せぎすの女として描写されています。ただでさえ関係を持つ回数が極端に少ない上、この体型では、子を望むのは難しい健康状態だったといえます。

そして結婚から16年が経ったビアンカ25歳の年、無類の強さを誇ったはずの夫の戦死の知らせが届きましたーーー。

通常このケースでは、貴婦人は持参金とともに実家に帰されます。中世の時代、婚家を継げる子どもを産んでいない貴婦人が自活する道は存在しなかったためです。ところがアルノー家を整理しにやってきたザカリーの兄・当代のウィグ子爵は、ビアンカを無一文で追い出しました。そもそもウィグ子爵は子どもの時分からザカリーと折り合いが悪かったうえ、弟嫁は子がいないばかりか、贅沢三昧、挙句の果てには吟遊詩人との恋愛にまで手を出していたことを知っていたのです。
※現実世界における中世カトリック圏では、吟遊詩人や騎士と貴婦人の恋愛は宮廷風恋愛として定番でしたが、あくまでもプラトニックであることが条件で、性的関係が認められたら話は全く別です。

このような経緯から、ビアンカは「贅沢、背徳、そして淫蕩」の汚名を着せられてアルノー家から放り出され、放浪の果てに辺境の修道院に辿り着きました。しかし、なまじ夫の名声が高かっただけに、ビアンカの悪妻評もまた周知のもので、彼女はどこへ行っても自身を蔑む声を聞きながら、残りの15年という長い年月を送ることになります。
※ブランシュフォールに帰れなかった理由はマンガ版22話に出てきます。かなり重要なポイントなので記載しません。

最終的に回帰前の彼女は40歳のときに肺を病み亡くなるのですが、修道院の女神像の前で人生を悔いて「もし、いまひとたび生を得られたら、あのような失敗はいたしません。このような形で死にたくはないのです」と祈りを捧げます。
原作ではビアンカは内心「神という存在が本当におわすのであれば、そもそも自分が道を誤る前に正しい道に戻してくださっていたであろう」と、神の存在を半ば否定しているのですが、、、この女神像が、嫁入り道具としてブランシュフォールからアルノーに持ち込んだ象牙彫刻の女神像と全く同じ姿をしていたとなっています。女神像が婚家に戻してくださったということでしょうか。



私はセブランのモデルは15世紀中盤のヴァロワ朝フランス王国だと考えています。
フィクションなので他の説を否定するつもりもないのですが、自分の知見の範囲では「それが自然かな?」と思える要素が作中にふんだんにあるためです。
次稿ではそういった点を整理したいと思っています。

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