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毎朝彼とおしゃべり

一ヶ月ほど前インターネットのアマチュア無線アプリ、Peanutで彼と知り合い友達になり、毎朝30分ほどいろんなことについておしゃべりを楽しんでいる。なぜ彼がぼくと毎日おしゃべりしたがっているかは次の理由による。

1995年ビルゲーツがWindows95を発売すると世界中で爆発的に売れ、特に米国でPC用の半導体、メモリーチップが不足していた。当時日本は大量の64kビットというメモリーチップ生産していて、80%以上の世界シェアーを持っていた。ぼくは当時世界中にこの日本製のメモリーチップを輸出していた。とくに1980年代の土地バブルが崩壊しその溢れた資金が90年に入り半導体、特に64kビットの投資に回った。新日鉄や神戸製鋼など鉄鋼業界も資金がだぶつき、メモリーチップの投資に回った。しかしS社などは半導体の販売ルートもなく、日本最大の繊維会社T社を通し、ぼくの会社に販売の依頼が来た。ぼくは米国にお客さんがたくさんいたので、年間60億円以上のメモリーチップを米国市場へ輸出した。

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当時ぼくは非常に忙しくて一週間はロスアンジェルス、次の一週間はシリコンバレー、そして次の一週間はニューヨーク、そして次の一週間は東京とこれを1年以上繰り返していた。当時日本での格安航空券は東京ーロス往復で10万円、でも、米国で買うと半分の5万円、で、ぼくはいつも米国で航空券を買っていた。それがノースウエスト航空。

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成田からロスへ行くときは格安航空券なのでエコノミー席、しかし、ロスからの帰りはいつもビジネス席、なぜ? 格安航空券なのに、、ロスの飛行場で東京行きの席を決めている女性と友達になったおかげで彼女はビジネスクラスの席が空いていると、ぼくにゆずってくれた。で、いつも帰りはビジネスクラス。またある時、韓国のソールにあるゲーム関係の会社で一部の半導体が足りなくなり、至急飛行機で持ってきてくれとの連絡が入った。緊急時なので格安航行券ではなく、通常の高いのを買った。それが、それが、東京でノースウエストがストライキに入り、通常便が飛ばせないので臨時便を出すということで、乗ったら数名しかいない。で、ぼくの航空券が通常の高い航空券だったので、ファーストクラスへ、、、 飛行機にはもう何十回と乗っているがファーストクラスは初めて、、、

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またこういうこともあった。ロスから東京へのダイレクト便が取れず、サンフランシスコ経由となった。ロスからサンフランシスコまではサウス・ウエストという航空会社の飛行機が1時間に1便飛んでいる。ところが飛行機の整備不良で1時間遅れた。サンフランシスコから東京行きのノースウエスト便に間に合わない。でぼくは切れた。で、サウスウエストの人にぼくの名刺を見せ、「ぼくは社長で明日の東京の会議に出席しないと大変なことになる」と嘘をつき脅した。下手くそな英語でまくし立てた。論理的にぼくが悪いのか、それともそちらが悪いのか。結果は明白である。彼らはぼく一人の為にサンフランシスコ発東京行き便をぼくが到着するまで出発しないとノースウエストに約束を取り付けた。1時間遅れ、ぼくはドアの一番前の席に座り、サンフランシスコへ到着すると担当者がぼくをすばやくノースウエストのゲートへ誘導してくれ、ぼくが搭乗するのを待っていたノースウエストはぼくが搭乗するとドアを閉め、遅れの理由のアナウンスを機内で流してくれ出発した。

こういうお話をいろいろしたら彼は非常に喜んでくれた。というのも彼はノースウエストで働いていて、奥さんはノースウエストのスチュアーデス(フライトアテンダンス)だったのだ。10年ほど前ノースウエストはデルタ航空と統合し現在はもうない。本当にノースウエストはすばらしい航空会社だった。

当時のノースウエストとの思い出はいまでも鮮明に覚えている。(^^♪


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