短編小説「この景色を、君と見てしまったら」
ヒュー・・・・、ドン! バラバラバラ・・・・。
海沿いの街で開催されている花火大会。
夜空に光る、白や赤や橙色の光。
大きな円が空に出現したかと思えば、無数の光の粒たちが流れ星のように落下し、枝垂れ桜のような残像を残す。
それらが海面に映り、上からも下からも周囲を明るく照らす。
砂浜で見ていた観客から、「すごいね」「きれいだね」と歓声が上がる。
確かにきれいだな、と私は思った。とてもきれいだ。
そしてやっぱり考えてしまった。できれば小林君と一緒に見たかったな、と。
♦ ♦ ♦
「ごめん、これ以上続けられそうにない。」
そう言われて、私は小林君に振られた。2月の終わり。冷たい風が吹く夕方のことだった。
野球部に所属する真面目な小林君は、私と付き合うことで、部活にも勉強にも集中できなくなって、このままでは良くないと思ったらしい。
なんとも、青春ど真ん中の高校生にありそうな理由だ。
だけど、なによそれ、と私は思った。なによ、その理由は。
そんな理由で、諦められると思うのか。もっと違う、私のことを好きじゃなくなったとか、他に好きな人ができたとか、そういう言い方はできないのか。
そんな風に思ったけど、すぐに打ち消す。
できないな。だって小林君は真面目だから。その真面目なところが、私は大好きだから。
私は何も言い返せず、「わかった。」と言った。
「わかった。ごめんなさい。」そう言って、小林君に背を向けた。
その日から、私たちはただのクラスメイトになった。
野球部が最後の大会を終えてしばらくしても、私たちはクラスメイトのままだった。
私はまだ、小林君のことを諦めきれずにいた。
「部活にも勉強にも集中できなくなって」という理由だったから、部活が終わったらまた戻れるのではないか、なんて淡い期待をしていたが、見事に外れてしまったようだ。
今も、特に誰かと付き合っている様子はない。好きな人がいるかどうかは分からないけど、特段仲の良さそうな女の子はいない、と思う。比較的会話しているのは、野球部のマネージャーだった親友の聡美くらいだろう。
振られた立場で、「私たち、また付き合えるかな?」なんて聞けない。
だけど、せめて一緒に、もうすぐ地元で開催される花火大会くらいは、一緒に見に行ってもらえるだろうか。
♦ ♦ ♦
隣で、聡美が花火と私を交互に見ながら、話してくれている。
「しょうがないよ。小林も真面目だからね。一度自分から振ったのに、とか、次は大学受験に向けて勉強が、とか、いろいろ、考えちゃってるんじゃないの。」
思い切って小林君に声を掛けたけど、結局断られたて落ち込んでいた私を見かねた聡美が、「じゃあ、あたしと一緒に見に行こう、ね! あたしも一緒に行く人いないし」。と誘ってくれた。聡美は、片想いしている相手がどうやら他の女の子のことを好きらしいと分かり、「どうしよっかなー」と明るく言ってた。
「・・・初めから私のこと、そんなに好きじゃなかったんだよ。きっと。」
次の花火が上がっているが、私はそれを見ずに思わずうつむく。砂浜に半分埋まっている石を意味もなく指でほじくる。
せめて、今日。隣で花火を見ることができたら、私は小林君をあきらめることができたかもしれない。今日一日、楽しい思い出を作って、さよならできたかもしれない。今日だけでよかったのに。今日だけで…。
ーひと際大きな歓声が上った。次はスターマインのようだ。何発も連続で上がる、見応えのある花火。
放送の声が協賛者の名前を次々と読み上げている。とても長い。その数の多さから、次が最もお金がかかっていて、今日一番のプログラムであることが分かる。
さすがに興味を惹かれ、私はきちんと花火を見ようと顔を上げた。
一瞬の静寂。
一つ目の花火が上がった。それが開くと同時に、別の場所からも上がった。新しい花火が、右から左から、上から開く。それらが海面にも映り、光の量を倍にする。
「・・・すごい。」
思わず声が出た。本当にすごい。こんな景色、見たことない。夜空がこれほど明るく、美しく照らされることが、あるんだ。
右に目を向けると、左から上がる花火が見えなくなる。左を見ようとすると、右側で新しく上がった花火を目で追えない。視界に収まりきらない景色を前にすると、人はこんなにも圧倒されるものなんだと、その時初めて知った。
―そして。
私は急に分かってしまった。
だからだ。だから一緒に見てくれなかったんだ。
こんな景色を隣で見たら、私は小林君のことを忘れるどころか、ますます好きになるだろう。
この感動と共に、もっと強く、いつまでも、彼のことを好きでいてしまう。
目の前に広がっているのは、それくらいの景色だ。
だからだめだったんだ。私が小林君と戻れることが、もう絶対にないから。
私が期待してしまうから。そしてその期待に、小林君は絶対に応えないから。
小林君はどこまでも優しいし、真面目だから、そこまでわかってて、一緒に来てくれなかったんだ。
…そうか、もう本当にだめなんだ。あきらめるしかないんだ。
もう一度一緒にいたい、という私の希望は、もう絶対に叶わないんだ。
視界いっぱいに広がる光がぼやけてきた。目の前が白くなっていく。
花火はまだまだ上がり続ける。隣で聡美が「おー」と言いながら、手を叩いていた。
#2000字のドラマ
#海での時間
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