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舞台「東京輪舞」感想

 PARCO劇場の「東京輪舞」の感想。「東京のリアルとエロス」を描くという10の情事の前後の会話からなる二人芝居。主演は、髙木雄也さんと清水くるみさん。私は、髙木さんのファンということがきっかけで、この舞台を観たが、一人が何役も演じ、相手を変えてリレー形式でシーンを繋いでいくという構成の面白さ、スタイリッシュな舞台美術、会話の行間だらけの緻密な脚本のとりこになってしまい、家族も誘って、当日券を買い足して何回か観に行ってしまった。

 原作は百年ほど前のオーストリアの劇作家シュニッツラーの「輪舞」で、当時は、上演をめぐって法廷闘争にもなった問題作。男女が一人ずつ入れ替わり、リレー形式でカップルを変えていき、情事そのものは描かれず、その前後の会話で戯曲が成立している。本作もこの形式を踏襲しているが、役柄含め、話の展開は現代の東京に合わせて、作・山本卓卓さん、演出・杉原邦生さんで翻案したとのこと。

1.作品の魅力

 膨大なセリフの量と格闘したという二人だけの会話劇。10組のカップルは、情事の前後という同じ状況でありながら、いろいろな会話があって、その違いが面白かった。相手をベッドに誘うために必死で繰り出す会話、そうなることがお互い分かっていながらも駆け引きを楽しんでいる会話、夫婦の上辺をなぞるかみ合わない会話、本音をぶつけても伝わらないもどかしい会話。。。決して説明的なセリフではないのに、会話からその関係性が分かったり、一人がそれぞれ二人ずつと関係を持っていることに納得感があったり、二人の背景や事情が、緻密に組み立てられている脚本が良かった。

 髙木さんは、一人8役、清水さんは一人6役を演じる二人芝居だが、一人の俳優が複数の役を演じるというスタイルは自明だから、「声色を変えるとかそういうことは意識せずに、ただ普通に演じてもらったら自然と役に寄っていくから」(パンフレットより)という演出がとてもよかったと思う。清水さんは、それでも精密にキャラクターを構築し、巧みに演じ分けている感じがあった。驚いたのは、人物によって足の細さまで変えてしまうこと、立ち方にまで神経が行き届いているのだと驚いた。髙木さんは、舞台上でそれぞれの人を自然と生きていることで、結果的に顔や態度も別人になっていた。わざとらしさに陥らずによかったと思う。

 それぞれの景は、短編のように独立した物語になっているのだけれど、1景は10代と配達員、2景は配達員と家事代行、3景が家事代行と息子というように、相手を変えていく。一役が相手を変えて2景分を演じる手法のため、同じ人物なのに、相手が変わることで、会話の内容・スタイルが全く異なり、見せる顔が違ってくる。何がこの人をそこまで変えているのだろうと背景を探り、人物像について考えるのが、楽しかった。

 景のつなぎ目では、場面転換も見せる演出になっていて、次の景でも同じ人物を演じる役者は、舞台上で着替えをする。例えば、少し考えた末に指輪を投げやりに外しているのを観ると、その気持ちが想像でき、「顔」が切り替わる瞬間が見えるのが面白かった。舞台セットの転換も、役者がそのまま残って、役を演じながら片づけをしたり、ステージパフォーマーと呼ばれる黒子の役者さんたちが、無駄のない洗練された動きでセットを構築したりしていた。場面の転換は暗転させて、客に見せない作品も多いが、この作品では、転換自体が、混沌とした空気や人物の心象を表現していて、作品の重要な要素になっていたと思う。

 舞台を東京に設定して、東京の今を描くとした作品だけあって、舞台美術がスタイリッシュで、そのセンスの良さが心地よかった。大型の舞台セットはなく、RONDEの文字パネルが、縦横無尽に舞台を動きながら、場面転換していく。パネルには、東京、トーキョー、とうきょう、TOKYOと文字が連なり、これでもかと「東京」を文字で強調したデザイン。一見派手で、パネルが浮いてしまうのではないかと思われたが、各景の壁として部屋の調度品に不思議と馴染んでいた。照明によって色が変わるのも、場面ごとのイメージが大胆に変わって印象的。場面転換時の音楽も、シリアスだったり、コミカルだったり、切なかったりと、シーンよって、余韻をうまく出していたり、思い切って切り替えたり、効果的だったと思う。

 スタイリッシュといえば、衣装もどれも素敵で、二人にとても似合っていた。俳優の舞台衣装も私服のストライプのシャツも好きだし、クィアのポンチョやワンピースは、体の大きさが違う髙木さん、清水さんどちらが着ても不思議なことにジャストフィット。なんといっても、一番好きなのは、建築家ヤマナカタツヒコが、クィアと一緒のときに着ている個性的なシャツとセットアップで、インテリ文化人がいかにも着てそうなもので、役の人物像にピッタリだった。 

2.シーン(景)ごとの感想

 各シーンの冒頭に、地名と季節が示される。新宿、渋谷、品川、と言った東京の真ん中だけでなく、お金持ちエリアの成城、都心から少し離れて芸術家も多そうな三鷹、郊外で学生の街八王子まで登場。東京を縦断するような大きな東京が舞台となっていたのは、東京の捉え方が多様でよかったし、各土地のイメージからからそのシーンの背景を考えるのも楽しかった。

第〇景  登場人物(名前)
 舞台上に掲示される「場面の説明」【情事の描写】を記載。
枠内は、好きだったり、気になったセリフ。

第一景 十代(マカナ)と配達員(カイト)
「新宿、冬」 【交尾する】
 アプリで注文した食料のデリバリーを待つ十代(マカナ)と運んでくる配達員(カイト)が公園のトイレで【交尾する】。
最初は、めんどくせーと冷ややかだったカイトが、生きることに必死のマカナの誘惑に負けていく。快楽と5680円を天秤にかけ、マカナが性病を持っていないことも確認するカイト。配達料金の5680円で同意したのに、さらに5000円をせがむマカナ。抜け目のない二人の打算的な冷静さと、獣となって「交尾する」本能との両立が面白いなと思う。走って逃げていくカイトと、住所特定してやるからと叫ぶマカナ。世相を反映しているかもしれないけれど、若者のあけすけな性事情が見られ、この後の景がどうなっていくのか心配になるほど衝撃的な導入だったと思う。

「お兄さんももう獣だ」
「捕まるのは俺ね、圧倒的に俺」

タイトルバック
 カイトに置いて行かれ、「東京」の街で孤独にたたずむマカナが退場すると、RONDEのパネルに囲まれ翻弄されるかのように、彷徨うカイトが登場。月明りのようなライトに照らされ、上を向く表情は、東京の中で居場所をさがしているかのよう。
 舞台上で着替えるカイト。一人で颯爽とシャツを羽織り、駆け出していく瞬間にニヤッと笑う。配達員から若者へ、獲物を求めて走り出していく切り替えが印象的だった。

第二景 配達員(カイト)と家事代行(ジャスミン)
「渋谷、春」 【セックスする?】【セックスする(3連続)】
 クラブで出会い、カイトが家事代行(ジャスミン)をナンパしている。この場面だけ遠くから眺めるアングルになっていて、道端の男女のナンパを覗き見しているかのよう。ラブホテルに行くまでの駆け引きと、行為後の愛情が芽生えていくやりとりの会話の対比。カイトの気負わないけど、心に残るセリフがよい。「好きに良いも悪いもなくない?嵐みたいなもんで許可なんていらないよ。」これはモテるなと思う。でも、あまりに流暢に心をつかんでいく様子に、初見の時は、一人ホテルを出て行ったカイトはこのまま逃げてしまうのだろうなと切なく思ってしまったほど。次の景で、ジャスミンの彼氏になったことがわかって、嬉しかった。(でも、後々、二人は別れてしまうことが分かるけれど。)

「好きも嫌いも性欲も、嵐みたいなもんで許可なんていらないよ。」
「Do you すき me, カイト?」
「アゥォーーーーーン」

第三景 家事代行と息子(マサ) 
「成城、夏」 【手でする、される】【口でする、される】 
 お金持ちの息子(マサ)とフィリピン出身の家事代行(ジャスミン)が二人きりとなった室内。マサがジャスミンをAV出演のことで揺すり、無理やり奉仕させる。
 この景は物語の中でも異色な雰囲気。グローバルな格差社会が背景にはあるけれど、マサの狂気が怖い。彼氏とLINEで楽しそうにはしゃぐジャスミンを見て、何かのスイッチが入ったのか。マサのセリフは、冒頭は強めで高圧的なのに、語尾は、「なーーーーーーって」と延ばして媚びていて、とてもイヤらしい。恵まれた境遇故に、思い通りに人を動かそうとする傲慢さが出ている。

「世界は不平等だから」「でも幸せは平等だから」
「明日、ゴミ多めだと思うんで」

第四景 息子(マサ)と作家(サヨ) 
「数十分後」 【射精する、される】【エッチする】
 お金持ちの大学院生(マサ)と売れっ子の女性作家(サヨ)の逢い引き。家を訪ねてくる時点で、行きつく先の合意は取れているも同然なのに、駆け引きを楽しむ男女の恋の始まりのはしゃぎっぷりを見せつけられる。この物語の中では、最もラブラブしてたカップルだったと思う。
 でも、実はそれぞれ思惑もあって、有名人の年上女性をモノにしたいマサと、夫への当てつけもあると思われるサヨ。そのせいで、このカップルに未来は感じられない気がした。
 前景で、立場を利用して弱者の性を搾取する狂気のマサが、わんわんした子犬みたいにサヨを慕う二面性が、よく出ている。どっちが本当のマサなの?と思ってしまうほど。(関係ないが、パンフレットで、「年上の人とふざけた時の自分とちょっと近いなと思うところはある。」と髙木さんが言っていて、うん、なるほどと思うなど。)

「旦那さんの方がよかった?」
「主体性を持っていない女であるかのような気持ち」
「身の回り全部、サヨさんを通して考えちゃうんだよ。」

第五景 作家(サヨ)と夫(タツヒコ) 
「三鷹、秋」 【愛する】
 作家(サヨ)と夫(タツヒコ)が寝室で、久しぶりに飲みながら、長い会話を重ねる場面。作家と建築家という芸術家でもあり、結婚5年の大人な成熟した夫婦が知的な会話を楽しんでいる様子だが、微妙なすれ違いも感じる。
 サヨは、言葉を扱う職業だけあって、タツヒコの言葉尻をとらえて、性別で雑に一般化することや職業差別的な言い回しなど、細かい点を指摘する。タツヒコが、昔の恋人の死に安心した自分は心が腐っていると告白した時には、「私を愛していれば、たっちゃんの心はずっときれい」と自分への愛を条件にする。ここでは、そのままのタツヒコを肯定してあげればよいのにと思ってしまった。
 一方、タツヒコは、サヨが子供を持つことの不安を吐露したときに、「どうなったってショウジサヨの生き様。それを高らかに誇ればいい」と寄り添うが、どこか他人事に見えなくもない。サヨの一番欲しい言葉当てられなかった時も、「え、そうなの?」とあっさり。なんだったの?とサヨに聞いてあげて欲しかった。
 二人は傍から見ても素敵な理想的なカップルだし、こうした点もたいしたことではないかもしれないが、蓄積していくこともあるのかも知れない。結婚して一緒にいる時間を重ねると、夫婦の型のようなものができてしまい、それが落ち着きであり安らぎにもなるのだけれど、違和感が固定化されたままになると、それに折り合いをつけて生きていくことにもなる。この二人は、友達ターム、何回も出会い直しをするなどの発言から、冷めている期間があったのかなと思うし、サヨが夫の愛を強く求めるのに対し、タツヒコは性的な刺激のみを求めているようで、夫婦間での熱量の差も感じられる。サヨを思うと、切ない場面。でも、行為の表現が、この物語で唯一【愛する】だったことは、救いだった。

「その生き様を高らかに誇ればいい。」
「みんな頑張ってる。」

第六景 夫(タツヒコ)とクィア(マキ)
「品川、冬」 【性交する】
 品川プリンスホテルのスィートで、夫(タツヒコ)がクィア(マキ)を口説く場面。前景でも会話に出ていたが、タツヒコがクスリをバチバチにキメている。このガチギマッテル髙木さんの演技が、いっちゃっていて、それこそ中毒になってしまうのではないかと思うほど。盛り上がったまま幕間をまたぐので、私はこの景がハイライトだと思っている。
 サヨのエッセイが好き「だった」マキは、その文章から「奥さんも絶対に浮気している」と指摘するが、タツヒコは爆笑して取り合わない。妻の浮気を微塵も疑っていないこと、そして、マキとの交際のことも妻に話そうと考えていることが、タツヒコのサヨへの無頓着、無理解を表している。唯一絶対的な献身的な愛を欲しているサヨとの溝を感じるセリフ。妻に恋人のことを話す=複数愛の同意を得ようとするのは、8景のジンのポリアモリーの話とつながる。男ども(!)は、複数の恋人を手に入れてなおかつ、秘密にする不便さを解消し、罪悪感からも逃れようとしているのかと、あきれてしまう。甘えすぎ!

「好きなように呼んでほしいの」
「僕は僕しかいませんが」
「過去形!」「何が普通かって話ではありますけどね」

第七景 クィアとインフルエンサー(音菜 チャム)
「八王子、クリスマス」 【セックスしない】
 身体的な性と自認の性が真反対の二人が、表現者としてのスタンスの違いから、言い合いをして、お互いのアートを見せることになる。チャムがオリジナル曲を歌い、それに合わせてマキが踊るうちに、二人は呼応していく素晴らしい場面。その結果、大切な人ではあるけれど(あるがゆえに)、セックスしないという関係を選ぶ。
 一度はしよっか?と服を脱ぎ始めるが、脱いだところで、「違うね。しないほうがいいね。似すぎてる。する意味がない。違うからするんだね。」と二人のセリフがリンクして同一化し、相手の服を着ることで、役が入れ替わる演出が本当に秀逸だなと思う。入れ替わっても平然と劇は進むことで、似すぎている二人であることも表現できているし、男女の性が固定化されたものではないことも暗に示しているのか。そして、着替えをしながらセリフを二人で合わせ、グータッチする、分かりあえた二人の穏やかな表情が好き。
 ここの場面転換で流れるのは、チャムが歌った曲のメロディをバラード調にしたもので、どこか懐かしいような、感傷的な空気がいい。ゆっくりとRONDEのパネルを一人で動かすオトナ(音菜)が、上京して、東京で孤軍奮闘している姿に重なる。
 (チャムが顎にマスクをかけているところが、あのyoutuberをモデルにしているのかなとちょっと思ってしまった。)

「私は私で勝負している。」
「愛は欲しがるものじゃない。そこにあるもの。」

第八景 インフルエンサー(音菜)と俳優(ジン)
「東京の近く、1月」 【関係する】
 俳優(ジン)とインフルエンサー(音菜)が、芸術家同士、お互い尊重して求め合い、純粋に惹かれあってる二人を描きながら、ジンのポリアモリーであることの葛藤を描く。この二人は年の差もあるし、ジンはSNSをやらないと言っている。共通点がなくて、どこで出会い、どこで惹かれあってここまで来たのかが見えないけれど、その分、とても純粋にお互いを想い合っていることが分かる場面。でも、どこで出会ったのかは知りたい。
 俳優の衣装を着た髙木さんの立ち姿は、俳優そのもので、歳を重ねてマクベスの主演をやるほどのキャリアでも、プレッシャーを感じている。そんな仕事に誠実なところも、髙木さん本人と重なって見えた。

「お盛んだ」
「俺のどこが好きなんだよ」
「文化芸術の不甲斐なさですよ、この世界を変えられないのは」
「みんな面白いんだよ」

第九景 俳優と社長(ショウコ)
「数日後」 【一緒に寝る】
 俳優(ジン)とその仕事を支える事務所の社長(ショウコ)の夫婦。ジンが、そういう約束だったからと、ショウコに好きな人ができたことを告げる。ショウコは、「そっか」と素で答えるが、世間がその属性を受け入れないだろうと徐々に怒りをぶつけていく。
 この二人、元々、ジンがポリアモリーであるとの前提での契約的な結婚をしたのか。世間から求められる俳優像を満たすための結婚を選んだジンと、それをビジネスとして支えている社長ショウコ。恋愛関係を超えた家庭・仕事のパートナーとしての絆のような愛情が感じられて、じんわりとそのお互いへの想いが感じられる一方、ショウコ側には、簡単に割り切れていないジンを慕う感情があるようで、サヨに続いて、こちらも女性側の思いが切なかった。「社長の役も、妻役も、もう何の役も買わなくていい」は、ジンがショウコの重荷をおろしてあげるつもりだったのかもしれないが、ショウコの存在意義を全部否定しているようで、本当に切ない。
 告白を聴いたショウコの「そっか」が、怒りもない、まっ平な「そっか」で、胸が締め付けられる。「あんた、本当やべえな」と怒りが出てしまうところも好き。酔っぱらっての奥様設定を忘れるほど、驚きと諦観や怒りがよく出ている。皆を大事にできるかと詰められて、うんと優しく頷き、ショウコを後ろから抱きしめるジン。ショウコのことも大事であることに偽りはないのだろうけど、その人のことも(大事にできる)?と聞かれたジンは、オトナのことを想って緊張が解けたのか、優しい表情を見せる。ジンの正直さには、なすすべがなく、とても残酷に感じてしまう。
 「ポリアモリー」は、そういう言葉を聞いたことはあったかも知れないくらいの認識だったので、これから考えていきたいが、この言葉を提示したことにより、そういう立場の人が可視化される一端となったことは、とても意義があると思う。
 夫婦なのは、5景のタツヒコとサヨと9景のジンとショウコのみ。タツヒコは、サヨにマキとのことを話したいと思っている。タツヒコもジンと同じで、ポリアモリーとして生きるつもりだったのが、その1か月後には、二人は離婚。許容できてるショウコと、許せなかったサヨ。その違いはなんだろう。 私を愛していればとタツヒコに条件つけるサヨ。社長役、妻役も仕事も家庭も全部ジンを支えているショウコ。自分が表に出たいか、裏で支えるかの違いだったのかなと思う。

「その時がきたら、本当のことをちゃんと言うって約束だったから」
「憎まれ役も、社長役も俺の妻の役も、もう何の役も担わなくていい。」
「人間そのものが嫌いだから。」「俺だって人間だよ。」
「わかろうとしてることだけはわかって」

第十景 社長(ショウコ)と十代(マカナ)
「新宿、春」【表示なし】
 マカナの部屋で目覚めるショウコ。記憶はないが、どうやら10代のしかも同性を買ったことに戸惑っている。ポリアモリーのジンを理解したいと思う気持ちがあり、酔いの勢いも手伝って、自分を試してみたのか。マカナとのやり取りでは、自分の疑問を解消するつもりが、徐々にマカナ自身の境遇が気になっていき、ショウコ本来の慈悲深いところが出てくる。そのまなざしが優しい。やり手社長の咄嗟の危機管理でLINEの交換は断ったものの、自分の名刺を渡して、何かあったら連絡してと伝える。
 最後に、私のどこが好きか聞くマカナ。純粋なところと答えるショウコ。それに満足とだけ、返す。一言でも、相手を救える会話があるなと思う。
 この景だけ、情事の描写が掲示版に出ていないので、実は、やってないのではないかと思ったりもする。それが、輪舞が終わってない暗示で、この物語の続編を期待してしまうのだけれど、それは、私のこの作品への思いが強すぎるせいか。

「誰でもいいってわけじゃない。たまたまそこにいたから。」
「私もそんなふうに生きてみたい」

エピローグ
 マカナの部屋を後にし、想いが溢れ涙が止まらないショウコ。それを見て、不審に思う警備員と二言三言交わして、歩き出したところで、二人の動作が停止。照明に照らされ、浮き彫りになった二人のシルエットで終わるラストもとても印象的。
 これまで街の人は、黒い服を纏ったステージパフォーマーがモブとして歩いていたのが、警備員で、解像度を持った人間であることの意味とは。私も劇場を出て、渋谷の街を歩いていると、普段は雑踏として風景に溶け込んでいる一人一人が、くっきりと輪郭を持つ人に見えた気がした。

3.観劇して、思ったこと。

 夫婦の関係は、本当に人それぞれだし、長年一緒にいるとその夫婦だけの会話の型みたいなものが出来上がってくる。それが安心感をもたらすこともあれば、マンネリとして閉塞感につながったりもしているのだろう。この作品を観て、私は、夫と「会話」をしているのだろうかとか、多少の不満があってもそれを押し殺して波風を立てない無難な言葉を選んでいるのではないかとか、言葉ではなくその場の空気になじむ意味のない音を惰性で発しているだけではないかと、考えた。でも、惰性でも続けていくうちに、それが言いたかったんだと思う言葉が自分の中で見つかったこともあったな、無駄な会話も大事なんだなと思い直す。

 そして、人の二面性について。私にも、夫には見せられない顔がたくさんあるなと思う。本当の私はどっちなんだろう、と考えることも。夫のことを一番身近で一番の理解者だとは思うけれど、世の中で一番嘘と隠し事をしている相手でもあるなと思う。たわいもない嘘だけれど。
 夫が隣でこの作品を観劇した回もあって、サヨが、タツヒコが、何を思ってたんだろうという感想は言い合えたけれど、自分に落とし込んだこんな話まではもちろんできていない。嘘ってなんだ?って言われても困るし。

 あと、私が、思ったのはサヨとショウコという既婚の女性二人が、切なすぎる、あまりに不憫ということ。私が、この属性だから自分事として気になってしまうのか、世の中がまだ女性に厳しい故なのか。この話、女性ばっかりが切なすぎると思ってしまうけれど、男性から見たらどうなんだろう。

 二人の関係性をなかなか理解できなかったり、一度聞いただけではセリフの想いに気づかなかったり、行間を読む力が弱いのかなと思ったが、それだけ脚本が緻密で奥深かったのだと思う。(一回目は、推しを観ることに気を取られていて、目が曇っていたのは、否定できないかもしれない。)観るたびに、発見があり、考察のしがいがあり、複数回観ても、毎回とても楽しめる内容だった。そういう作品に好きな俳優さんがキャスティングされたことは、とてもラッキーだと思う。このキャスティングを決めた方々、オファー受けると決意した清水さん、髙木さん、この作品を世に送り出してくれた全ての人に感謝。

 それから、烏滸がましい言い方だけど、髙木さんの相手役が清水さんで本当によかったと思う。ご本人の誠実さからか、どの役柄も魅力が溢れていた。前方の席で、髙木さんにロックオンするつもりが、いつの間にか清水さんに目を奪われていたことが何回もあった。舞台作品に出られることがあったらまた観にいきたいと思っている。

 髙木雄也さん、彼の仕事の中でも特に舞台が好きで、拝見するのは、これで四作目。「裏切りの街」(2022)のリアルなクズ男の演技に度肝を抜かれたが、現代の等身大の物語を演じるのが特にうまいと思う。事務所の中でも、こうした大人の舞台が自分を生かす道だと思っている節があるけれど、それにとらわれずにいろいろなジャンルに挑戦する姿を見届けていけたらと思う。

 以上。東京公演終わって、早めに書こうと思ったのに、なかなか考えがまとまらず。時がたって記憶があいまいになった部分は、毎回公演中にとっていたメモ(全6000字)から、呼び起こした。どこにたどり着くかわからないまま書き始めたが、とにかく書ききりたかったので、満足。
これで全部アウトプットしたので、明日の大千秋楽は、まっさらな気持ちで、また「東京輪舞」を感じてみたいと思う。それが一番嬉しいかも。

参考
東京輪舞 | PARCO STAGE -パルコステージ-
原作 アルトゥル・シュニッツラー
作 山本卓卓
演出・美術 杉原邦生
出演 髙木雄也  清水くるみ
STAGE PERFORMER 今井公平 市原麻帆 椛島 一 木下葉羅 KENVOSE 小林由依 田村真央 長南洸生
STAFF 照明:高田政義 音楽:益田トッシュ 音響:稲住祐平 衣裳:岡村春輝 ヘアメイク:国府田 圭  振付:北尾 亘 演出助手:杜 菜摘 舞台監督:藤田有紀彦 中野雄斗 宣伝:ディップス・プラネット 宣伝美術:榎本太郎 宣伝写真:端 裕人 宣伝スタイリング:内田あゆみ 宣伝ヘアメイク:CHIHIRO プロデューサー:田中希世子 藤井綾子 製作:宇都宮誠樹

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