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11. あたたかくも切ない優先席

高校を卒業した私は、ほんとうにやりたいことも見つけられないまま
専門学校に通い始めた。
松葉づえで毎日バスと電車に揺られ通学していたときのお話です。

それはある朝のことだった


バスの上り口は、足を上げることだけに集中すればなんとか上れるようになったので、タクシー通学もここで \めでたく卒業/

バスで30分+電車で50分かけて専門学校に通う生活がはじまった。
私の利用する駅は始発駅ではなかったので、
朝の通勤ラッシュ時に席が空いているということはまずない。
その頃「優先席」なんてあったかな?
あったとしても、その頃はこころのバリアフリーとかユニバーサルデザインとか、そんな概念はいっさいない時代だった。

毎日、同じ車両の同じ場所に乗るのが習慣になっていて、
そうするとその車両に乗っている顔ぶれも毎朝同じことに気づく。

ある朝。
電車に乗り込み、いつもの場所 --車両間のドアの壁があるところ---
に立っていると、女の人がおもむろに席を立って
「ここにお座りなさい」と言ってくれた。
ショートカットの30代くらいのシゴトができそうな女性だった。

ニッコリ微笑むわけでもなく、不機嫌というわけでもなく、
ただその凜とした佇まいに圧倒されて、席を譲ってもらうことにした。

世の中には優しい人もいるもんだなー。


その女性はすぐに降りるのかな?と思ったら、
私と同じ終点までその電車を降りなかった。

そして次の日も同じように、その女性は私に席を譲ってくれた。
次の日も、その次の日も、また次の日も。
まるで、わたしだけの優先席を彼女が確保してくれてるかのよう。

私は困った。

席をゆずっていただけるのはありがたいことだけど、
あまりにも申し訳ない。
彼女だって本当は座っていたいはず。
他の人たちみたいに寝たふりだってできたはず。
今日の激務に?会議に?臨むべく、少しでもカラダを休めていたいはず。

次の日。彼女が立ち上がろうとしたと同時に、
私は「だいじょうぶですから座っていてください」と押しとどめた。
女性は首を振り「いいから、ここにお座りなさい」と静かに席を立った。

すごくいいことをしてもらってるのに、なんだか息苦しい時間が流れる。

もしかしたら、やめるにやめられなくなってる?
でも、イヤなら車両を変えるよね?

もっと早くに断るべきだったかもしれない。
私は彼女の好意に甘えすぎていた自分を反省した。

そして翌日。
思い切って、私は車両を変えた。
座れないのはものすごくツライけど、
毎日、私に席を譲るために乗っているかのような彼女を見るほうが
よっぽどツラくなってしまったから。

彼女はどう思ったのかな。
ホッとしたのかな。あるいは心配させてしまったかもしれない。

でも、彼女には、自分のしたことに後悔だけはしないでほしかった。
ほんとうにありがたかったし、なかなか出来ることではないと思う。

今は車椅子だから、席をゆずってもらうことはないけど、
たまに電車に乗って、そんな場面に出会うと、
あのときのことをふと思い出すのです。

あたたかくも、ちょっと切ないお話でした。