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自分の人生で長い時間を費やした事


こんにちは。マリです。
私の発熱からの息子にコロナ陽性で
お篭りが続く今日この頃です。
(2人とも軽症でもう元気いっぱい)

書くネタを考えすぎて、
ネガティブ思考に走ったり
綺麗にまとまららかったりして
コンスタントな投稿ができないと感じたので、
とあるワークから
自己分析をしてみることにしました。

そのなかの質問

これまでの人生の中で長い時間を費やしたことは何か、その理由は?

これを答えてみようとおもいます。
結論から言うと、
私の人生の中で長いこと時間を費やしている事は「作ること」です。

子供の頃から絵を描く事や工作をする事が大好きでした。裏紙や自由帳にイラストを描くのはもちろんですが、兄妹が多く買ってもらえないおもちゃを自分で作ることもしばしば。

当時は既製品への憧れが大きかったと思いますが、今ではそれもまたいい経験。
シルバニアファミリーが好きで、それに通ずるミニチュアハウスや着せ替え人形などを作っては飽きて作っては飽きて…
今思えば完成させることより作っているその時間が好きだったように思います。

中学に上がる頃には、
やんわりと美術系に進みたい
と思うようになり、
高校2年になって本格的に美大受験のための実技演習をするようになりました。
この頃は、
楽しいお絵描きではなく苦しい時がほとんど。

初めは、町にある小さな絵画教室で
週1,2回デッサンや
色彩構成(アクリル絵の具)の練習。

3年の夏に関東の美術予備校に夏期講習に行って現実を知りました。
地元に戻ってからは、
放課後や土曜に絵画教室を最終的に週4回。
学校の美術Ⅲの授業では、
容赦なく宿題が出たので徹夜で製作した記憶があります。


そんなこんなで、無事大学生になってからも週に2,3個実習のために課題製作がありました。
(遊ぶのに夢中で全然計画的に進まず夜な夜な製作はあたりまえ…)
新卒で入ったのはデザイン事務所だったので、作ることが仕事になりました。

今はデザイン職から離れていますが、
手帳のリフィル作成や
子供のおもちゃを思いつきで作るなど、
ごく当たり前に
「作ること」が暮らしにあります。
(仕事もせっかく手に職があるのだから、子供の手がもう少し離れたら活かしたい)


「作ること」が、私にとって何か考えると、
アーティストのような自己表現のひとつというよりも、
自分が欲しいものの実現
や問題解決のための手段
のように思います。

「ないから/欲しいから買う」
「時間があるから読書をする」
みたいな感覚で、
「ないから/欲しいから作る」
「時間があるから作る」のが私です。



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