見出し画像

2022年3月4日(金)一歳息子の前で声を上げて泣きじゃくった夜

涙で滲んだ視界の先に、不安そうに窺う息子の顔が見える。膝の上によじ登って、小さな手に握りしめた濡れティッシュで必死に頬を拭ってくれる。わたしは床にぺたりと座り込んで、息子を抱きしめながら号泣した。

今日は、かなり疲れていた。

月曜日に夫が体調を崩してから、一歳の息子と24時間をともに過ごす日々。保育園も登園自粛させ、自宅で息子を見ながら仕事をしていた。一歳児のパワーは凄まじい。遊びが大好きだけれど一人で集中力が続くわけでもなく、興味ばかり強くて危険な行動を取るので目が離せない。日中はメール一本打つのも至難の業。息子が動画を見ている隙に取引先に電話で連絡を入れ、「あとは夜中に片付けよう」と呟いてPCをスリープ状態で閉じた。

急いでお風呂を沸かして、息子の服を脱がせながら褒めちぎり、もう片方の手でタオルと着替えと保湿剤一式を洗濯機の上に置く。シャワーで温めておいた浴室で、歌いながら小さな体にベビーソープの泡をくるくるつけて、ついでに自分の体にも余った泡を塗る。ここ数日シャンプーはしていない。湯船で温まったら息子の保湿が最優先。自分は髪の毛だけタオルで包み、キャッキャと逃げ回る息子を全裸で追いかけながら着替えさせた。

お風呂の後は夕ごはん。眠くなる前に歯磨きまで終わらせたい。とりあえずすぐに食べられるひじきの総菜を与えておく。炊き込みご飯をボウルによそって、ふうふうと冷ましながらおにぎり型に丸めていく。お皿に乗ったそのおにぎりをぱくぱく食べていた息子は、ある瞬間、急に止まった。

大きなスプーンを奪って自分のお皿にカンカンと打ち付ける。音が響くらしく、目を瞑っている。

「ねえ、食べ物や食器で遊ばないよ」

ハイチェアのテーブルの上のごはんをすべて床に落とした。

「ア、オチタ」

「落としたんでしょ。〇〇が落としたんだからね。お腹いっぱいなら、もう、ごはんいらないね」

抱き上げてハイチェアから下ろしても、散らばったごはんには目もくれずあたりを歩き回る。

「ごはん、わざと落としたらだめ。自分で片付けよう」
息子を捕まえて、目を合わせるように正面からのぞき込んでも、顔を反らす。

仕方がないので、わたしは黙々とひとりで拾い始めた。散らばったごはん粒を、一粒ずつ指でつまんでボウルに入れてゆく。気づいてくれたらいい。やろうと思ってくれたらいい。ふと、背後に気配を感じて待っていると、小さな手が伸びてきてボウルを掴んだ。

(よかった、片付けようと思ったんだ)
そう思ったのもつかの間、楽しそうにボウルを持ち上げて、ひっくり返した。
集めたごはん粒がまた床一面に散らばる。それを足で踏みしめて、床にごはんの塊が張り付く。「返して」とボウルを取ろうとすると、走って逃げてそのボウルを頭にかぶり、べとべとの手でコピー機のボタンを押し始めた。

なにこれ。なんだこれ。

じわりと目頭が熱くなって、涙があふれ出てきた。
もう限界だ。

気づいたら、わたしは声を上げて泣いていた。

驚いた息子が、ごはんをたくさんつけたべとべとの体で抱きついてくる。わたしが泣いているのがわかると、近くに落ちていた濡れティッシュ(床を拭いていた汚いやつ)を拾い上げて、わたしの目のあたりをごしごし拭いた。

「〇〇が食べたらいいなと思って、おにぎり作ったんだよう〜〜いつも、喜んでくれるから〜なのに、なのに……」 

いざ言い始めると止まらなくなった。

「なのに食べないし、遊ぶし。わたしの言葉わかってるんでしょ? かなしい、かなしいよ〜〜うえ〜〜ん」

涙で息子の顔が見えなくなってくる。

「ほらあれも、あれも。ごはんつぶ。ママが作ったおにぎり、ばらばらになっちゃったの〜〜!〇〇が食べないから、お片付けしないといけないの〜〜」

膝に乗ってしがみつく息子を抱きしめると、涙が止まらなくなった。わたしは子どものように顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。

しばらくすると、息子がわたしの膝から降りて、キッチンの端っこにあるコードレス掃除機を取ってきた。散らかったごはんをいつもそれで掃除しているのをしっかり見ていたらしい。

「コエ……」と掃除機を差し出して、「ウンウン」と頷く。掃除機をかけると言っているらしい。

わたしが掃除機を組み立ててスイッチを入れると、息子はそれを受け取って、ガシガシ机や椅子の足に掃除機をぶつけながら動かした。掃除機が動く先で、ごはんつぶが塊になってゆく。

全然吸えてないじゃん。

ちょっと笑えた。まあいいか。新しいティッシュで鼻をかんで、「もうしない?」と聞くと、息子はこくんと頷いた。

真剣な表情で掃除機を動かし続ける横顔を見て、また静かに涙が出てきた。

この記事が参加している募集

育児日記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?