ナニモノかになろうとしなくていい。あなたはすでに「何者か」である
先日、都心であることを忘れるくらいの緑に囲まれた素敵カフェで、
「今の自分を否定してナニモノかになろうとするのって、生き物の中で、人間だけなんじゃないかな」という話を友達とした。
私にはまだ◯◯が足りない、もっと◯◯になれるはず、〇〇でなくてはならない、あの人はあんなにすごいのに私は、、、など。今に満足せず、常に欠乏感と共に何かを追っていることってあるんじゃないだろうか。
イケてない。
まだ足りない。
もっともっともっと。
そういう呪文を自分にかけ続けて、じゃあ、どこまでいったら自分にOKを出すんだろう。
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我が家の前の道路脇に咲いている小さな薄ピンクの花は、種の時からこの雑草の花として咲くことが決まっていたはずだ。コンクリートのスキマから一生懸命に光に向かって顔を出し咲いている様は、毎日私を元気づけてくれる。
鳥が来て休んだり、虫たちの狩りの場になっていることだってあるんだろう。そこに在るだけで、世界に影響を与える。
人間も、それでいいんじゃないだろうか。自分がもっている「何者か」の種をただただ育み、時が来たらその花や実をつけ香る。人間界で知らず知らず植え付けられた、ナニモノかになれ!という余計なルールは捨てて、ただそこに在るってことが、むしろ自分をパワフルにし、周りをも幸せにするんじゃないかな。
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子どもたちに読み聞かせてきた、この本が好きだ。
かみさまからのおくりものを育み、自分自身のエネルギーで満タンの人が溢れたら、、、面白いことが起きそうでなんだかワクワクするね。そういうことを話した午後だった。
都心には珍しく、生き生きと茂る木々の緑を目の前にしていたから、こんな話になったのかもしれない。
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