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たなかけいファンミーティング2024「ゆる〜っとチャージ」

2年ぶりのファンミ。
わたしは大阪夜公演に参加しました。

もうね。
感想はひとことで終わります。

楽しかった!!!

圭くんのあったかい思いに溢れている空間がとっても心地よくて、わたしは最初から最後までずっと笑っていました。

うちわもスケッチブックも持ってないし、何かアピールもしてない(できない)し、圭くんと目が合うことは一度もなかったけど、でもこんなにも幸せな気持ちをくれる田中圭という人は、この人はなんなんだろうと思います。
このnoteを書きながら、そんなことを考えていきたいです。

圭くんの思いが見えた気がした

今回のファンミでは、圭くんが「こうしたい」って思ったことが実現されていたのかなと思います。
まずお見送りがなかったこと。
これはね、前回のファンミでわたしがいちばん戸惑ったところでした。


くわしくはここに↓

どーです。めちゃくちゃ戸惑ってますよね😅


そもそもファンミーティングというものにはじめて参加した前回は、戸惑うことの連続でした。
その中でも「本人によるお見送り」は、わたしのように「推しのことは遠く(物理的にも精神的にも)から見ていたい」人にとってはとてもハードルが高いもので、ファンミの一大特典みたいなものだったのにもかかわらずとにかくビビりまくってしまいました。
終わってから「ごめん、圭くん。何も面白いことができなくて🙈」という、謎のひとり反省会をしたくらいですw

今回はそのお見送りがないことは、皆さんのレポから事前にわかっていました。
わたしが今回のファンミにちょっと肩の力を抜いて臨めたのは、それが原因でもあります。

圭くんがお見送りのことをどう思っていたかはわからないけど、わたしのように戸惑いながら圭くんの前に立ったひと、他にもいたんじゃないかな。
そして、その戸惑いはちょっとだけ圭くんにも伝わってたんじゃないかなって、だから今回はお見送りなしでやってみたのかなって、勝手な意見ですがそんなふうに思ったりしました。

その場にいるひとに合わせて

今回のファンミでは、できる限り圭くんがその時そこにいた人たちとのやり取りを楽しもうとしていることが感じられました。

通路という通路をすべて通って、ときには立ち止まったりしてなんてことないおしゃべりをする。
どの席になったとしても、圭くんが来てくれるかもしれないとドキドキしながら待つのも楽しい。
それは2階席の人も同じで、圭くんは「ちょっと待ってね」なんて軽やかに言いながらひょいっと2階にも登場する。
(ていうか最初の登場が2階からだったもの。)

これで前の方の席の人だけが「神席!」と喜んだり、後ろの方や2階席になった人がガッカリしたりすることもなくなる。
トークのテーマはファンから集められたものではなくて、事前に用意していたものから選ぶ。
これらのさりげない配慮は、そうすることでそこに生まれるかもしれない摩擦が回避されているな、と思いました。

そういえばXでこの記事がシェアされていました。
懐かしのMUSIC BLOODの記事です。

ここに、こんな圭くんの言葉がありました。

やっぱり一期一会だと思うし、今を大事にしたいよね。オレは、“適当さ”かな。これは悪い意味ではなく、何でも期待し過ぎてはダメで、特に自分が何でも完璧にできると思うのは間違っているかなって。一緒にいる人とそのときのベストを目指すことが大事だと思います。だからMCも無理せず、楽しみながらやっていきたい。

圭くんは「適当」と表現しているけど、相手のことをよく見て、その人に合わせることがベストに繋がるってよく分かっている人の言葉です。
こういう考えの人だから、今回のようなファンミになったんだなって確信しました。
自分だけでつくるのではなく、会場にいる人みんなでつくる。
それが基本にあるから、見ているわたしも圭くんに何かをしてもらってるやそうではないは関係なくて、それよりこのファンミは圭くんと一緒につくり上げたんだと感じられました。
だからこんなに笑顔になれるファンミーティングだったのかって気づきました。

最後の言葉

各会場で少しずつ言葉は違えど、圭くんは40代の決意を話してくれました。
わたしが行った回では「スターになるから」と言い切っていました。
「何も心配しないで」とも言っていました。
圭くんがだいすきな人たちが集まって、その本人からこんなことを言われたら幸せしかないに決まってます。

この見事な構成。
こんなふうに自然に、さりげなく、みんなの前に幸せのカーペットを広げてくれる田中圭という人は本当にすごい人だと思います。

軽やかに笑いながら全方位を隈なく見渡して、その時点でみんなにとってのベストは何かな、を判断している。
でもそれは、圭くんにとっては前述の本人の言葉通り「一緒にいる人とそのときのベストを目指」しているだけ、ということなんだと思います。
きっと本人は、「オレは圭モバのみんなと楽しいと思うことをやっただけ」って言うような気がします。

自分がみんなからどう見られているかが客観的に分かっていて、でもそれに媚びるわけではなく自分が思う「素の姿」を見せる。
そして、見ている側をうまく巻き込みながら(うちわとかスケッチブックとかね)それを元にさらにみんなが楽しむことに舵取りをしながら進行していく。
でも、そのスタンスはあくまでも「みんなでつくっている」というところにあるから「やってあげてる」感にならない。
ここが田中圭という人のセルフプロデュース力の素晴らしさだとわたしは思いました。

「また会いたい」って思える人

前回のファンミのあとわたしは「次は5年後でいい」って書きました。
今回は、「また2年後くらいに会いたいな」って思いました。
3年縮まってますw
それは、こんなふんわり優しい空間に居られるのなら大丈夫だと思ったからかもしれません。
そこにいるみんなができるだけ平等に圭くんに向き合えるように心を砕かれたこの居心地の良さが、そう思わせてくれました。
そして、今回わたしは1回だけの参加でしたが本当に驚くくらいの満足度で、足りないと思うことがまったくありませんでした。

だから最後、手を振りながら圭くんが扉の向こうに消えていくときに、わたしは自然に心の中でこう叫んでいました。

圭くん、ありがとう!
また会いに来るね!


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